1話 塔の魔術師と騎士の献身

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 アリシュランドの城から宴の招待状が届いたのは、それから三日後のことだった。  宴の名目は魔王を討伐した勇者一行の祝勝会だ。  本当はもっと早くに開かれるはずだったのだが、俺が体調を崩したことによって祝勝会は延期となっていた。  体調が良くなってからも「そんな面倒な催しに参加などしない」と何度か断りを入れていたはずだったのだがな。どうやら勇者の奴が「エーティアが来ないのなら延期だ!」と根回ししていたらしい。  何故引きこもりだった俺がそんな事情を知っているのかと言うと、他ならぬ勇者の奴に何度も手紙をもらっていたからだ。その手紙には「最近全然会ってないから祝勝会に参加して顔を見せに来い」という内容のものが散々書かれてあった。面倒だったのでフレンに代筆させて「行かない」の一択を貫いていたが。  だがここに来て俺の心境に変化が生じていた。  そろそろフレンを塔から連れ出してやらなくてはな、と思ったのだ。この塔に来てから四ヶ月、あいつは城に戻っていない。  俺の世話人という立場から勝手に外出などできないし、また生真面目な性格のフレンであるから内心では里帰りしたくともそんな申し出をするはずもないということは十分理解していた。  だったら俺の方からその機会を作ってやるべきだろう。この宴はいい機会だ。 「祝勝会に参加する」  自らペンを取って招待状の参加の欄に丸を付けると、フレンがぎょっとしたように目を瞠った  フレンが来てからの四ヶ月、自ら進んで外に行くことはなかった。そんなあまりにも引きこもりすぎている俺が外に行くと言い出したことが驚きだったようだ。 「何だ、フレン。そんなに意外か。俺だってたまには外の空気を吸いたくなる時もある。ここ最近は体調もいいからな。久しぶりに勇者連中の顔を見に行くのも悪くない」  あくまでも外に行きたいのは自分の都合だということにしておく。そうしないとフレンの奴は遠慮してしまうからな。 「そう…ですか。それでは、祝勝会に向けて衣装など準備をしておきます」 「ああ。それと、宴の時はずっと俺に付いていなくてもいい。他の連中もいるから世話人には困らないだろうし、お前も久しぶりの里帰りなのだからたまには羽を伸ばしてくればいい」 「エーティア様、それは……」  フレンの眉が顰められて、口を開きかけたところで話を聞いていたエギルが俺の肩に乗ってきてけたたましく叫んだ。 「ぼくもパーティーに行きたいです! エーティアさま、フレンさま、連れてってください‼」 「お前は留守番だぞ?」 「えっ、留守番はヤダです! ヤダ、ヤダ、行きたい、行きたいですぅ」  使い魔のくせに自分の意思をはっきり口にするエギルがじたばたと足を動かして暴れる。何かを言いかけていたフレンだったが、そのことにより会話はすっかり途切れてしまった。  ふう、と一つため息を吐いたフレンはそのままエギルを俺の肩から抱き上げる。 「そこで暴れてはいけない、エギル。エーティア様が肩を痛められてしまう」 「あっ、ごめんなさいエーティアさま」  指摘されて初めて自分がやってしまったことに気付いたようで、エギルは耳をしょぼんと垂れさせた。気にするなという意味を込めて頷いてやる。 「分かってくれたのならいい。それで、どうして城に行きたいと思ったのか話してごらん?」  フレンは幼子に言い聞かせるように、しっかりとエギルを窘めた後で、しかしそれだけで終わらず気持ちも聞き出していく。  エギルはフレンの腕に包まれて安心したのか、長く伸びたヒゲはせわしなくピコピコ動いているものの体の動きはすっかり大人しくなる。 「ぼく、お二人に置いて行かれてしまうのは寂しいです。この塔でお留守番していると静かすぎて怖いから。お留守番はヤダです。うええん」  耳を垂れさせてしくしく泣きながらエギルは自分の思いを語った。  なるほど、そんな思いを抱いていたとは知らなかった。どうも俺は相手の気持ちを読むのが苦手だ。フレンが引き出さなければエギルの気持ちを知ることはできなかっただろう。  エギルの思いを知った以上、このまま放置というのも可哀そうに思えてきた。 「ふむ、そうだったのか。それなら共に宴に行くか」 「本当ですか⁉ エーティアさまっ。嬉しいです! わーい、わーい‼」  フレンに抱かれた状態で、白くて丸いしっぽのついた尻を振りながらエギルが喜びを全開にした。  こうして俺達二人と一匹で祝勝会に参加することになった。  ***  祝勝会の会場である城までは迎えにやって来た馬車での移動となった。  魔術が使えた時ならワープにより一瞬で移動できたのになぁ…と失ってしまった力に未練を抱いている俺がいる。