1話 塔の魔術師と騎士の献身

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「おい、エーティア、久しぶりだな!」  魔力の放出を止めると、そのタイミングに合わせたかのように賑やかな男が目の前に現れた。  かつての旅の仲間でもある勇者だ。……名前はよく覚えてない。サイ…なんとかという奴だ。  旅の最大の功労者ということで、色んな者達から声を掛けられていたので会場内で話せたのはこれが最初だ。 「相変わらず小さいし、目つきは悪いし、怠そうな雰囲気しているな! ちゃんと飯食ってるか!?」 「……お前は相変わらずうるさい男だな」  旅の間中もこの勇者は終始こんな感じだった。  やたらと構ってくる。  俺はうるさい男が苦手なので毛虫を見るような目でこいつを見ていたのだが、ちっとも堪えなかった。大抵の奴は俺が冷ややかな目で睨むと逃げ出すというのにな。次第に俺も諦めるようになった。こいつの馴れ馴れしい態度はどうあっても治らないのだと。 「怠そうな雰囲気はいつものこととして、体の具合はもういいんだろう? それなのに何度お前の住んでいる塔まで会いに行っても会えなくてなぁ」 「ん? そうなのか?」 「そうそう。いっつも俺が行くと塔の入り口のところにフレンの奴が立ってて『エーティア様はお休みになっています』の一点張りだ。お前の所の世話人はどうなってるんだ。あいつ、お前と俺を会わせたくないんじゃないのか!?」 「そんなまさか。エギルは知っていたか?」  そんなことがあったとは知らなかった。エギルは知っているのだろうか。 「はい。でも、それは前にエーティアさまが言ったですよ? 俺が寝ている時は急ぎの用事でなければ誰が来ても…それが国王でも追い返せって。報告もいらんって言ってたです!」 「ほー…。そういえば、そんなことも言った気がするな。あいつは忠実に命令を聞いただけだ。奴に当たるな」 「いやいやいやいや。大体おかしいだろ、毎回だぞ!? しかも俺はちゃんと予告してから行った。次はこの日に行くと、前回行ったのは、そう、先月の十五日だ。その日も予告しておいたんだ」 「先月の十五日……?」  思い返してみる。その日は確かにずっと寝ていた。何なら一日中すやすやしていた。  どうしてそんなことになったかというと、前日の夜に魔力供給があったからだ。その日はフレンから注がれた魔力が全然足りなくて、何度かもらわなければならなかった。そのため次の日は魔力が足りていたものの、別の意味で足腰が立たなかった。  そのことを正直に告げると、勇者は派手に顔を顰めた。 「そもそも、何で魔力供給受けてるんだ? 魔力供給っていうのは浄化と一緒だろう。旅の間中、お前、絶対にそういうのは嫌だと言ってたじゃないか」  街に寄る度に体に溜まった闇の魔力の浄化が必要だとそういう施設に連れて行かれそうになったことは何度もあったが、潔癖だった俺は絶対に首を縦に振らなかった。何なら「俺に構うな!」と魔術で吹き飛ばしていた気がするな。 「まあ、あの頃はな。だが、一回受けてみたら吹っ切れた。案外悪くない」  魔力を注がれながらする性交というものは、これまでの俺の価値観を全て吹き飛ばすほどのものだった。それを知ってしまった今ではどうしてあの頃の俺はあんなに頑なだったのかと呆れてしまうぐらいだ。  あの頃の勇者達がそわそわしながら施設に向かって行く気持ちが今なら分かるような気がする。 「何だよ、だったらあの時俺とすれば良かったじゃないか? そうしたら俺、他の奴としなくて良かったのに」 「その場合俺がお前に入れるのか?」 「違う違う。浄化は入れる側でも入れられる側でも大丈夫。当然その場合は俺が入れる側だろ」 「何故だ」 「性格はワガママで傲慢で、めちゃくちゃムカつく時がほとんどだが、小さいし、顔もすごく好みだからな! 