6話 塔の魔術師と騎士の愛

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 病室から抜け出した日より二週間後……。  俺とフレンは、第二王子の研究塔へとやって来ていた。  これには深い深い理由がある。  この二週間の間、俺とフレンは共に魔術を使えなくなった原因を調べるためにアリシュランドの城にある様々な文献を調べたのだが、残念ながら原因を見つけることは出来なかった。  俺自身が『白き翼の一族』の血を引いているという特殊な体であるので、普通の人間の例が俺にはちっとも当てはまらなかったのだ。  そこでフレンは意を決したように「兄に意見を求めてみましょう」と提案してきた。  俺は知らなかったのだが、フレンの兄である第二王子は魔術の研究を行っていて知識はそれなりに持っているらしい。  意外なこともあるものだ。  しかし俺の中のあいつの印象は、女好きのどうしようもない奴というもので、以前アリシュランドの城であいつの膝の上に乗せられた嫌な記憶がゾワゾワと蘇って来たので首を必死で横に振った。 「嫌だ、あいつは嫌だ!」  俺の反応にフレンは頷いた。 「そうですね……。俺もあまりあなたを兄に会わせたくありません。もう少し違う方法を探しましょう」  兄の悪癖はフレン自身よく知っているのだろう、それ以上会うのを勧めてくることはなかった。俺の魔術を復活させる術が見つからず、悩み抜いた上での提案だろうと思う。  そう、奴に望みを掛けなければならないほど俺の魔術は復活する兆しを一切見せなかった。  怪我が原因で魔術を使えなくなったのかと思い、傷口が完全に塞がるのを待って魔術を使ってみたがやはりこれまでと同様に使うことは出来なかった。  他の方法は見つからなかったのである。  そこで気が進まなかったが、第二王子の元へと行くことになった。  このまま永遠に魔術を使えなくなるのと、ひと時嫌な思いをするのとでは後者の方がマシだと自分を納得させた。  俺にとって魔術は無くてはならないものであって、それ無しでは生きていけそうにないのだ。  フレンの後ろにぴったりと張り付いて防御をしっかりと固めた上での対面だ。  第二王子は偉そうに椅子にふんぞり返っていて、俺達の姿に気付くと持っていた書類から視線を上げてこちらを見た。  あらかじめフレンが事情を説明しているらしい。もちろん俺がエーティアであるという素性は伏せて。 「ほお、来たか。ん、……そいつは、エーティアではないのか?」  俺に目を留めた第二王子が、驚いたのか目を丸くする。  フレンの陰に半分ほど隠れたままぶんぶんと首を横に振って違うアピールをした。 「顔がそっくりだがエーティアではないのか。ふん、まあそれもそうか。奴は今魔王討伐の旅に出ているはずだし、魔術が使えなくなったなんてそんな雑魚みたいなことになるはずもないか」 「ぐっ……」  エーティアではないと信じてもらえたのは良かったが、雑魚扱いされて心にグサッと傷を負う。  やはりこいつは好きになれそうもない。  自分の額にはきっと怒りのあまり青筋が浮かんでいることだろう。  元の世界でも嫌な奴だったが、過去の世界でも嫌な奴だ。 「兄上、それはエル様に対して失礼というものです」 「ふん、事実だろう。それで、そいつは『白き翼の一族』の血を引いていて、魔術を使えなくなっただったか? 原因は怪我にあると思うが傷口が塞がっても魔術は使えなかった、と」 「その通りです」 「なるほど。塞がった傷口を見せてみろ」 「うー……」  フレンを見上げるとこちらを気遣わしげに見ていた。  ものすごく気が進まないが、仕方がない。第二王子から背を向けてフレンにしがみ付いた。  こうなることは分かっていたから背中だけ出せるような服に着替えてある。フレンが背中のボタンを外してくれて背中を露出させた。 「ほー。白き翼の一族の血を引いていても翼はないのか」  第二王子が背中をしげしげと眺める気配がする。  それから傷口は塞がったものの未だに痕の残る皮膚に手の平をべたっと乗せた。 「ひうっ!!」  ビクーッと体を震わせる。  嫌だ嫌だキモチワルイ。  目の前のフレンにしがみ付いている腕の力を強くすると、ぎゅうっと抱き返された。 「何だ、その反応は。生娘でもあるまいし、やりにくくて叶わん。大人しく耐えていろ」  背中の傷痕を何度か押される。それから撫で回される。  その度に背中がビクビクと震えた。  ……本当に調べているだけなんだろうな!? 「ふぐぐぐ……」  口を食いしばって呪いの言葉を吐きそうになるのを我慢する。  俺に魔術が使えたら、こいつの口の中に激辛の香辛料をたっぷりと詰めて唇を縫い付けてやるのに!  背中をあちこちと触られて、終わった頃には全身に汗をびっしょりと掻いていた。  気持ち悪くて吐き気もするし、頭もガンガンしてきた。一日分の体力を全て使った気分だ。 「大丈夫ですか?」 「うぅ……う~」  ぐたっとする俺を支えたままフレンが背中のボタンを止め直してくれた。  第二王子はやれやれという感じで俺を呆れたように眺める。 「お前はどうやら姿かたちは人間のそれに近いが、気質は白き翼の一族のものが強く出ているようだな。……文献には番を一度決めるとそれ以外の者に触れられるのを極端に嫌うとある。