6話 塔の魔術師と騎士の愛

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6話 塔の魔術師と騎士の愛

 最近、俺はおかしい。  いつからか?  何となく意識し出したのはフレンがアゼリアに操られて連れ去られていったあの辺りからだ。あの件以降から、心が落ち着かないのだ。  フレンに口付けられたり、触られると心臓のバクバクが止まらない。それに発熱でもしているかのように頬に熱が集まる。  それは一度だけではなくて、何度もだ。  触れられると落ち着かないのに、それでも触って欲しいと思う。  本当に俺はどうしてしまったのか。  そして変なのは俺だけではなくて、フレンもだった。  こちらもおかしくなり始めたのは同じぐらいの時期からだ。時々ぼうっと考え事をしているようなこともあれば、俺の方を何か言いたげに見つめてくることもある。明らかに変だ。  何かがおかしい。 「何か言いたいことでもあるのか?」  そう問い掛けてみたこともあったが、フレンは困ったように微笑むだけで何も答えてくれなかった。  そんなことが何度か続くと、お互いギクシャクとしてしまう。別に喧嘩をした訳ではないのだが、どことなく気まずい雰囲気が漂うことがある。  アゼリアは今日も塔に遊びに来ている。  フレン達は料理の仕込みをしにキッチンに行っていて、この場にいるのは俺とアゼリアの二人だけだ。  アゼリアは今日も今日とて紅茶を片手にクッキーを齧りながら『恋バナ』とやらをべらべらと楽しそうに語っている。よくもまあ話が尽きないものだ。放っておいたら二時間も三時間も語り続ける。  いつもなら右から左へと「はぁ」と聞き流して気にも留めないのだが、この日はアゼリアの語る『恋をするとどうなるか』という部分がやけに気になった。  恋をすると日がな一日その人のことしか考えられなくなるらしい。  アゼリアの言うことだから全てを鵜呑みにする訳にはいかないが、フレンについて考えることが以前よりずっと多くなったのは確かだ。  これはまさかアゼリアの言うところの恋…というやつなのか?  いや、まさかな。そんなはずはない。 「あらっ? エーティアちゃんったら、珍しく話に興味津々じゃない!? いつもは本を読み始めたりするのに、ちゃあんと私の話を聞いてくれてるわ!」  俺の反応など気にしていないのかと思ったが、そうでもなかったらしい。アゼリアに話を聞いていたことを気付かれる。……目ざといな。 「恋愛相談ならいつでも乗るわよ、エーティアちゃん!」 「特にその予定はない」  そう言いながらも俺は本当にどこかおかしかったのか、呑気に目の前で菓子をパクパクと食べているアゼリアについ愚痴のようなものを零してしまったのだ。  最近の自身の体の異変についてを。  まさか俺がそんなことを語るとは思ってもいなかったらしいアゼリアは目をきらきらとさせて、食べかけのクッキーを放り投げてこちらに身を乗り出して来た。 「エーティアちゃん、そ、そ、それって恋よ、恋。フレンちゃんに恋をしているんだわ」 「いや、違うと思うぞ」  俺がきっぱりと断言すると、アゼリアがすかさず「何でよ!?」と声を荒げた。 「恋愛の達人、アゼリアちゃんが言うんだから間違いないと思うわ。エーティアちゃんはそれが恋じゃなければ何だって思うの? フレンちゃんに触れられるとドキドキするんでしょう!?」 「新手の病気……ではないのか」 「何でそうなるのよ!? 以前私からフレンちゃんを取り返そうと必死になっていたエーティアちゃんは絶対、絶対フレンちゃんを愛しているって感じの顔をしていたわ」  そんな顔をした覚えは全くないのだが。 「あれは、自分のものに手を出されたのが嫌だったからだ。言うなれば執着であって、それは恋とかそういう類の思いじゃない」  俺は白き翼の一族というモンスターの血を少しだけ引いている。  祖先に純血の白き翼の一族がいて、人間と交わったことからその血は受け継がれてきた。  俺の姿形は人のそれと全く変わらないが、魔力は白き翼の一族の影響を大いに受けている。しかしその魔力も今は失ってしまったので、俺はもうほとんどその辺の人間と変わらない。  唯一俺の中に残っているものがあるとすればその性質だろうか。  白き翼の一族の性質として一度番と決めた相手を生涯愛し続けるというものがある。  まあ、つまり愛が重い。  愛や恋が何かはよく分からない俺であるが、執着心は人一倍強いと思っている。  自分のものと決めたものに手を出されることは嫌いだし、絶対に手放したくない。俺のフレンへの思いはそういった執着心から生まれたものではないだろうか。  俺の考えに対してアゼリアはふう、とため息をつく。 「執着心や嫉妬心もまた愛の形の一つなのよ。幸せな気持ちを感じるだけが愛じゃないわ。時には苦しい気持ちになることだってあるの。……何だかエーティアちゃんって、本当は自分の気持ちに気付いているのに、必死で認めないようにしているみたい」  アゼリアの指摘に、心臓がドクンと大きく脈を打つ。  必死で認めないようにしている…だと? 「そんなはずないだろう」 「そうやって認めたがらないのは……きっと、エーティアちゃんは自分が変わるのが怖いんじゃないのかしら。百年以上恋をしたことがないまま過ごして来たから」 「………」  何ということだ。  アゼリアが至極まともなことを言っているように聞こえる。普段から空気の読めない振る舞いばかりしているから油断していた。  仮にも精神を操る魔術を得意としているだけはある……のか?  だが、やはり納得はいかない。  俺は、恋などしていない。絶対に違うと思うのだ。 「あくまでも認めたくないのね。