5話 エギル立派な使い魔になりたい

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5話 エギル立派な使い魔になりたい

「エーティアちゃん、フレンちゃん、エギちゃん、遊びに来たわよ~」  アゼリアが見るからにうきうきとした様子で塔へと遊びにやって来た。  以前「たまには塔に遊びに来たらいい」と告げたが、あの時はまさかこうも頻繁にやって来るとは思わなかった。 アゼリアはそこそこの頻度で塔へとやって来ては一方的に『恋バナ』とやらをぺらぺらと喋り倒し、フレンの入れた紅茶や焼き菓子を「美味しい美味しい」と頬張り、そして満足したように帰っていく。  正直言ってアゼリアの話している内容は俺には半分以上も理解できず、こちらの忍耐力が焼き切れるのが先か、アゼリアが他に楽しいことを見つけてそちらに夢中になるのが先か…果たしてどちらだろうか。  だが別にアゼリアは俺が言葉を返さずとも特に気にしていないようで、一方的に好き勝手に語ってはうふうふと楽しんでいる様子なので、まあいいかとも思う。ピイピイとかしましく鳴く鳥が一匹増えたようなものだ。  そんなことを思えるようになったとは、俺の心も随分と広くなったものだ。  この日はピイピイ、ピイピイと鳴き声が聞こえて、アゼリアの声がとうとう鳥の声に聞こえるようになったのか……と首を捻っていたら、本当に鳥がいた。  小さな青い鳥がアゼリアの肩に止まっていて、それがピイピイと鳴いていたのだ。 「綺麗な鳥さんですぅ」  エギルがうっとりした目で青い鳥を見上げた。するとピイピイ鳴いていた鳥は一転して、ツンとすました声でしゃべり出した。 「何ですか、この頭の悪そうなウサギは」  青くて綺麗な鳥が辛辣に話し出したので、しかも頭の悪そうなウサギときたものだ……理解が追い付かなかったらしいエギルの目がキョトン、と丸くなる。 「おや、おや。まさかご自分のことだと分からないのですか? あなたに言ったのですよ、そこの白いウサギの使い魔君?」 「ふぇっ、ぼくですか? あうあう、ぼく、あ、頭悪くないです」 「その反応。本当に頭の回転が鈍いのですね。私は常々思うんですよ。使い魔に向いているのは頭の良い鳥で、他の者達は使い魔に向いていないって。ウサギなんて殊更向いてませんね」  エギルの思考が停止して、ガタガタと小刻みに震え出したのを見て俺が代わりに口を開く。 「先程から黙って聞いていれば、お前こそ一体何なのだ? アゼリアの使い魔なのか?」  鳥の目がスッと細くなる。 「そうですよアゼリア様の優秀な使い魔です。あなた方とお会いするのは初めてでしたね。私はいつも勉学に励んでおりましたのでお会いする暇がありませんでした。私の名前はラーク。以後お見知りおきを」  優雅に一礼して見せる。 「うふふ、ラークちゃん、きちんと自己紹介が出来てえらいわねぇ。エギちゃんともすっかり打ち解けたみたいで良かった!」  どこをどう見たら打ち解けたというのか。どう見てもエギルが馬鹿にされているだろう。アゼリアの奴本気でそう思っているのか? それともわざと言っているのか? この女の思考はやっぱり分からない。 「あ、そうそう。今日この子を連れて来たのは、エーティアちゃん達にラークちゃんを預かってもらいたいと思ったの」  その上馬鹿げたことを言い出したので、俺の思考も停止しかける。 「はぁ? 何を言っている」 「お願いよ、エーティアちゃん。私、明日まで家を空けなくちゃならなくなったの。ラークちゃんは賢い子だけど、あまり長い事家を空けるのは心配なのよね」 「冗談ではない。他人の使い魔まで面倒見られないぞ。自分で連れて行けばいい」  こんなクソ生意気な鳥を預かるなんて、焼き鳥にする自信しかない。 