8話 塔の魔術師と騎士の献身・終

3/10
前へ
/73ページ
次へ
 俺とフレンはこの日、アリシュランドの城へと訪れていた。  何をしに城に訪れているかというと、俺の中にある魔術球を調べるためだ。  魔力を失った際、魔術球を一切体の中から取り出せなくなってしまったが、フレンの魔力を得てからは自在に取り出せることも分かっている。  今のところ体に異変はない。  けれど、ささいな異常が重大な事故に繋がる可能性を考えると定期的な検査は必要なことだ。  城門のところにはすでに到着していたサイラスがいた。 「待っていたぞ!」 「お待たせしました、サイラス様」 「こんにちは、サイラスさま!」  フレンとエギルが頭を下げる。  勇者であるサイラスもまた魔術球に何かが起きた時のために呼び出されている。  この世界でただ一人の魔王を倒した勇者への待遇は格別だ。  元々は農民であり地方の出身だったらしいサイラスだが、魔王討伐後に爵位と城下町に大きな屋敷を与えられてそこに住むことを望まれた。いわゆる『名誉貴族』というやつだ。  魔王が居なくなってのんびりと暮らせるかというとそういうわけでもなくて、勇者に会いに訪れた他国の使者と面会を果たすなどそれなりに毎日忙しく過ごしているらしい。  頻繁に城に顔を出しており、今日も馬車でここまで来たのだという。  三人と一匹で連れ立って城の中に入ろうとして、それは突如として起こった。  いきなり空が眩く光ったのだ。 「うわっ」  目が眩んで足がふらつくが、すぐにフレンに引き寄せられて地面へと共に屈み込んだ。  光が収まるまで時間はそれほど経っていないように思えたが、体感はとても長く感じられた。 「もう大丈夫のようです。ご無事ですか、エーティア様」 「ああ……平気だ」  そっと閉じていた目を開けて、フレンに支えられながら立ち上がる。  異変は見上げた空に起こっていた。  明るかったはずの空から太陽が姿を隠し、辺りが暗くなっていた。その上遥か西の方の空が紫色に染まっているのだ。ただの紫ではない。これは魔力を含んだ紫の色だ。  そのどろどろと粘つくような不気味な空の色を俺は確かに知っている。  そしてそれはこの場にいるエギル以外の全員同様だった。 「いや……そんなまさか……」  すっかり血の気の引いた青白い顔でサイラスが呟いた。 「お空が紫色になっていて暗いです。さっきまで明るかったのに、どうしてですか? 雨が降るですか?」  状況が分かっていないエギルだけがローブの内ポケットから顔を出して不思議そうに首を傾げた。当時生まれていなかったエギルがこの空の色が表す意味を知らないのも無理はない。 「俺の考えが間違っていなければ、これは魔王復活の際の空の色と似ている」 「ふ、ふえええっ!?」  エギルが信じられないとばかりに叫んだ。  俺だって信じたくはない。  魔王は何度倒そうが数百年の期間を経て必ず復活を果たす。何故奴が何度も蘇るのか、その仕組みは残念ながら解明されていない。  俺達のいる時代は運悪くその魔王復活の時に重なった。  あれは五年前のことだった。  あの時の空も魔力を含んだ紫色に染まって、一晩明けたら元の空の色に戻ったのだった。しかし魔王の復活に呼応するように各地でモンスター達が暴れまわるようになった。  五年前の再現だというなら、今回もそうだというのか? 「こ、怖いですぅ……」  魔王との最終決戦の折にはエギルも生まれていて、俺と行動を共にしていたが、怯え切ってローブの中にずっと隠れていた。  今もまたエギルはすっかり怯えてしまいローブの中に引っ込んでしまった。 「だが、いくら何でも魔王が復活する期間が短すぎると思う。あと数百年は平和の世の中が続くはずだろう? 復活はあり得ない」  難しい顔をしたままのサイラスも俺の意見に同意する。 「俺もそう思う……が、今はとにかく情報が欲しいな。城内に行くぞ」  情報が入るまでは客室で待機していてくださいと使用人に部屋へと通されて、ようやく俺達のもとへ情報が入って来たのは夜も更けた頃のことだった。  王を含めた一同が会議室へと集められた。  騎士団長から報告書が読み上げられる。 「西のベルフレイユ王国より『魔王復活』の兆しありとの報告が入っております。