ゆっくりと空に浮かび上がるグランド・ピアノに乗って

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アスファルトのうえにグランド・ピアノがおりてきて、ぼくはよっこらしょとピアノのてっぺんによじのぼりました するとピアノはぼくをのせたままゆっくりと浮かびあがりました 黒いピアノはいいました 「きみはもう5さいなのだから、じそく80キロのじどうしゃぐらいよけなきゃだめなんだよ」 「そんなことしってるよ」 ぼくはそういいました、そしてそのとき、ああ、あのときせまってきた黒いかげはじどうしゃだったんだなと気がつきました 「ねえ、これからどこへいくの」 ぼくはピアノにきいてみました 「かげのない世界に行くのだよ」 ポロンポロンとおんがくをかなでながらピアノは飛んでいくのでした 団地のまえの空き地にグランド・ピアノがちゃくりくしました そしてあたしがピアノの上にこしかけるとピアノはふんわりと空へ飛びたちました 町のようすを広い空からながめていると大きなピアノはいいました 「きみはもう6さいなんだから、おとうさんになぐられても、机のかどにあたまをぶつけちゃいけなかったんだよ」 「そんなことわかってるもん」 あたしはそういって、そのとたん、そうだ、あの竜巻みたいな黒い風はお義父(とう)さんのげんこつだったんだなと思いだしました 「ねえ、これからどこまで飛ぶの」 あたしはすてきなピアノにしつもんしました 「風のない世界に行くのだよ」 きれいなメロディーをひびかせながらピアノはかろやかに飛んでいきました サイレンが近づく道路にグランド・ピアノが先にとうちゃくしました わたしがピアノの上でほおづえをつくと、ピアノは救急車をしり目に雲をめがけて飛びはじめました わたしがふるえてつめをかんでいると、きれいなピアノがいいました 「きみはもう7さいなんだから、そうりだいじんはいそがしくて、おなかをすかせた子どものことなんて考えてるひまはないって知ってるよね」 「そんなことがっこうでならったよ」 わたしはそういって、ああ、そうか、あのとき聞こえた黒いうたは、わたしのおなかから、むねから、のどのおくからでたさけびごえだったんだな、とようやくわかりました 「ねえ、これからどこまでのぼるの」 ぴかぴかかがやくピアノにたずねてみました いまではもう、ハトもツバメも見えません わたしののったグランド・ピアノはどこまでもどこまでものぼっていきます グランド・ピアノはやさしいこえでいいました 「うつくしい音楽だけがあるところへ行くんだよ」 ド・ミ・ソ・シ・レと分散和音をくりかえしながら、ピアノはとっても高いところへのぼっていきました
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