「それが無理なのよう。これからお仕事で鳥アレルギーの人と会わなくちゃいけないの。すごくイケメンでねぇ……。もうすっごく格好いいの」 「おい、サイラスはどうした。先日はかなり熱を上げていたではないか」 「サイラスちゃんのことはもちろん今でも大好きよっ。でもアゼリアちゃんはみんなのアゼリアちゃんだから、誰か一人のものにはなれないの」  俺の理解力が足りていないのか? アゼリアが何を言っているのか……さっぱり分からない。 「お仕事で会うだけだからデートじゃないのよ。とにかくよろしくね、エーティアちゃん。ラークちゃんは舌が肥えているから新鮮なお豆が好きなの。朝晩準備してあげてね。それじゃあこれから行かないといけないからまたねぇ。お土産買ってくるわね!」  俺の返事を待たず、言うことだけ言って、アゼリアがワープの魔術を展開して、そして消えて行った。 「あ、あの女……!!」  塔に遊びに来ればいいと言った過去の俺を殴って止めたい。そもそもアゼリアは厄介事しか持ち込んで来ない女だった。完全に口が滑った。  後に残されたのは唖然とした顔の俺達と、優雅に毛づくろいしているラークだった。  ラークはアゼリアの居なくなった方向をしばらく眺めていたが、またぺらぺらとけたたましくしゃべり出した。 「さて、使い魔についての話が途中で途切れてしまいましたので、続きを語らせてもらいますね。ウサギが使い魔に向いていない理由についてを……」 「ぼ、ぼく、そう思わないです! ウサギだって立派な使い魔になれるです。今はまだ全然ダメかもしれないけど、ぼくそのためにいっぱい勉強してるです。絵本だっていっぱい読んでるです」  ぽかん、としていたエギルだったが使い魔としての矜持があるのだろう負けじとラークに言い返した。 「おや、ご自分が半人前だということは自覚されているのですね。自分を客観視できないウサギの使い魔が多い中、あなたはなかなか見どころがありそうですね」 「え、えへへ。そうですか?」  急にラークに褒められて、そわそわと体を揺らすエギル。その表情は満更でもなさそうだ。 「後学のためにあなたが使い魔としてどんな仕事をしているのか見せてもらえませんか?」 「ぼくのお仕事、見たいですか?」 「ええ、ぜひ」 「いいですよ! じゃあラークくん、ぼくについてきてくださいです!」  エギルがラークを伴って別の部屋に行こうとするのでつい「大丈夫なのか?」と声を掛けてしまう。振り返ったエギルはにこにこしていて、よほど自分の仕事に興味を持ってもらえていることが嬉しいと見える。 「エーティアさま。ぼく、ラークくんに塔の中を案内してあげるです!」 「そうか……。行って来い」  若干の不安はあるが「止めておいた方がいいのではないか」とここで水を差すのも主人として心が狭いのかもしれないと思い言葉を飲み込む。  エギルとラークの姿が見えなくなったところで、即座に魔術を展開させる。目の前に球体が現れて、エギルとラークの姿が映し出された。これは覗き見の魔術だ。姿はもちろんのこと声すらも聞き取ることができる。  それまで黙って成り行きを見守っていたフレンが近づいて来た。エギルのプライバシーが…などと窘められるかと思いきや 「……俺も一緒に見ていいですか」  と、口にした。  そういえば、フレンときたらエギルに対してやたら過保護だったな。ラークにいじめられていないか心配しているのだろう。  かくしてフレンと共に球体を覗き込むことになった。 「ぼくはいつも家事のお手伝いをしてるです! このキッチンがぼくのお仕事場です」  エギルは初めにラークをキッチンに案内することにしたようだ。ピカピカに磨かれて、整理整頓されたエギル自慢の場所だ。毎日エギルはここで長い時間過ごしている。 