5話 エギル立派な使い魔になりたい

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 翌日、ラークを誘ったエギルが塔の近くの森へと向かった。魔法薬の材料はここで手に入る。手に入らないものは塔の倉庫にストックが保管されていたはずだ。  俺は当然のように覗き見魔術を展開させて、フレンと共に奴らを眺めている。  エギルは地面をちょこちょこと歩きながら森の中を見回していて、そのすぐ上をラークが羽ばたいている。 「エーティアさまの作る魔法薬には『かがやきの蜜』が必要らしいです。頑張って一緒に探そうです、ラークくん」 「『かがやきの蜜』ですか……。これまでその材料を使った魔法薬を作ったことはありませんね。一体あなたのご主人様はどんなものを作ろうと言うのでしょうか」 「作り方は聞いたですけど、難しくってよく分からなかったです。えーと、えーと、おしゃべりが上手になる……みたいなことを言ってたです」 「ああ、ふふ……なるほど。その魔法薬を誰に使うか分かった気がします。あなたのご主人様は使い魔思いなんですね」  エギルは首を傾げた。 「どういうことですか?」 「きっとエギルさんに出来上がった魔法薬を使うつもりなんですよ。エギルさんはあまりおしゃべりが上手じゃないみたいなので」 「えっ、でも、ぼく、そのお薬は必要ないです。自分の気持ちは自分でちゃんとお話しできるです。時間はかかるかもしれないけど、できるです」 「そうですか。だったらいらないとお伝えするといいと思いますよ」 「そうするです!」  そんなことをしゃべりながらエギルとラークは森の奥へと入っていく。  かがやきの蜜は日の光の届かないほどの森の奥に咲く光花から採れる蜜なのだ。  周りが薄暗くなるにつれて心細くなってきたのかエギルの脚がぷるぷると震え出す。風でカサッと揺れる葉っぱの音にさえ耳を傾け、慎重に周りを見ながら歩いている。 「ふぇ…っ、だんだん暗くなってきたです」  ラークはエギルとは違って自信満々で楽しそうだ。 「ふふ、エギルさん怖いんですか?」 「怖いですぅ。ラークくんは平気ですか?」 「ええ。私はこういう森に何度も材料を取りに行ったことがありますからね。こんなのへっちゃらです。いざとなったら私がエギルさんを守ってあげますよ。ご安心ください」 「ラークくんはすごい使い魔ですね! ぼくもいつか立派な使い魔になりたいです。それでエーティアさまのお手伝いをいっぱいするです」  エギルの黒い目が薄暗い中でもひと際きらきらして、尊敬の眼差しでラークを見上げる。 「ふふ、それほどでもありませんよ。エギルさんは未熟さが目立ちますが、そういう心がけは悪くないですよ」 「ぼく、褒められてるですか? ラークくんの言葉はちょっと難しくて分かりにくいです」 「褒めていますよ。私なりにね」 「えへ。そうですか!」  手放しで褒めているとは言い難いラークの言葉を、エギルは嬉しそうに受け取る。  それからエギルはその場に止まって、くんくんと鼻を動かし出した。 「何だか甘い匂いがしてきたです。あっ、ラークくん、見てください! お花が咲いてます」  エギルの見つめた方向に、ぼんやりと薄く光る花が現れた。 「すごく綺麗ですぅ」  立ち止まったままうっとり眺めるエギルとは対称的にラークはすばやく花に近づいて行った。そこでエギルの耳がピクピクと小刻みに動く。 「あ、待ってくださいラークくん。何か地面から変な音がするです!」 「音? 私には聞こえませんし、何も見えませんよ。エギルさんは怖がりですね。ほらほら、早くしないと蜜が採れなくなってしまいますよ」  ラークがクチバシで花びらを突いて小瓶の中へと蜜を絞り出す。 「あうあう、ラークくん、やっぱり何か変です……!」  足をだんだんと地面に打ち付けて、エギルは「変です」「変です」とせわしなく動き回る。その時、地面がいきなり盛り上がって、触手のようなものが飛び出して来た。緑色の長いうねうねがラークに巻き付く。  蜜の入った瓶がラークのクチバシから地面へと転がり落ちた。 「ピギャッ!!」  鋭い悲鳴を上げて、バサバサと翼を羽ばたかせるが絡みついた触手は解けない。その上地面に潜り込んでいた触手の本体が姿を現す。形は球根に似たモンスターで、その中心から数本の触手を伸ばしている。非常にキモチワルイ姿だ。 