それならそれでいいわ。そんなエーティアちゃんの耳に入れておきたい情報があるの。これは私が前にエーティアちゃんに意地悪しようとしていた時に集めたものなんだけどね……」  アゼリアが語り始めた。  それは以前アリシュランドの城を乗っ取った時のことだ。  俺の弱みを何とか見つけてやろうと、フレンとの関係に目を付けた。人に興味を持たない俺が、フレンを傍に置いていることに驚き、フレンについての調査を始めたのだそうだ。  一番いいのは当人から話を聞くことだったので、精神を操る魔術をかけてから俺との関係を語らせることにした。 「だけどねぇ、フレンちゃんは精神魔術に完全にかかってくれなくて反抗的だったの。あの時の反抗的な態度、エーティアちゃんも覚えているでしょう? フレンちゃんたらちっともお話してくれなかったわ」  アゼリアががっかりしたように項垂れた。  俺との関係を語らせようとしてもフレンはそっぽを向いて口を閉ざしていた。魔力耐性がそれなりにあるせいで、自分が従いたくないことには従わない、そんな状態だった。アゼリアが俺とフレンの関係の詳細を知らなかったそのためだという。  そこでアゼリアは今度は国王を操って語らせた。 「王様が言うにはフレンちゃんが魔力を無くしたエーティアちゃんの塔に行くことはずっと前からの『決まり事』だったらしいの」 「……は? それはどういうことだ」 「王様と、とある人物が五年前に約束したんですって。そのとある人物っていうのが……何と聞いてびっくりフレンちゃんの『婚約者』だって言うじゃない。その婚約者がフレンちゃんをエーティアちゃんの塔に向かわせることにしたんだそうよ」  フレンが魔力を失った俺の塔に来たのは、奴が適任者だったからではないのか?  それが実はそうではなくて、国王とフレンの婚約者と名乗る人物との取り決めだったというのか?  フレンはそのことを知っていたのだろうか。 「フレンの婚約者……」  フレンの婚約者。  そんな話は一度も聞いたことが無い。  そもそも俺はフレンの過去をほとんど知らないし、フレン自身も語ることがないからだ。  だが五年前の当時のフレンの年齢は十八歳、そういう存在がいたとしても何らおかしくはない。  婚約者……何だか胸の辺りがぐるぐるとしてきた。気持ちが悪いようなムカムカするような変な感じだ。 「その婚約者とやらはどんな奴なんだ。名前は? 年は?」  声のトーンが低くなるのを感じながら、アゼリアに問い掛けた。 「それよね、気になるところは。私もあの時はエーティアちゃんに意地悪する材料が欲しくてその情報が知りたかったの。だから王様にもちろん尋ねてみたわ」  意地悪する材料が欲しくて、という部分には引っかかるものがあったが、それは今はいい。それよりも先が知りたい。黙ってアゼリアの言葉の続きを待つ。 「残念ながら王様の口からもフレンちゃんの婚約者についての話は聞けなかったの」 「何でだ!?」  思わずテーブルをバンッと叩いてしまう。アゼリアが慌てて紅茶のカップとクッキーの入った器を零れないように死守した。 「落ち着いて、エーティアちゃん。婚約者の存在に動揺するのは分かるけどぉ……」 「お、落ち着いている。これ以上ないほどにな!」 「それって絶対落ち着いてない人のセリフよ。その感情は嫉妬よ、嫉妬。やっぱりエーティアちゃんはフレンちゃんを大好きなんじゃないの」 「ふん、そんな話は今はどうでもいい。肝心なのはフレンの婚約者についてだ!」  アゼリアの言う愛や嫉妬といったものは一旦置いておく。今はそんな場合ではない。フレンの婚約者の正体を知りたいのだ。 「そ、そうね。王様はちゃんと精神魔術にかかっているはずなのに、しゃべってくれなかったの。本当にその婚約者のことを知らないんだと思うわ」 「そんなことあるのか!? 何で国王が息子の婚約者のことを知らないんだ。知らないのに取り決めが出来るはずないだろう」 「うーん。約束のことは覚えていたけど、五年間のうちに何か原因があってフレンちゃんの婚約者のことを忘れちゃった……とか?」 「あるいは精神魔術にかかったか。アゼリアのような精神魔術の使い手があの頃アリシュランドにいたというのか?」  果たしてそんな人物がいただろうか、五年前のアリシュランドに。  第二王子は……それなりの魔術の使い手だろうが、精神を操るような高度なものが使えるとはとても思えない。  アゼリアも五年前はアリシュランドには居なかったはずだ。  俺はどうだったかというと、あの頃はちょうど魔王が復活して暴れまわっている頃だったので旅に出ていたはずだ。それに俺には王に精神魔術をかけた記憶など全くないので、論外だ。  それ以外の魔術師というと……駄目だ、さっぱり分からない。  人に興味の無かった俺にはそんな情報を持っているはずもない。 「くそう、もどかしい……!」  以前俺はフレンに言ったはずだ。  これから先の浮気は許さないが、過去は問わない…と。  それなのに今の俺はフレンの過去すら気になって仕方がない。全てを独占しないと気が済まないのだろうか。自分の心がおかしくなっていくのを感じる。  フレンはその婚約者のことをどう思っていたのか?  当然俺とこういう関係になったからには今はその婚約も無かったことになっているだろうが、今その婚約者はどうしているのか。  どういった経緯があって、婚約者とやらはフレンを俺の元に寄こしたのだろう。  ああ、駄目だ。何も分からなくてイライラする。  こんな気持ちのままいられるわけがない。  こうなったらフレンに直接聞いて確かめてやろうじゃないか!!
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