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それでも、五限目が終わるまでみんな何だかソワソワしていて、授業なんて上の空みたいな感じだった。
心の中も頭の中も朝の事でいっぱいで、勉強の入り込む余地なんてない。
下校の時は一段とみんながざわついていた。
「私、ちゃんとできるかしら? 」
「家はお母さんしかいないけど、その場合もお母さんは『お父さん』になるのかな? 」
「おじいちゃんとおばあちゃんはどうなるの? 」
「お姉ちゃんとか弟とかはそのままなの? 」
みんなそれぞれに不安や疑問を口にする。
無理もない。今までと反対の事を考えなきゃいけないんだから。
でも、先生が言ったのは『お父さん』と『お母さん』が反対になるってだけ。他の事は何も変わらない。
パン屋の角でスーさんと別れて団地の中をいつもより早足で歩く。『24棟』の階段の前で呼吸を整え、一旦頭を整理する。
── お母さんが『お父さん』だから、帰ったら「お父さんただいま」って言う
間違いのないよう、頭の中で何度も何度も繰り返す。
四階までの階段を上がる間もそればかり考えていたので、危うく家を通り過ぎて五階まで行きそうになった。
チャイムを押すと中からロックの外れる音がする。
なるべく、いつもと変わらぬように元気に玄関のドアを開け、両足を揃えて玄関へぴょんっと飛び込んだ。
── さあ、ここだ! 朝からずっと忘れないように頭の中で繰り返してきた一言を言わなくちゃ!
「お父さんただ ── 」
玄関まで出迎えに来たのは、エプロンをしたお父さんだった。
── あれ? どうだったんだっけか? この人はお父さんだから、『お母さん』て呼ばなきゃいけないのか?
ただ単に、今までお父さんだった人の事を『お母さん』て呼べばいいだけだと思っていた。
けど既に、目の前のお父さんは『お母さん』だ。
この調子だときっと、お母さんも『お父さん』になってるに違いない。
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