「ぴゃっ! ララララークくんを離すですっ!」  ガタガタブルブル震えるエギルだったが、逃げ出すこともなく真っ直ぐ触手に突進していく。ラークを捕える触手に体当たりをして、そのままガブリと齧りついたのだ。エギルの前歯が触手の表面に食い込んで、ラークの体から触手が離れていく。  ボトッと音を立ててラークが地面に落ちた。しかしすぐにエギルがラークと触手の間に立ち塞がった。 「ラークくん、しっかり! すぐにここから逃げるです」 「エギルさん……ッ、で、でも蜜が……」 「いいから! ぼくの言うこと聞くです! すぐに飛んで!」  ピシャッと言い切る。捕らえられたショックと恐怖で震えていたラークだったが、エギルのお陰でわずかに冷静さを取り戻したらしい。再び空へと飛びあがった。 「エギルさん、エギルさんも早く!!」 「ぼくは蜜を回収するです!」 「えっ、そんな、危ないですよ!?」 「ぼくの足はとっても速いです!! ぼくは捕まらないです!」  エギルが四つの足を使って風を切って駆け出す。その足はもう一切震えていない。絡みついて来ようとする触手を右へ左へ避けながら地面に転がり落ちていた瓶目掛けてあっという間に駆け付けた。パクリと口で咥えて、そのまま引き返す。  合流したエギルとラークが触手を振り向きもせず駆けて行くのを見て、そこで俺はワープの魔術を展開させた。  フレンと共に球根モンスターの元へと移動した。  俺達が姿を現したことで、モンスターの標的がエギル達からこちらへと切り替わる。 「花の蜜に誘われてやってきた者を捕まえて捕食するタイプのモンスターか。うねうねとキモチワルイ奴だな」 「エーティア様。俺の後ろへ」  こちらに向かって伸びて来た触手をフレンの剣が鮮やかに斬り払った。  ふむ、この程度のモンスターは俺の騎士に任せておけば問題ないだろう。早々に片付くはずだ。  安心してその背に守られることにした。  これが終わったら口をくっつけて魔力供給だ……! そわそわするような心地でモンスターを片づけるフレンの背を眺めた。  モンスターが片付いたところで、口を「ん」と突き出して待っていたがなかなか唇が来ない。フレンが困ったように立ち尽くしているので眉をひそめる。 「何だ、どうした?」  いつもならすぐに唇をくっ付けてくれるのに、何でしてくれないのだと不満の滲む声が出てしまい、ますますフレンが困った顔をする。 「あなたの服を汚してしまいますので」  見ればフレンの服はほんの少しモンスターの体液がくっ付いて紫色に染まっている。俺を汚したくないと思って、そんなことを言ったようだ。 「ふん、何だそんなもの。俺は気にしないぞ。それよりも今しなければ嫌だ。早く……」  くい、と目の前にある服の裾を引っ張ると堪え切れなくなったようにフレンの唇が降って来た。 「んむ……」  最近、フレンと口づけていると胸がトクトクとせわしなく脈をうち、魔力が注がれていない時でも体が熱くなる。 俺は一体どうしてしまったのか。  体が変なのに、不思議と嫌な気持ちにはならない。  魔力が注がれ終わって、唇が離れて行きそうな気配を感じるや、フレンの首に腕を巻きつけて引き留めた。すると舌が絡み合う息も出来ないほどの深い口づけに変わる。 「はっ……ぁ」  足に力が入らなくなってへたり込みそうになったところをフレンによって抱きかかえられた。 「続きはまた今夜に」  耳元で熱っぽく囁かれて、胸はさらにドコドコと激しく脈を打つので、息を整えながらこくりと頷いた。  エギル達が戻ってくるだろうから、そろそろ俺達も塔へ戻らなければならない。    ***  一足早くワープで塔へと戻った俺達は、転がるように塔に入って来たエギル達を迎えた。  エギルもラークも体をガクガクと震わせながら床に倒れ込む。 「はひゅっ、はひゅっ、怖かったです……! で、でももう追って来てないみたいです」  覗き見の魔術で見ていたことも、ワープを使って触手のモンスターを倒したことも内緒にしているので、何が起こったのか分からないという感じでエギル達の話を聞かなければならなかった。  エギルとラークどちらも恐怖のためか大興奮状態になっていたので、フレンが何度か気持ちを落ち着かせつつ話を聞いた。  しかしそんな中で気付いたことがある。  ラークのエギルを見る目が尊敬のものに変わっているということに。それまでの皮肉っぽい目つきとは打って変わったものだった。 