お前、フレンのことを番認定してるのか?」 「ふぁ?」  思いも寄らぬことを言われて変な声が出た。抱き着いているフレンの体もピシッと固まる。  番だと? 何を言っているのだ、コイツは。  いち早く立ち直った俺はフレンから体を離し、第二王子に向き直って反論した。 「お前に触られるのが嫌なだけだ!!」 「口が悪いな、本当にエーティアそっくりだ。顔といい、性格といい白き翼の一族というのはみんなこういうものなのか? 何しろ奴らは人前に姿を現さないから分からんな」  俺自身純血の白き翼の一族に会ったことはない。  彼らは絶滅したとも言われているし、ひっそりとどこかで生き続けているとも言われているがその辺りのことは全て謎に包まれている。  彼らが極端に数を減らしたのは、ある能力のためだ。  白き翼の一族はそのほとんどが『白き魔力』を有している。  白き魔力は主に治癒を司る。  怪我をした者はもちろんのこと、死んだ者すら生き返らせることのできる治癒の力を翼に蓄えていたからだ。  そんな力が翼に宿っているとなると、どうなるか?  当然人間達に乱獲される。  金目当てのハンター達に囚われて、翼をむしられた彼らは次々と死んでいき、その数を減らしていったというわけだ。  幸い俺に翼は無かったし、攻撃の術を持たない純血の白き翼の一族とも違う。  襲い掛かられたところで二度とそんな気が起きないよう返り討ちに遭わせてやる力があったので、これまで特に被害に遭うことは無かった。  俺が白き翼の一族の血を引いているという素性を隠してもいないのはそれ故だ。 「白き翼の魔力が翼に宿るとしたら……お前の魔力も背中側に蓄えられている可能性がある。体の内部に白き翼の一族の性質が出ているのだとしたらな。そして背中に怪我を負ったことによって魔術を使うための何らかの機能が障害を受けたのではないか。だから魔術が使えない」 「だが……もうとっくに傷は塞がったぞ」 「外側はな。もっと深い部分では傷が癒えていないのかもな。まあ、数ヵ月、あるいは数年もすれば治るのではないか」 「それは困る……。俺は早く魔術を使えるようになりたいんだ」  早く元の世界へ戻りたい。  ここにはフレンがいるが、エギルはいない。それにこの世界ではフレンに魔力をもらうことが出来ない。  俺を慕っていると言い、熱っぽく見つめてくるフレンと過去の世界のフレンとでは全てが同じではなく、やはり少しだけ違うのだ。  俺は元の世界のフレンに会いたい……。  第二王子はにやっと意地悪く笑った。 「俺が回復の魔術をかけてやってもいい。お前が魔術を使えるようになるまで協力してやろうじゃないか」  こいつがこんなことを親切心だけで言い出すわけもなかった。この後続く言葉にまた額に青筋が浮かぶことになる。 「ただし、条件がある。俺の研究の手伝いをしろ」 「はぁ?」 「頭が鈍いな。白き翼の一族の魔力について研究したいと言っているんだ。そんなに難しいものじゃない。ちょっと血を抜いたり薬を飲んだりするぐらいのものだ」 「俺に実験動物になれとでも言うのか!?」 「何を言ってる。持ちつ持たれつという奴だろう。この俺の回復魔術を特別に受けられるんだぞ、光栄に思え。質の良い回復術をかけねば深い部分の傷は治らん。そして現状この城でそんな術を使えるのは俺しかいないぞ」  こいつ……!  魔術が使えなくてもせめて蹴り飛ばしてやろうと第二王子に近づきかけたが、その前にフレンによって抱えられてしまう。 「は、離せフレン!!」 「兄上、申し訳ありませんがその提案は呑めません。怪我の治癒方法はこちらで探しますので、これで失礼します」  ピシャッとそれだけ言い放ち、そのままフレンはすたすたと歩きだした。 「離せフレン。あいつを蹴飛ばしてやる……!」 「気持ちは分かりますが……堪えてください。嘆かわしいことですが、あれでもこの国の王族なのです。手を出したら不敬罪であなたが囚われてしまうでしょう」 「くそ、くそっ」  フレンの表情には静かな怒りが乗っていて、腹を立てているのは俺だけではないことが分かって奴を蹴り飛ばしたい気持ちは落ち着くが、罵る気持ちだけは残った。 「原因が分かっただけでも一歩前進です。明日からは回復の術を使える魔術師を探しましょう」 「そうだな……」  しかし頭の中では果たして治癒術師が見つかるのだろうかという不安が渦巻いていた。もしもいるのだとしたら俺が城に運び込まれた時点ですぐに治療されていたはずなのだから。  こんな精神状態だからか、頭の中に浮かぶのは悪い考えばかりだ。……今日はこれ以上考えるのはよそう。  病室へ戻った俺は奴に背中を触られたことで頭痛と吐き気がひどくて具合が悪かったことから、夕刻であったが早々に休むことにした。  フレンが看病を申し出てきたが、ゆるく首を振った。  無防備な兎の話を思い出したからだ。  体が弱って心細いとどうしたって甘えたくなってしまう。  フレンに対してベッドに横になって一晩中俺の体を抱えていろと命令したくなる。だけど、それは良くないことだと分かっているので耐えることにした。  掛布を被って小さく丸まる。 「……早く…帰りたい……」  寝入る直前、思わず言葉が零れ落ちてしまった。
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