何故だかお前を構いたくなるんだ。本当はずっとお前に浄化をして欲しかった」  複数の属性を持つ俺はあの頃白い魔力も有していた。つまり勇者の浄化は出来た訳だ。顔が好み。だから初めて会った時に「俺の浄化をしてくれっ」と勇者が抱き着き、泣きついて来たのか。「するわけないだろうが!」と当然ながら俺はブチ切れた訳だが。  いや、そんなことよりも気になった言葉がある。 「……俺はワガママなのか」 「はぁ?」  勇者が今更何を言っているんだ? という顔で俺を見つめて来た。 「もしかして無自覚だったのか? お前、かなりのワガママだぞ。旅の間中気が乗らなければあれも嫌だこれも嫌だと言っていたぞ。ははん、さては大魔術師として生まれてから今までチヤホヤされていたからそれが当たり前だと思っていたクチか」  この間からもしかしたらそうかな? と自分でも薄々感じていたことを改めて第三者から突き付けられて衝撃を受ける。 「うぐっ……」 「そんな調子でフレンの奴もこき使っているという訳か」 「こき使って……いたつもりはないが。ちなみに、家事の一切を任せて、移動手段にさせて、魔力供給させるというのはこき使った内に入るか?」  恐る恐る問いかけてみる。 「移動手段?」 「移動手段と言うのは、つまり、抱き上げられて運んでもらうというやつだ」 「は? あの塔の急階段を上から下まで?」 「まあ、そうなるな。階段を上から下までだ」 「……鬼かっ!?」  勇者が顔を青ざめさせながら叫んだ。  鬼……。何ということだ、俺はそんな所業をフレンに強いていたらしい。 「いや待て。今は運ばせてない。自分で歩くようにしている。……半分ぐらいは」  これでも以前よりは自分でも歩くようになった。登り階段はしんどくて途方に暮れているとすかさず抱えられるようになったので、そのまま甘えてしまうことも多々あるが。 「それでも、お前のしていることは世に言うブラック労働というやつだ。世話人とはいえよくもまあこの国の第三王子にそんなことをさせられたな!?」 「ブラック!? ……どうしたらいいんだ。俺に家事は出来ないぞ、ちなみにやるつもりも一切ない」 「その徹底した考え方はいっそ清々しいな。だったら世話人を増やしたらどうだ?」 「世話人を増やす、なるほど。住処に人の気配が多くなるのは我慢ならないが……、フレンの負担が減るならそうすることも視野に入れなければならないかもな」  はー、とため息を吐く。  人が増えるのは嫌だ。フレンは俺の思考の邪魔をしないので居ても全く気にならないが、勇者みたいな奴が世話人としてやって来たらと思うとゾッとするな。自分の家で気が休まらなくなってしまう。  だがあいつがブラック労働とやらに耐え切れず逃げ出してしまったらと考えると、そうも言っていられない。 「やけに気に掛けるな。今までのお前だったらそんなこと一切気にせず放置だったろう。好きなのか、あいつのことが」 「まあ、そうだな。フレンは世話人として優秀だ。気に入っている」 「俺が言っているのはそういう意味じゃない。恋愛的な意味で好きかということだよ」 「恋愛的な意味だと?」  こいつは何を言っている……?  訝し気に眉を顰める。 「よく分からないと言う顔だな。他人の感情に疎いお前が自分の感情に鋭いはずもないか。フレンの傍にいると胸が高鳴るとかそういう感覚にはならないのか」 「ふむ、性交の時ならうるさいぐらいに鳴るぞ。気をやった時などは心臓が壊れるかもしれないと何度も思った」 「ごほっ、そういうことを明け透けに語るな。これだからお前は世間ズレしているというんだ」 「……お前から聞いたくせに」  げほごほ咳き込む勇者を半眼で睨みつける。納得がいかない。膝の上で機嫌よくニンジンをもぐもぐしているエギルの背を撫でる。 「それで、先程のは恋愛的な意味の好きに当てはまるのか?」 