「エギルさんは…エギルさんはとても勇敢で素晴らしかったです」  声を詰まらせながら語るラークに、エギルはきょとんとした顔をする。 「ふえ?」 「私を助けるために自分の体の何倍もある敵に勇敢に向かっていく姿……本当に格好良かったです」 「え、えへ。て、照れちゃうです」 「エギルさんには昨日から随分と酷い言葉を投げつけてしまいました。実は私、昨日は虫の居所が悪かったのです。そんな時にエギルさんとお話して、あんまり一生懸命で、私にはないその明るさが羨ましくて嫉妬してしまいました。だからあんな意地悪なことばかり言ってしまったんです。それなのにエギルさんはこんな私を助けてくれて……うぅ」  翼で目元の涙を拭うラークを見て、エギルは首を傾げた。 「ぼく、難しいことよく分からないですけど、ラークくんはごめんなさいって言いたいんですか?」 「はい。色々嫌なことばかり言ってごめんなさいエギルさん」 「いいですよ。ぼく、もう気にしてないです!」  エギルはにこっと笑う。  謝罪を受けたことで昨日の悔しい気持ちはすっかり消えてしまったようだ。  それからエギルは蜜の入った瓶を俺に渡して来た。 「エーティアさま。『かがやきの蜜』を採ってきました! ラークくんが一生懸命絞ってくれたです」 「いいえ、それは違います。エギルさんがモンスターの攻撃をすり抜けて落ちた瓶を拾ってきてくれたお陰です」 「えへ、それならぼく達で頑張って採ってきた蜜ですね」 「……っ、はい、そうですね! 私達で頑張った成果ですね」  もともとエギルは誰に対しても友好的なところがあるので、ラークの態度が変わってしまえば後は問題など起こりようもない。エギルとラークの問題は解決したと言えよう。  モンスターの出現は偶然だったが、いい方向に転がったみたいだ。 「ふむ、材料も揃ったことだし魔法薬を作るとするか」 「ぼくもお手伝いするです!」  私も見学させてもらってもいいですか、というラークやフレンも伴って塔の地下へと移動する。  魔法薬作りは日の光の入らない場所での作業が基本だ。魔法薬の種類によっては日の光によって成分が変わってしまうこともあるためだ。  地下にある調合室は取り扱いの難しい魔法薬の材料なども多々あるためフレンの手が入っていない。そのため少々…いや、かなり散らかっている。普段俺も魔法薬を作ることはほとんどなく地下に降りることもあまりないので、なおさらだ。  雑然と詰まれた本の山や材料の山を見て、エギルとラークが目を瞬かせる。 「部屋の主によって調合室の様子は随分と変わるようですね。あ、いえ、悪いと言っているのではありません。崩れそうで崩れない本の積み方などいっそ芸術的ですらあります。このお部屋は少々個性的で味わい深く思います」  ラークがべらべらと語り出す。フォローをしているつもりなのかそうでないのか。 「あ、ちなみにアゼリア様の調合室はピンク色で統一されています。天井からはレースがふんだんに垂れていますよ」  それはまた随分と鬱陶しい部屋だな。口には出さず心の中で思う。  魔法薬を作るための材料は蒸留水、サフラシュの根っこを乾燥させて粉末にしたもの、三日月の実、かがやきの蜜だ。かがやきの蜜以外の材料を棚から迷いなく取り出す。 「どこに何が置いてあるか把握しているからいいんだ。この部屋の使い勝手は悪くない」  魔法薬を煮込むための鍋を取り出して、それを火にかけて材料を順番に放り込んでいく。  焦げ付かないように鍋をくるくるとかき混ぜるのはエギルに任せた。スープ作りが得意なエギルにはお手のものだ。  薬作りを見ていて、考え込んでいた様子のフレンが口を開く。 「エーティアさま。万が一本が崩れ落ちてあなたが下敷きになって怪我をしたら、埃を吸って病気になったらと思うと気が気ではありません。指示していただければ全て俺がやりますので今度片づけませんか?」 「ぼくも手伝うです。エーティアさまが怪我したらヤダです。それに綺麗なお部屋は気持ちいいです」  片づける気など全く無かったというのに、フレンとエギルの圧に押し負けるようにして「じゃあ…今度片づける」と約束してしまった。  そのやり取りを見ていたラークがびっくりしたように目を丸くする。 「ご主人様であろうと躊躇せず意見を口にして……言い含められる……そんな関係もあるのですね」 「主人として仕える者達に心配をかけるのは良くないと思ったからだ。