「ここでぼくとフレンさまはいつも一緒に料理をしてお皿洗いもしてるです。ぼくはスープを作るのが一番得意です!」  えへん、と得意げに語っている。それに対してラークは驚いたように翼をバサッと広げた。 「ええっ、家事…家事ですって!? 誇り高き使い魔がそんなことを仕事にするのですか!?」 「ふぇっ!?」  ラークの反応が自分の思っていたものと違ったのだろう。エギルの耳がピンッと立つ。 「家事などご主人様が魔術で行うものでしょう。そんな雑用のようなことをやらされているのですか? ああ、そういえばあなたのご主人様は魔力を失っているのでしたか。それであなたが家事をしているのですね……」  それは同情を含んだものだった。エギルはぷるぷると首を思いっきり横に振る。 「違うです。ぼく、エーティアさまが魔力を失う前から家事やってたです。ぼくがやりたいって言ったからエーティアさまがお任せしてくれたです」 「ははあ。あなたは他の仕事をする能力が足りてないから、代わりに家事をすることでご主人様の役に立とうとしたのですね。なるほど、なるほど」 「あうあう……」  エギルは反論しようと口を開きかけるが、言葉に詰まったようになってむぐむぐと口を閉じて黙り込んでしまった。よく口の回る鳥とマイペースなエギルとでは分が悪いのは明らかだ。 「焼き鳥……」  球体を覗き込んでいた俺がぼそっとつぶやく。 「エーティア様。気持ちは分かりますが……落ち着いてください」  そう言うフレンも唇の端が引きつっている。俺とは違い怒りをはっきり表すことはないが、思うところはありそうだ。  エギル達の会話は続いていたので、怒りを一旦引っ込めて耳を傾ける。 「えっと、えっと、ラークくんは普段どんなお仕事をしてるですか?」  話を切り替えた途端、ラークはよくぞ聞いてくれましたとばかりに翼を優雅に広げた。 「私はアゼリア様が作っている魔法薬の調合のお手伝いをしていますよ。最近は惚れ薬というものを作りましたね。魔女のところにはお客さんから依頼がいっぱい来るんです。惚れ薬は満月の夜に瑠璃の石を砕いたものと夜咲草と発光ホタルを混ぜるんです。ふふ、もちろん材料の調達は私がしています」 「すごいですぅ」 「本当にこのすごさが分かっていますか? 夜咲草は夜の間にしか見つけられない花なんです。しかも咲く場所が限られているので、有能なこの私でしか見つけられないと思います」 「ふえぇ……ラークくんはすごい使い魔なんですねぇ」 「ふふふふ」  エギルに尊敬の眼差しで見つめられて、ラークがにやにやと満足そうに笑い、自慢話は止まらない。 「私は歌うのも上手いんですよ。とある国の王様にはセイレーンの歌声のようだとも言われたことがあります」 「せいれーんって何ですか?」 「美しい歌声で惑わせて船を海に沈めると言われている架空の生き物のことですよ。本で読んだことないですか? ああ、失礼。絵本にはあまり書いてないかもしれませんね」 「船を沈めちゃうんですか? せいれーんさん悪い子ですぅ……。ぴゃっ、ラークくんのお歌は船を沈めちゃうんですか?」 エギルを小馬鹿にしたつもりが、逆に船を沈める悪い鳥扱いされて、ラークの体がぷるぷる震える。 「歌が美しすぎるということの比喩表現ですよ! 本当に船を沈めるわけではありません!」 「そうなんですね。びっくりしたです。お歌はぼくも大好きです!」  エギルが機嫌良くふんふんと鼻歌を歌い出す。するとラークが「ふ、っくく」と体を震わせて笑い始めた。どうして笑われたのか分からないエギルは「ふぇ?」と首を傾げた。 「ああ、失礼しました。エギルさんの歌声があんまりにも個性的で面白くて」 「あうあう、ぼ、ぼくのお歌、下手ですか?」 「いえいえ。少々音程が外れているぐらいのものです。個性的で味わい深く思いますよ。