8話 塔の魔術師と騎士の献身・終

6/10
前へ
/73ページ
次へ
「はひゅっ、ふ、フレンしゃまぁ……っ」  どうやら俺だけが夢を見ているわけではないらしい。現実だ。  すぐ隣に倒れていたエギルが寝ぼけまなこで叫んで足をバタつかせた。魔力が戻った影響でエギルは言葉を取り戻している。  落ち着かせるようにフレンが興奮したエギルの背中をやさしく撫でる。 「フレンさまがいるですぅ。良かった……ふぁ」  安心したのか再びエギルは眠りについてしまった。 「本当にフレンなのか……」  魔力を吹きこまれたものの、体はほとんど動かなくて視線だけをフレンに向ける。 「色々と言いたいことはありますがそれは後にして、まずはご無事で安心しました」  眠っているエギルと共にまとめて抱き上げられる。 「人間……ッ、やめろ、そいつを連れて行くな!」  魔王が怒りを顕わにするが「ちょっとお話し中だから黙っててくれるかしら」と突然空中にふわふわと現れたアゼリアによって遮られる。  何故フレンだけではなくアゼリアまでもがここにいるのか。頭がぼーっとしているせいもあって理解が追い付かない。 「あなたの中、エーティアちゃんの魔力が入っているのね。でも残念。顔はそっくりでも上手く魔力を使いこなせていないみたい。昔のエーティアちゃんに比べたら全然ダメダメだわ。お話にならない。生憎女神の祝福を受けていない私にあなたを倒すことは出来ないけれど、かといってあなたにやられる気もしない」  冷え冷えとしたアゼリアの瞳が魔王を射抜く。 「これぐらいなら出来るのよ」 「ぐ、う……っ」  アゼリアが何かをしたのか魔王の顔が苦し気に歪み、サイラスを掴んでいる黒い腕の力が緩む。 「サイラスちゃん、聞こえるかしら? まずはエーティアちゃんを安全な場所に運ぶからちょっと待っててね」 「あ、ああ」  俺と同様に呆気にとられているサイラスが何とか返事した。 「んふふ、それにしても二人の姿。魔王だと分かっていても何だかサイラスちゃんがエーティアちゃんを押し倒しているみたいね。いけない現場を見ちゃったみたい」  俺を抱えるフレンの体がピクッと一瞬震えた。  ふるふると俺は無言で首を横に振った。  頼む、今は余計なことを言うなアゼリア。流石の俺でもその発言がよろしくないということは分かる。  再会してからというものフレンには静かな怒りが乗っていて、何とも声が掛けづらい状況だ。態度に出している訳ではない。ないのだが……これは絶対に怒っているに違いない。  内側からピシピシと怒りの波動が出ているというか……。  原因は明らかであるけれど。  置いて来てしまったことを怒っているのだ。  額に冷たい汗が流れていくのを感じる。  二人の間に流れる緊張感をまったく気にした様子もなく呑気にアゼリアが語り出す。 「何で私達がここにいるのか知りたいわよね、エーティアちゃん。私のワープでここに来たのよ。地中に沈んでいく前にすでにお城の中に潜入してたの! 実はアゼリアちゃんは世界中を旅して回ることが大好きでこのベルフレイユ王国にも過去に来たことがあったのでした!」  アゼリアとフレンがワープで飛んでこられたのはそういうことか。だが、疑問もある。 「フレンには俺の眠りの術がかかっていたはずだ。それなのにこんなに早く目覚めるはずがない」  少なくとも丸一日は眠りに落ちるはずのものだった。 「それに関しては申し訳ありませんが……、あの時は術にかかったふりをしていました」  今度はフレンが答えて、その内容に目を瞠る。  俺の術にかかっていなかっただと……? 「何……!?」 「お忘れですか? 魔術で操られた失態を二度と繰り返さないように俺が魔力耐性を上げたのを」  アゼリアによって精神操作を受けたフレンは、あの時の過ちを繰り返さないようにと魔力耐性を上げる修行を始めた。  その成果が現れたという訳か。  フレンには並々ならぬ潜在能力を感じていたが、まさか俺の魔術を防ぐほどに成長するとは……。 「あなたが一度決めたら俺を何としてでも置いて行こうとするのは分かっていましたから、術にかかったふりをしてやり過ごしたのです。そしてあなた達が行ってしまった後ですぐにアゼリア様と合流をしました」 「アゼリアの居場所を知っていたのか?」  アゼリアはいつもふらっと塔へ遊びにやって来るが、『黒き森』と呼ばれる森のどこかに住んでいるというだけで正確な家の場所は謎のままだ。  いつもあっちこっちをふらふらしていることが多いので、魔術を使える俺ならともかくフレンでは連絡が取りにくいと思うのだが……。 「アゼリア様には連絡用の魔法具をいただいていましたので」  またしても思いがけない返答だった。 「うんうん。フレンちゃんには前に悪いことをしちゃったから、罪滅ぼしに連絡用の魔法具をあげていたの。それで一度だけ何でも言うことを聞くって約束したの」 「そんな約束をしていたとは……聞いていない」 「だってぇ。私が何でも言うことを聞くなんて約束をしたことをエーティアちゃんに知られたら嫉妬しちゃうかなーと思って、口止めしていたのよ。役に立って良かったわね、フレンちゃん」 「はい」  二人の間で交わされる言葉に何となく面白くないような気がしてきて、ムスッと唇を引き結んでしまう。  王座のところまでフレンによって運ばれて、体を下ろされる。