断じて丸め込まれてなどいないぞ」 「ああ、いえ。丸め込むのが簡単なご主人様という意味で言った訳ではなく、互いに遠慮のない関係性だと思ったのです。みなさん仲が良いのですね……」  ラークの声が心なしか落ち込んだように小さくなっていく。ふむ、と顎をさすった。  鍋の中の液体が煮詰まって、濃い紫色に変わってとろみが付いたところで鍋をかき混ぜる作業は終了だ。最後に煮沸の済んだ小瓶に移し替えて魔法薬は完成した。  ランプの光に反射して中の液体が輝く。 「キラキラしてて、綺麗です。どんな味がするんですかねぇ。あっ、でもぼくこのお薬はいらないです」  エギルが口元を押さえてぷるぷる首を振った。森でのラークとの会話「きっとエギルさんに出来上がった魔法薬を使うつもりなんですよ。エギルさんはあまりおしゃべりが上手じゃないみたいなので」を信じ込んでいるようだ。 「これは『自分の気持ちを正直に口にする』薬だが、自分の意見をハッキリ言えるエギルには必要ないものだろう?」  確かにエギルはラークに比べると言動も幼く、頼りないように見えるかもしれない。しかしエギルは自分の思ったことを率直に口にするのでこの薬は必要ない。  だったらこの薬は誰のものか?  それはもちろん……。  ちょうどその時上の階が騒がしくなって、アゼリアが戻って来たことが分かった。 「エーティアちゃん、ラークちゃん、他のみんなも! アゼリアちゃんが戻りましたよー」  アゼリアは両手いっぱいに荷物を抱えて入って来た。 「何だ、その大量の荷物は!?」 「これ、ラークちゃんを預かってもらったお礼よ。これはエーティアちゃん、これはフレンちゃん、これはエギちゃんに」  俺達にそれぞれ荷物を渡してくる。 「開けてみて、きっと気に入ってもらえると思うわ」  促されて紙袋を開けると、中に入っていたのは服のようなものだ。  広げてみると白を基調としたローブだった。金の刺繍が施され、手が込んでいることが分かるが、随分と派手だ。そしてどういう訳だか脇腹の辺りと太腿の辺りが開いていて、着たらその部分が露出してしまうだろうことが分かる。防御力はどうなっているのだ? と思う作りになっている。 「私が好きな洋服屋さんの新作なの。エーティアちゃんに似合うと思って」 「こんなもの着られるか!」 「えええーっ!? 絶対に可愛いと思うのに……!」  ローブを元通り紙袋の中に突っ込んで無造作に床に放り投げる。後で捨てようと思っているのだが、フレンがその紙袋を拾い上げてやけに丁寧な仕草で棚の上に置き直す。  ……まさか取っておくつもりではないだろうな……?  一体、何のために……? いや、深くは追及しないでおこう。  俺のもらった防御力皆無のローブとは違って、フレンのもらったものはこれもまた刺繍の施されている手の込んだチュニックとトラウザーズだった。こちらも白を基調としていて、もしかしたら俺のローブとデザインが対になっているのかもしれないと思う。  アゼリアが今着ているピンクのひらひらしたドレスも、俺に選んできたローブもセンスがどうなっているのか疑うレベルであるが、フレンに選んできた服は悔しいがセンスが良いと言わざるを得ない。  アゼリアの選んだ服をフレンに着せるのは何だか癪だが、今度着てもらいたいと少しだけ思った。  エギルのもらったものは、赤ん坊が身に着けるような前掛けと帽子だった。レースがふんだんに使われている。  赤ちゃん扱いされていることに気付いてないエギルは「可愛いお洋服ですぅ」と大喜びだ。  それからアゼリアは少し離れた場所にいたラークに向かって声を掛ける。 「ラークちゃんにもお土産あるのよ。美味しいお豆をいっぱい買ってきたの。いい子に留守番出来て偉かったわねぇ」 「ありがとうございます」  大人しく頭を撫でられているが、ラークはあまり元気がない様子だ。だがアゼリアはそのことに全く気付いていない。出掛けた先がどんなに楽しかったかということをぺらぺらと機嫌よく語り掛けている。  俺はラークに向かって作り上げた魔法薬を放り投げた。 「ラーク。それを飲んでみるといい」 「え、私にですか?」 「ああ。思っていることをぶちまけるといい。きちんと言わなければ、この女は気付かないぞ?」  アゼリアはいわゆる『空気が読めない』人間で、ハッキリ言わないと……いや、時にはハッキリ言ってもこちらの気持ちが伝わらないタイプだ。