そして勇者サイラス様への救援要請が参りました」  魔王復活、その言葉を聞いた城の重鎮達からどよめきが上がる。 「勇者様が倒したはずだ!」 「そんなことあり得ない!」 「お静かに、まだ続きがございます。魔王とみられるものは地下深くより王宮内へと出現。現在は青白く光る繭のようなものに包まれていて身動きが取れない様子とのこと。幸いにもベルフレイユ王国に甚大な被害はまだ出ていないと報告が上がっております」 「ふむ……。まだ完全に復活したわけではないのか。しかし時間の問題だろうな」  前回復活の時には繭に包まれていたという報告はなかった。  しかし、地下から出て来たということはもうほとんど準備が終わったということになる。いつその繭から抜け出して来てもおかしくない。 「叩くなら今だな。復活してからでは遅いぞ」  サイラスの言葉に同意だ。 「そうだな……。他二人と連絡が付かない以上俺とサイラスで向かうしかないだろう。戦力が少ない今、早急に叩く必要がある」 「お待ちください、エーティア様。俺もお連れ下さい」 「………」  自分も連れて行けと言い募るフレンをじっと静かに見やる。俺の返す答えを分かっているのだろう。唇を引き結んで一歩も引く様子がない。  ピンッと張りつめた空気を破ったのはサイラスの言葉だった。 「まあ待て。エーティアにはワープでベルフレイユ王国まで送ってもらわなければならないが、今回はそこまでだ。あとは俺一人で片を付ける」 「何を馬鹿なことを。お前、分かっているのか?」  魔王は四人がかりでギリギリ討ち取れた相手。それを今度はサイラスが一人で相手するという。  奴と戦った身であれば、その言葉が意味することを分かっていないはずがない。 「ああ、分かっている。だからこそだ。エーティア、そんな状態になったお前を戦わせるわけにはいかない。ここは俺に任せてお前達は塔へ戻っていろ。そして結婚式でも挙げてくれ」  ……やはりだ。  サイラスは自らの命と引き換えにしてでも魔王を倒そうとしている。  それは勇者としての使命感だろうか。 「俺のワープを当てにしておいてそこから先は戻れだと? 馬鹿にするな。連れて行かないというのならお前を海の底にでも放り出してやろうか」 「おいおい、昔はあんなに勇者の一員になることを面倒臭いと嫌がっていたじゃないか。今更使命感にでも目覚めたのか?」 「冗談じゃない。誰がそんなものに目覚めるか。だが、仕留めたと思った相手が生きているのは気持ちが悪い。今度こそ数百年は目覚めないほど粉々にしてやるつもりだ」  座っていた椅子から立ち上がり、そして事の成り行きを険しい表情で見守っていたフレンに向き直る。 「そういう訳だ。俺は行ってくるが、お前を連れて行くことは出来ない。ここで待っていて欲しい」 「嫌です! 俺はあなたを守るための護衛です。どうか俺を共に連れて行ってください。決して離れません」  同じように立ち上がったフレンは行かせまいとするように俺の腕をきつく握りしめた。いつになく強引な振る舞いだ。これでは歩くことはおろか離れることも出来そうにない。 「そうか……ありがとう」  フレンの体を抱き締める。 「エーティア様……」  ほっとしたようにフレンが体の力を抜いたところで、眠りの魔術を施した。 「何を……どうして……」  裏切られたショックからかフレンの表情が切なく歪んだ。  眠りに落ちないよう抗っていたけれど、ほどなくその体からは力が抜けて、ずしっとこちらに重みが乗った。  自分より大きな体のフレンを何とか椅子に座らせ、机に突っ伏させる。これでしばらく目覚めることはないだろう。  起きるのは全てが終わった後だろうか……? 「おい、騎士団長。後でフレンを居室へ運んで行ってくれ」  神妙な面持ちでこちらを見ていた騎士団長に声を掛けると、「ハッ」と言って頭を下げた。 「良かったのか……? フレンを連れて行ってやらなくて。少なくとも足手まといではないだろう。必ず魔王を倒す役に立つはずだ」  サイラスはそう言ったが、俺は首を振る。 「忘れたのか? 女神の祝福を受けた人間の攻撃でなければ魔王に通じないということを」  俺達が魔王を倒す勇者一行として選ばれたのは、女神の託宣を受け、そして祝福を授けられたからだ。