1話 塔の魔術師と騎士の献身

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 俺ときたら現金なもので、あれほど潔癖を貫いていたというのに一度フレンに体を開かれた後は抵抗という言葉を放り捨てた。  魔力が無くて苦しい思いをするよりも、魔力をもらえて気持ちが良い方がいいじゃないかと頭を切り替えたのだ。  俺の魔力蓄積量が膨大なせいなのか、フレンの魔力が少ないせいなのかは分からないが、二、三日に一度程度で交わって魔力をもらわないと駄目だった。それに頻繁に口からの魔力摂取も必要だ。  体の状態を見ながらフレンが魔力を与えてくれることが分かってからは、全てあいつに任せている。不満は全くない。  俺はごろりと転がって魔力を与えられるのを待つばかりだ。 「エーティアさま、そろそろ体を動かすといいですよ? いっぱい寝てばかりだと牛になっちゃうですよ? 絵本に書いてありました」  朝食後、再びベッドにのそのそ乗り上げて横になっていた俺に可愛らしく首を傾げながら言い放ったのは、使い魔の兎、エギルだ。  エギルは俺の魔力がわずかばかり戻った影響で、よちよちとおぼつかないながら二足歩行できるまでになり、再び言葉も話せるようになった。  まだ使い魔として年若いエギルは知らないことも多く、絵本からよく知識を吸収している。そして思ったことを率直に口にする。 「いいんだ。家事は全部フレンがやる。俺も、エギルだって出来ないんだから」 「はい、ぼく、お仕事できません」  俺の言葉を受けてうるうるとエギルの丸くて黒い瞳がうるむ。 「別に責めているわけじゃない。家事など出来る奴がやればいいんだ。適材適所というものだ」 「でも、フレンさま一人でお仕事、大変です」  だからといって俺が家事をするなど無理だ。家事なんてやったことがない。そういうのは誰かがやってくれるものだろう?  これまで家事の全てを担っていたのはエギルだったが、それらを出来るまでには回復しなかった。  以前皿を磨こうとして床に落としてしまい、耳を垂らしてしょんぼりしているのを見かねて家事の全てをフレンが代わるようになった。  第三王子で騎士でもあった男だが、意外にも料理など家事全般は騎士団で覚えたのだといって完璧にこなしてみせた。  自分から積極的に仕事を探して細々と働いてくれるので重宝している。フレンは世話人として大変優秀な人物だ。荒れ果てていた塔は奴のお陰ですっかり綺麗で明るい雰囲気になった。 「エーティアさま、歩ける時は歩くといいです。体動かすのはエーティアさまの体のためにもなるです。この間読んだ絵本に書いてあったです。その話では働かないで怠けてばかりいるうさぎはごはんがもらえなくて、ぽいって捨てられちゃいました。もしかして…今のぼく、捨てられちゃうですか?」  話しているうちに自分にも当てはまるということに気付いたらしい、エギルの足がぷるぷると震え出した。 「捨てないから安心しろ。しかしその絵本、子供向けにしてはなかなかシビアだな……いや、働かなければ飯がもらえないという教訓が込められているのか」 「エーティアさまも抱っこされてばかりだと、フレンさまに捨てられちゃうです。そんなのヤダです。エーティアさまが捨てられたらヤダです」  エギルが真剣で心配そうな瞳で俺を見上げてくる。 「そうは言っても、自分で歩いてて万が一魔力切れしたら困るだろう。怖いのは嫌だ」  フレンからもらえる魔力量ではいつ眩暈を起こして倒れてしまうか分かったもんじゃない。  痛い思いも苦しい思いももう二度としたくない俺の最近の移動手段はもっぱらフレンに抱えてもらうことだった。縦抱きの時もあれば横抱きの時もある。いずれにせよ階段すらも危うげなく運んでもらえる。  しかし塔というのは階段が多くて考えものだから近々引っ越をするべきかもしれない。  フレンがちっとも嫌がらないし、俺が口を開くよりも先に「お連れします」と抱えてくれるものだから、それに対して何も思うこともなかった。  だがエギルの言葉を聞いて動きを止める。捨てられる、その言葉に考えさせられるものがあったのだ。  これまで生きてきて俺が命令すれば、皆嫌な顔一つせず付き従う者ばかりが周りにいた。それは「大魔術師エーティア」という大層な肩書きがあったお陰なのかもしれない。  しかし今の俺はそんな肩書きに見合う存在では無くなってしまった。魔力供給が無ければ生きられない雑魚みたいなものだ。  そこに気付いた瞬間、どっと汗が額から噴き出してくる。 (もしかしてフレンは、かなり我慢していたのでは?)  そんな雑魚に、あれしろこれしろと散々偉そうに命令されているのだ。これが逆の立場だったら?  俺だったらそんな奴がいたら「クソ雑魚は黙っていろ」と魔術で粉々に散らす。 (どうしたらいい!?)  ようやくこの段階になってこれまでの自分の傲慢さに気付き、サーッと血の気が下がっていく。  そんな時にタイミングよく家事を一段落させたフレンがやって来た。 「エーティア様。今日は外が晴れていますから散歩に行きませんか? サフラシュの花が見頃になっていることでしょう」  そのままベッドに腰かける俺の前に跪く。前回散歩に出た時、ちょうど抱えられた状態の視線の先に紫色の花のつぼみを蓄えた枝が垂れ下がっていたっけなと思い出す。それもいいかもしれないと考えかけて、慌ててそれを打ち消した。 「……エーティア様?」  俺が長考していたのを訝し気に思ったのか、フレンがじっと顔を見つめてくる。 「ん、今日は止めておく」  これ以上不審に思われないように誘いをすっぱりと断った。 「……っ、どこかお加減が悪いのですか」  連れてってくれるなら別にいいか、という感じで頷くことが多かったからこの答えはフレンにとって驚きだったようで、動揺を表す。といってもそこまで表情が変わる男では無いので、ピタッと動きを止めたぐらいだが。  花を見てみたいという気持ちが無いことも無いが、自分で歩いて行くという考えにはならない。面倒だ。それに具合が悪くなったら怖い。せめてフレンに迷惑をかけるまいと寝る道を選ぶ。 「俺は寝る」  そう言い残して、ベッドに寝転がる。 「エーティア様、肌に触れることをお許しください」  フレンが律儀に確認を取り、俺のシャツの襟元を開いて、首筋に手の甲を押し当ててくる。これは熱を測っているのだ。だが生憎昨夜魔力供給してもらったこともあって、具合は悪くない。熱を測ったところで高くも低くもないだろう。いたって健康体だ。  フレン自身もそれを感じ取ったようだ。だったら何故外に行くことを拒絶するのか分からない、と困惑した表情がフレンに浮かんだ。 (あまりワガママを言いすぎて逃げ出されたら困るからな。こいつは俺の生命線だ)  心の中でそっとつぶやく。  じっと押し黙ったまま俺の表情を読もうとしてくるフレンと目が合ったので、慌てて体ごと背けて掛布を頭からすっぽり被った。
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