まあ、俺も人の気持ちには疎いところがあるので、アゼリアのことは言えないけれど。  今回作った魔法薬はおしゃべりなくせに、肝心なことを伝えられないラークにはぴったりだろう。  ラークはしばし躊躇った後、瓶の蓋を開けて中身をクチバシでついばんで飲み込んだ。それからキッと顔を上げてアゼリアを見つめた。 「私……こんなお土産いりません!! ちっとも嬉しくないです」  いらないとハッキリ告げられて、アゼリアがショックを受けたように口元を押さえる。 「ラ、ラークちゃん!? ラークちゃんがこんなこと言うなんて今まで無かったのに。エーティアちゃんったらラークちゃんに一体何を飲ませたの?」 「この薬は思っていることを言いたくなる薬だそうです。だから、自分の思っていることを正直に言っているだけです」 「そうなの!? このお土産が嫌なの? お豆嫌いだった?」  アゼリアがおろおろとうろたえる。子供の初めての反抗期にうろたえる母というのはこんな感じなのかもしれない。 「違います。私は、置いて行かれたことが悲しいんです。お土産なんていらないから本当は連れて行って欲しかった。他の人よりももっと私を構ってください。とても寂しいです」  ラークから本音が次々と飛び出す。  昨日から虫の居所が悪くてエギルに冷たく当たっていたのはそういうことだったのだろう。アゼリアに構ってもらえなくて寂しかったのだ。 「そうだったのねぇ。言ってくれれば良かったのに」 「それが出来ていれば苦労はしない。高すぎるプライドがそれを阻むということもあるのだ」  ラークは自分が使い魔として完璧だと思っているようだから、主人に対してワガママなど言えないと考えていたのだろう。 「そっかぁ。寂しい思いをさせちゃってごめんね、ラークちゃん。次からはラークちゃんも連れて行ける方法を考えてみるわ」 「……っ、はいっ!」  嬉しそうにラークが微笑んだ。 「流石です、エーティア様。こうなることが分かっていて魔法薬を作ろうと考えられたのですね」  フレンの称賛の言葉に肩をすくめてみせる。 「そもそもこの薬を作ったのはアゼリアに対しての嫌がらせのためだ。使い魔とはいえアゼリアに仕えているのなら不満の一つや二つあるだろうと思ってな。ラークにそれをぶちまけさせて、喧嘩でも起こさせてやろうと思ったのだが完全に当てが外れたな。かえって仲が良くなってしまった」 「そうでしたか」  俺の言葉を信じていない様子のフレンは変わらず称賛の眼差しをこちらに向けたままだ。まったくやりにくいことこの上ない。 「私達、そろそろ帰るわね。ラークちゃんを預かってくれてありがとう。また遊びに来るわ!」 「冗談だろう? しばらく出入り禁止だ。いや、もう来るな!」  しっしっと手で追い払う動作をしてみるが、アゼリアは「次は美味しいケーキを買ってくるわ~」と意にも介していない。反省しているのかしていないのか。図太い神経の持ち主なので、恐らく後者だな!  ラークは俺達に向かって深々と頭を下げた。それからエギルに向かって話しかける。 「今回のことで学びました。私、まだまだ使い魔として未熟だと。自分がとても恥ずかしくなりました。エギルさんを見習って一人前の使い魔になれるように頑張ります」 「ラークくんはもう十分立派な使い魔なのに、えらいです! ぼくも頑張るです!」  エギルに尊敬の眼差しで見つめられて、ラークは翼をもじもじと揺らして恥ずかしそうにする。 「あの……エギルさん、また遊びに来てもいいですか。今度一緒に立派な使い魔になるための勉強が出来たら嬉しいです。私のおすすめの絵本、持ってきます」 「わあっ、それは楽しそうです。ぼくもラークくんと一緒にお勉強したいです」  エギルは使い魔の仲間、いや、友と呼べる存在を得たようだ。    ***  それから俺達の住んでいる塔では時折二種類の歌声が響くようになった。  片方は聞く者の心を震わせるような美しい歌声、そして片方は少々調子外れの元気な歌声だ。  全く方向性の違うものだが、その歌声が重なると調和が取れているように聞こえるのだから不思議だ。  今日も美しく響き合う歌声を聞きながら、フレンの入れてくれた紅茶を飲んでゆったりとした時間を楽しんだ。 END
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