旅に出るつもりなど毛頭なく辞退したかったが、それが出来なかったのもこのせいである。  魔王を倒せるのは祝福を授けられた者だけだ。 「それは確かにそうだが……。お前を守る盾となってくれるのではないか」 「フレンが有能なのは知っている。俺を必ず守ろうとすることも。だけど、俺はそれが怖い。過去の世界の時のように……フレンが俺を守るために死んでしまったらと思うと、あんな思いはもう二度とごめんだ」  過去の世界でスカイドラゴンの襲撃があった時、フレンは俺を守るために自分の身を犠牲にした。  一度その命は失われたのである。  幸いにもあの時は俺の中にある『白き翼の一族』の治癒の力が発動してフレンを生き返らせることが出来たが、あんな奇跡は二度と起こらない。  次にフレンの命が消えたら、もう戻ってこない。  俺にはそれが怖くてたまらない。  今もあの時のことを思い出しただけで足が震える。 「フレンに何かあれば戦いの最中、冷静でいられる自信が無い。俺は立つことさえ出来なくなるだろう。だからこそここに置いて行く」 「そうか。お前が決めたのならそうしたらいい」  それからローブの内ポケットの中でぶるぶると震えて小さくなっているエギルを取り出した。可哀想になるほど怯えている。 「エギル。使い魔契約を解除しよう」 「ふえっ!?」  こちらを見上げた黒い瞳が大きく丸くなる。 「使い魔契約を切ればただの兎に戻ることになるが、ここから先はフレンと共に暮らすといい」  俺がもしも死んだ場合、使い魔として命を共有するエギルも共に死んでしまうことになるが、契約を切っておけばそこから先はただの兎として生きることが出来る。  フレンならば俺がこの世から居なくなったとしても、エギルが本来の兎としての寿命を迎えるまで大切に見守ってくれるだろう。  俺の意図を汲み取ったらしいエギルの目から涙がポロポロ落ちていった。 「ヤダです!! そんなのヤダです!!」  必死でこちらにしがみ付いてくる。 「フレンさまとお別れはヤダですけど、エーティアさまと離れるのはもっとヤダです!! ぼく、怖がりで何も出来ないですけど、最後まで一緒に行きたいです。ぼくはエーティアさまの使い魔です! 絶対、絶対離れないです。うえええっ」  最後まで俺と共にあるというエギルの覚悟を受け取った。 「分かった。それなら共に行こう」 「あ、待ってください。フレンさまにお別れを言うです」  俺の腕の中から机へと降りたエギルはフレンの傍に近づく。そしてぎゅっと顔の辺りに抱き着いた。 「本当はフレンさまとお別れしたくないです。ずっとずっとエーティアさまとぼくとフレンさまと一緒に暮らしたかったです。でも、ぼくはエーティアさまと一緒に行くのでさようならです……。一緒にお仕事してくれてありがとうでした」  挨拶を終えたエギルは俺のローブの内ポケットへと再び潜り込んだ。  手を伸ばして静かに眠り続けるフレンの髪の毛を撫でる。 「目が覚めたら怒るだろうな……。それでも俺はお前に死んでほしくない」  誰よりも大切で失いたくない。  俺が心から愛している番。  手が離れた後、フレンの瞼が一瞬だけピク、と動いた気がした。  ……いや、まさかな。  俺の眠りの魔術が破られるはずはない。  国王が跪いてこちらに向かって頭を下げた。 「エーティア様、それにサイラス様も。必ずご無事で戻られることを願っております。私はまだ挙式への思いを諦めておりませんぞ」  だから必ずここへ戻ってくるように、ということか。 「最善は尽くす。俺とて死ぬつもりはない」  必ずとは約束出来ないが、ここへ戻って来るつもりはある。万が一の事態を考えているだけで、むざむざ死にに行くつもりはない。  俺の弱みとなるフレンを残して行くのもそのためだ。 「任せておけ。俺もエーティアもきっとここに戻る」 「それでは俺達はすぐにベルフレイユ王国へ移動する。後のことは頼んだ!」  ワープの魔術を展開させると、俺達はその中へと飛び込んでいった。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

104人が本棚に入れています
本棚に追加