しかし使えないものは使えないので大人しく座席に座る。  会場に着いて自分の足で馬車から降りようとしたが、いつもは俺の意見を優先させるフレンが有無を言わさず抱き上げてきた。 「自分で歩けるぞ?」 「……どうかこのままで」  どうあっても抱えて連れて行くつもりのようだ。どことなく表情も強張っているように見える。  フレンは一体どうしたんだ?  その頑なな様子に珍しいこともあるものだなと首を捻りながら、大人しく首筋にしがみ付いた。  俺が随分と久しぶりに姿を現したせいか、フレンに抱えられながら城内を行くと「エーティア様だ」とあちこちで声が上がった。大人しく抱えられている姿がよほど意外なのか好奇の視線が突き刺さってくる。  そして自分のために準備されたらしい貴賓席に腰かける。そのままフレンは後ろに控えた。第三王子用の席もきちんと準備されていたにも関わらず、だ。俺の世話人の立場を貫く様子だ。  国王の挨拶から始まり、祝勝会はつつがなく進行していく。  食事会が終わると共に堅苦しい雰囲気も終わりを告げた。ダンスが始まってしまえば一気に砕けた雰囲気となった。  後ろに控えていたフレンを振り返る。 「もうここまででいいぞ。後は適当にやる」 「いえ、こちらに控えておりますので」  案の定この生真面目な男はダンスが始まっても羽を伸ばすということをしない。  先程からフレンに声を掛けたいと視線を投げかけてくる令嬢達の姿があっても見向きもしない。視線に気が付いていないのか、気付いていてあえて無視しているのかは分からないが。 「騎士団時代の同僚もこの場に来ているのだろう。つもる話もあるだろうし、奴らや家族と少し話してくればいい」 「その様な気遣いは不要です」  キッパリと答えるフレン。  何故だかこの会場に来てからというもの頑なさが増している気がしなくもない。取り付く島もない。  本当にどうしたんだ?  この様子では絶対に俺の傍を離れることはないだろう。 「俺は何にもできない赤子でも何でもないというのに、まったくお前は仕事熱心なことだな。それなら言葉を変えよう。今から二時間、俺の傍にいなくていい。適当に息抜きして来い、これは命令だ」 「エーティア様!」  納得がいかないのだろう、フレンの不満げな声と強い視線が俺を射抜く。だからといって俺とてここで折れるわけにもいかない。 「俺の命令が聞けないか?」  じっと見上げると、フレンが観念したように頭を下げた。 「……せめて一時間です」 「よし、一時間だ。行って来い」 「はい。……エギル、エーティア様に何かあったら大声で呼ぶように」  前半は俺に、後半はエギルに向かって声を掛ける。その言葉に反応して俺のローブの内ポケットに隠れていたエギルがひょこっと顔を出した。 「はい、フレンさま! ぼく、頑張るです!」  エギルがやる気満々と言った感じで返事をして、フレンが頷いた。  これでは誰が主人だか分かったもんじゃない。  ローブから飛び出して膝の上に乗り移ったエギルと共に、離れて行くフレンの後姿を見守った。 (まったくフレンの奴、どれだけ過保護なんだか)  離れて行ったフレンだったが、ここから見渡せる範囲の会場内にいた。  かつての騎士団仲間達と会話を交わしている。約束通りきっちり一時間は戻るつもりはないらしい。しかし時折視線を感じるので、こちらを気にしている気配はする。  過保護な気がしなくもないが、そういう性分なのだろう。  だが、その中でもフレンなりに楽しんでいるようだ。自然な笑顔が零れ落ちている。  やはり城に来たのは正解だった。あいつはまだ若い。何の面白味もない塔の中で俺の世話ばかりというのも気が滅入るだろうからな。  時折フレンを眺めながら、エギルの真っ白な毛並みを撫でてまったり過ごしていた。大人しく気持ち良さそうに撫でられていたエギルだったが、ふいに不思議そうな表情でこちらを見上げてくる。 「エーティアさま、魔力、使ってるですか?」 「は? 魔力?」 「エーティアさま、髪の毛が青くなってるです。魔力なくなっちゃうです、使ったらダメですよ」  エギルから指摘されて、視線を上に持ち上げて前髪を視界に入れる。普段は銀色の毛先が今は薄く青い光を湛えていた。  これは俺特有の体質のようなものだ。体から魔力が放出されると毛先が光るのだ。  そこでようやく微力な魔力を放出していたということに気付く。無意識で使っていたということか。  この調子で魔力を出していたら倒れるところだった、危ない、危ない。  しかし何だって勝手に魔力が放出されたんだ?
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