「お前の言う性交時の心臓のバクバクは恋愛には当たらん。平時で考えろ。無いのか、そういう時は」 「ふむ、特に思い当たることはないな」  むしろ落ち着く。あいつがいることはごく自然な感じがするので、心臓が高鳴るということはない。 「脈はなしか。そんなお前は当然ながら、フレンの好意にも気づいてないんだろうな?」 「フレンが恋愛的な意味で俺を好きだということはそれこそあり得ないだろう。奴は仕事を全うしているだけだぞ?」  あいつは俺の世話をするためにやって来たのだ。仕事熱心な奴がそこから逸脱するとは到底思えない。 「奴が一生懸命防御を固めるために着せた服も当の本人には気付かれず…か。鈍感も過ぎればいっそ残酷だな。少々同情も覚える」  勇者がぼそぼそと何やら訳の分からない言葉をつぶやく。  服がどうした? 自分の身に纏う服を眺め下ろす。これは今日の宴のためにフレンが用意したものだ。黒を基調とした幾重ものローブを重ねたデザインになっている。さらにその上にマントを羽織っているので、顔以外の肌が全く見えず初夏に着るには少々暑そうな見た目であるが、実際は布が薄くて軽くて通気性もいいので着心地がいい。 「しかし俺にとっては好都合だな。好きだという訳でないなら遠慮はいらないだろう。おい、エーティア、俺を魔力供給役にしてくれ」 「は?」 「お前の症状的に必要なのは浄化ではなく、魔力なんだろう? だったら白い魔力が無い俺でも問題ないはずだ。魔力量はそれなりに多い方だ。話を聞いているとフレンではお前の魔力をたっぷり満たすほどの魔力を持っていないと見える。それは魔力供給役として適任じゃない」 「フレンは……適任じゃない?」  勇者の説明はこうだ。  本来なら魔力供給はそんなに回数を必要としないらしい。その者の本来持つ魔力量にもよるが、二、三日に一度はかなり頻度が多い方なのだとか。 「俺だったら月に二度ほどでいけるぞ、たぶん。フレンには引き続き家事をやってもらって、魔力供給は俺とすればいい。家に他人が増えるのが嫌だというのなら俺は通いで構わないぞ? これでそれぞれの負担が減るわけだ。な、名案だろ」  確かに、アリシュランドの勇者という立場のこいつであれば、第三王子であるフレンと同様俺との接触には何ら問題はないはずだ。護衛役としても申し分ないし、禁術の流出の恐れは国から見ても限りなく低い。候補者として名乗りを上げればまず間違いなく通る。  別に俺とて断る理由はないはずだ。月に二度の魔力供給で済むのなら効率的でもある。  だが……。  バチバチバチッ。  突如俺の体から雷が迸り、体を覆うように薄い電気の膜を作った。 「うわっ!」  勇者が慌てて俺から飛びのく。膝の上に乗っているエギルは無事のようだ。しかし急な魔力の発動に驚いて耳を垂らしおろおろとしている。 「はっ、え……?」  薄い膜越しに驚いた顔の勇者と目が合う。この魔力は間違いなく俺から放出されている。自分の意思とは無関係に魔力が飛び出し、誰も近づけまいと傍に寄る者を攻撃しようとしている。  魔力を止めようと思うが、止まらない。 「まず…い……」  体から力が抜けて椅子から床に転がり落ちる。同じように投げ出されたエギルもぺたりと床に尻もちをつく。  昨夜魔力供給を受けていたから、普通に動く分には問題ないはずだった。しかしここに来て魔力を放出してしまったことにより、俺の中にあった魔力が一気に減っていく。  駄目だ…体が動かない……。 「大変ですっ、フレンさま、フレンさまーっ!!」  呼吸が苦しくなって視界が暗くなり、エギルの叫び声が籠って聞こえる。  まだ約束の一時間が経っていないからあいつは来ないんじゃないか?  そう思いながらも、俺の口は「フレ…ン…」と名を紡いでいた。
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