エギルさんならあるいは本当に船を沈められるかもしれませんね。船長さんが驚いて舵を切りすぎてしまって」  その瞬間ぼんっとエギルの全身の毛が逆立って膨らんだ。 「あう……ぼく、ぼく、そろそろエーティアさまのところに戻るですぅ!」  ダダダダダッ、と恐ろしい勢いで室内に駆け込んで来たエギルが俺の懐に飛び込んでローブにしがみついた。  うにゃむにゃ騒ぎながら泣いている。  事の顛末を知っている俺はエギルが何を言いたいか分かる。悔しくてたまらないのだろう。いくら悪意に疎いエギルとて自分に向けられたものが悪意しかないものだとしたら流石に気付く。  エギルと引き離すため別室でラークに豆を食べさせていたフレンが戻ってくる頃には、エギルも話を出来るまでには落ち着きを取り戻していた。 「はひゅ、はひゅっ、……ぐやじいでずぅぅぅ」  地を這うような低い声で呻いている。エギルがこんな声を出すなんて……とても珍しい。 「フレンさま、ぼくのお歌は下手ですか?」 「エギルの歌は人を元気にさせるものだ」 「むうぅぅ!」  顔を上げたエギルはフレンに問いかけたが、求めていた答えではなかったことに機嫌を悪くしてぷくーっと頬を膨らませた。 「ぼくは上手いか下手かを聞いてるですぅ」  フレンに向かって膨れて拗ねる姿は初めてではないだろうか。それだけフレンに対して心を開いている証なのかもしれない。 「エーティアさま、答えてください。ぼくのお歌、音程が外れてるって本当ですか?」 「……音程が外れているというのは事実だ」  嘘を付いても仕方がないので本当のことを伝える。しかしエギルの耳がぺたんを萎れる前に言葉を続けた。 「だが俺はお前の歌が嫌いではない。それはフレンの言うように人を元気づける力があるものだからだ。エギルが楽しく歌えてそれを聞いている俺達がいい歌だと思っているのだから、それでいいのではないか?」 「……ぼく、今までと同じように歌ってもいいですか? 迷惑じゃないですか?」 「当然だろう」 「えへ。ぼくのお歌、エーティアさま達を元気づける力あるですか」  少しずつエギルが明るさを取り戻して行く。フレンも安堵の息を吐いた。 「ああ、エギル。俺もエギルの歌が好きだ。ラークにはラークの良さがあって、エギルにはエギルにしかない良さがある。それは比べるものではないんだ。情が深いところと明るさがエギルの素晴らしい所だと俺は思う」 「情が深いって何ですか?」  フレンの言葉に首を傾げるエギル。 「エギルはいつもエーティア様と俺に対して好きだという気持ちを一生懸命伝えてくれるだろう? それだけでなく他の者に対してもいつも親切で思いやりがある。それが『情が深い』ということだよ」 「う…、でもぼく、ラークくんにいらいらしちゃったです……」 「そういう感情を抱くのは悪いとは思わない。良くないのはそれをずっと溜め込んでしまうことだ。エギルが思っていることをラークに伝えて話し合ってみたらどうだろうか?」 「はい。フレンさま……。さっきは嫌な態度してごめんなさいです」 「気にしていないよ」  俺の腕の中にいるエギルの頭をフレンがやさしく撫でた。 「エーティアさま。ぼくもラークくんみたいに魔法薬を作るお手伝いしてみたいです。ラークくんはすごい使い魔だからぼくお話いっぱい聞いて勉強したいです。それからぼくのいいところをラークくんにも知ってもらいたいです。次は怒らないでもっとちゃんとお話してみたいです。だからお仕事ください」 「ふむ、魔法薬……か。あまり作ったことは無いが、一度作ってみたかった薬があったな。それでは明日、材料を取りに行ってくれるか?」 「はい!」  エギルは元気よく返事した。
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