魔人探偵脳噛ネウロ(漫画)/松井優征

1/1
前へ
/7ページ
次へ

魔人探偵脳噛ネウロ(漫画)/松井優征

【春川英輔】 「君を、造ろう」 「美化もせず、風化もせず、1ビット足りとも違うことない君を造ろう」 「どんな手段を使ってでも、本当の君にもう一度会いに行こう」  ◇  ネウロは屈指の名作ですが、その中でも特にHAL編が好きです。  作中で最高峰の頭脳を誇り、越えがたい人種という壁故に最強である魔人のネウロを正面から叩き潰した数少ない人物。大量の民衆を扇動し、操り、殺した。クラッキングで軍事兵器をも手に入れ、国も脅迫し、己の野望のために戦った。では、そんな巨悪で凶悪な敵が望んだ”願い”とは何か。  それは、ただ一人の女性と再会すること。  亡くなった彼女をもう1度作り上げるため、膨大な情報処理を行う必要があった。猿がキーボードを叩いてシェークスピアの作品を書きあげるには、無限の思考時間と、観測するために無限の寿命が必要。  だから執筆スピードを速くするために、国家規模のスパコンを占有したかった。書き上げた先にそれを読むには、人間の寿命ではあまりにも短すぎた。だから電子の世界で書いては消して、書いては消してを永劫に繰り返している。  もし仮に、邪魔がされずに全ての目的を完遂することができたとして、彼は彼女を構成することに成功したんだろうか。もっと言えば、それで満足できたんだろうか。塩基配列のルセットを獲得したとして、それを彼女と認識することができるんだろうか。  命を構成するものって何かを考えると、ハガレンとかポールワイスの思考実験を思い出しますね。哲学とか心理学とか好きなんですよ、私。文フリで書いた「死亡スイッチ」ってのもたしかシンガーの提唱を思い出して書いた気がする。  で、まぁ永遠の命とかっていうのなら巨悪の野望としてしっくりくるんですけれど、こんな大がかりなことをした大悪人、しかも超天才が望んだことが「死んだ人を生き返らせること」なんですよね。  作中でも「子どもでも無理と分かること」と言われていて、本人もそれは重々承知している事実。それでも試さずには、行動に移さずにはいられなかった。孤独な実験室で「……違う。Delete。……違う。Delete」と繰り返す姿には、彼が背負う業の大きさが窺えました。  で、ここまででも十分性癖なんですけれども、けれども!  最後、1から0へ。グラデーションに死にゆくHALがほんの一瞬だけ再会することができたシーン……最高でしたね。感無量。永劫の時間に対称して、刹那の再会。あまりにも”救い”過ぎる。  拙作で、恐らくこの作品に感化されて書いたものが『Spoon Man』ですね。こちらは区論さんの『Straw Man』へのアンサーノベルなんですけれど、書いていてめちゃくちゃ楽しかった記憶があります。  アンサーノベルって語気が良いから使っていますけど、造語かもしれません。アンサーソングってのがあるから、たぶんあるっしょのノリで使っています。  で、まぁ、私なりの「アンサーノベル」の定義は、「解釈の提案」みたいなところがありまして。Straw Manの例でいうと、「初めから得ていないものを失った気になっていないか」ってやつに対するアンサーがテーマとしてのアンサーですね。  つまり、「ずっとあるものを、得たつもりでいる」ということです。『オズの魔法使い』しかり、『幸せの青い鳥』しかり。探していたものはずっと一番近くにあった。っていう感じですね。  核となるのが新解釈、つまり「That's the last strow」の再解釈。本来の意味は、難しく言えば過負荷上限を超えた最小単位の負荷、易しく言えば限界を超えちゃったぜ、みたいな意味。  フレックスを作ろうと、君との思い出を一片残らず掬い上げたはずなのに、99.9%から有効数字の桁が増えていくばかりで100%にならない。最後のピースがどこを探しても見つからない。  最後のピースは最初から自分の中にあった。気が付いていないだけだった。だから「That's(君を以て) the (物語) last strow」(は完結した)というわけです。  その他諸々、遊び心を玩具箱のように詰め込んだので、そりゃあ書いていて楽しいよねって感じでした。たぶん解説すると20ページくらい行く。スター特典もありますが、あれはスターを投げてほしいっていう意味じゃなくて、あれを裏設定として併せることで完成するので、そこに解説欄を設けたくないんですよね。いやまぁスターを頂けるなら普通に嬉しいですけども。  凄い話が逸れたな。閑話休題。  強大な存在、できれば特に巨悪の望みは、傍から見ればささやかな願いであってほしいと強く望むのは、恐らくこれが原因です。純粋たる悪ってのも好きなんですけれどね。そして裏ボスみたいなものはより簡素でちっぽけな願いで、その過程がめちゃくちゃに歪であってほしい。  例えば、この世全てのものが手に入る大帝国の皇帝の願いは、実は家族で一緒に夕飯を共にしたかったことだった、みたいな。本人の口から明かされるのではなく、死後に主人公が調べて、初めてそのベールが暴かれる、みたいなのが好き。  ただ1人の少女を守るために世界を敵にした少年、とかいうのも好き。パッと思いつくのはドラクエIVのピサロとかかな。主人公と一歩だけ違った存在、というか、別世界の主人公というか、そういうのが好き。  なんていうんですか、強大な存在には似合わないちっぽけな願いっていうのが好き。世界征服とか、金銀財宝をこの手に、とかじゃなくて、強大な存在であるがゆえに叶わないごく平凡的な幸せみたいなやつ。  逆に裏ボスみたいなのは、こう、理解できない存在であってほしい。願いの根源自体は理解できるけれど、その過程や実行するための方法が支離滅裂で倫理観の一切が排除されたものであってほしい。  平穏に過ごしたいから裏の世界にある正義の組織も悪の組織も潰す、とか。自分は愛を知りたくても未だ見つけられていないのに、君は愛を知っているなんてズルい、と告白してきた人を僻んで殺す、とか。  そういうのが……マジで好き。いやまぁ上記に挙げた彼らは裏ボスじゃないんですけれど。いやまぁ裏ボスみたいなもんか……?  この系統でいうと、最近完結した拙作の『其れは演繹的に~』が近い感じですかね。何故か作中で明かされてはいないんですけれど、主人公の女の子がお母さんに会いたい理由は、「庭に綺麗な花が咲いたから教えてあげたかった」というものです。えへへ、かわいいね。こんな健気な子のためならになるくらい許容してあげてほしいものですよね、まったく。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加