ふかふかの椅子に体が沈み込んだ。  それからフレンは腰に佩いていた剣を引き抜くと俺の足に絡みついている魔力で編まれた縄をいともあっさりと切り落とした。  フレンがいつも身に着けている魔法を弾く剣。  切れた縄は溶けるように消えていく。 「体に痛みはありませんか?」 「ああ……」  俺を置いて魔王とサイラスの元へと向かって行こうとするので慌てて服の裾を掴んで引き留めた。 「駄目だ、行くなフレン! 女神の祝福を受けていなければ魔王に攻撃は通らないんだ」  ここでフレンを行かせたら何のために置いて来たのか分からなくなってしまう。死なせないために、二度と失わないために置いて来たのだ。 「嫌だ。もうお前を失いたくない……!!」  こちらを振り返ったフレンが俺の前に跪いて手を握った。 「俺は死にません。二度とあなたを悲しませないと修行を積みました。魔王に対抗する手段はあります。ですからどうかあなたが鍛えた俺を信じてください」  魔力耐性を上げるために修行に付き合っていたのは俺だから、どれほど真剣にフレンが修行をしていたのか知っている。  フレンは五年前の記憶を思い出してからは尚更熱心に体を鍛え続けていたように思う。  そのフレンが信じて欲しいというのだ。俺にはもう引き留める言葉を紡ぐことは出来なかった。震える手で握り返す。 「分かった。お前を信じる」 「ありがとうございます!」  今度こそフレンが立ち上がって離れて行く。 「安心して、エーティアちゃん。フレンちゃんには魔女の加護があるんだから!」  ふわふわ浮かびながらアゼリアがフレンの後を追う。 「サイラス様、今お助けします!」  フレンの剣がサイラスの体に巻き付いている黒い腕を切り裂いた。そして解放されたサイラスがアゼリアによって助け出される。  女神の祝福を受けていない通常の剣では魔王に攻撃が通らない……そのはずなのに。  何度もあの剣が魔法を弾くところを見たことがある。  五年前の時にはフレンがすでに携帯していたあの剣、思えばかなり異様な存在感を放っていた。  俺の攻撃が弾かれたこともあったし、スカイドラゴンの炎をも弾いていた。  魔王の腕を切り裂くその剣は、ほのかに白い光を帯びている。  その様子は、サイラスの聖剣に似ていることに気付いた。 「それは女神の祝福を受けた聖剣なのか!?」  同じことにサイラスも気付いたようだ。  でも、そんなことはあり得ないだろう?  魔王を倒すため女神の託宣を受けたのは俺を含めた四人だけだった。その中にフレンはいなかった。そしてその後託宣を受けた者が現れたという話も聞かない。 「馬鹿な。お前自身に女神の祝福はかかっていない。だが……何なんだ、この気配。その剣。ひどく不快だ……!!」  ハッとしたように魔王が息を呑んだ。 「まさか貴様、勇者の末裔なのか!? そうだ。昔……貴様によく似た面差しの男がいた!!」  フレンは勇者の末裔……そういうことだったのか。  フレンの持っている剣は、かつての勇者が使った聖剣だったのだ。何代前の勇者のものかは分からないが、未だにその剣には女神の祝福が残っていて、だからこそ魔王を切り裂くことが出来た。 「うぅ……やめろ、俺を攻撃するな!」  胸をサイラスの聖剣で縫い留められたままの魔王が再び涙ぐんで命乞いを始める。 「フレン、フレン……!! その剣で斬られると痛いんだ。やめてくれ!!」  魔王め、何を気安く人の番の名を呼んでいるのだ……!!  拳を握りしめて立ち上がろうとするが体に全然力が入らない。くそ。  奴がフレンの名を知っているのは俺達の会話を聞いていたからだろう。  何というか、狡猾で厭らしい命乞いの仕方だ。自分そっくりの顔ということもあって苛々してくる。  動揺したフレンがサイラスのように剣を振る手を止めてしまうのではないかと心配になる。  ところがだ。  奴の涙ながらの命乞いはフレンに憐憫の情を抱かせることには至らず、それどころか激昂させた。俺が苛々したように、奴の態度がフレンの何かを刺激したらしい。   「エーティア様の顔で、声で、その様な命乞いをするな!!」  そう叫ぶと魔王の体を斬って、正確に言うと俺の魔力の核を体外へと弾き飛ばした。薄青く光る丸い玉が転がり落ちる。  先程まであった魔王の肉体がどろりと溶けて、丸い核の方に魔王の本体が移る。肉が再生されていく。  このままでは駄目だ。また先程の繰り返しになってしまう。 「フレン、それを壊せ!!」 「はい!」  完全に魔王の肉体の再生が終わる前に、フレンの剣が核を貫いた。  核が壊れ、青白い光が粉のようになって舞い落ちていくのを見て唇を噛みしめた。 「うっ……まだだ、まだ死ぬものか……!!」  核を壊したことで魔王の肉体の再生は止まったが、まだ肉体は半分ほど残っている。  魔王が最後の力を振り絞りフレンに攻撃を仕掛けようとするが、その前に自身の聖剣を取り戻したサイラスが魔王の体を斬り払った。  ヒビの入った聖剣がその衝撃で折れる。 「嫌だ……死にたくない……ッ!!」  その瞬間白い光が走って、魔王の体はとうとう霧散した。   
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

104人が本棚に入れています
本棚に追加