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フレン達が今度こそ確実に魔王を倒した。
怪我は負っていない。二人共無事だ。それは見ていたから分かる。
だけど傍できちんと無事を確かめたくて居ても立っても居られなくなって、王座から立ち上がった。
ふらつく頭を押さえながら歩き出す。
「フレン……フレン!」
こちらに気付いたフレンが慌てた様子で駆け出してくる。
あと少しで辿り着きそうだというところで足がもつれて体勢を崩してしまう。地面に倒れるかと思ったが、そうはならなかった。
フレンによってさらうように抱き上げられたからだ。腕の中にすっぽり包まれる。
「エーティア様、何という無茶を」
「すまない。どうしても無事が確かめたくなった」
ぺたぺたとあちこち触って怪我がないか確かめる。
「あなたという方は……。エーティア様がこの中で一番命が危険な状態なのですよ?」
「ん……それもそうか」
先程の魔力がからっぽの状態よりはずっとマシになったけれど、体が動かし辛い。
このまま大人しくフレンに抱えられていることにした。
「あなたの魔力を取り戻すことが出来ず、申し訳ありません」
俺の魔力の核を破壊したことに責任を感じているのか、フレンが辛そうに瞳を伏せた。
首を横に振る。
「いいんだ。あれはもう失われたものだと諦めが付いている。それよりもお前が無事ならいい」
「エーティア様……」
「それに、どんどん成長していくお前を見て思ったんだ。長い命を手放して共に年を重ねて生きて行くのも悪くないと」
もしも魔力を取り戻していたら、俺の寿命は延びていずれはフレンを置いて生きて行かなければならないのだ。そんなことには耐えられそうにない。
フレンは堪え切れなくなったように俺を再び王座に座らせて、その前に跪き手を握って来た。
「エーティア様、愛しています。これは父の願いだからではなく、俺自身の願いです。あなたを俺の伴侶にして、護衛の騎士としてだけではなく夫としても生涯傍でお守りしたい。どうか俺と結婚して共に生きてください」
俺の意思を第一に尊重したいと考えて婚姻について口にすることのなかったフレンだったが、心の内では婚姻という形を取りたかったのだと吐露する。
そもそも結婚したからといって特に生活に変わりはないだろうと思っていたのだ。だが、そういうことではないのだな。
フレンの婚姻に対する思いを知って気付かされる。
俺だけの騎士というだけでなく、俺だけの夫になるわけか。
それは悪くない。
「ああ。お前と結婚して共に生きたい」
答えを返すとフレンが嬉しそうに微笑んだ。
「きゃーきゃー」
「アゼリア殿、しーっ! 邪魔しては駄目だろう」
周りが騒がしい。
ジトッと視線を向けるとアゼリアとサイラスが少し遠巻きにこちらを見ていた。
「そういえばいたな。すっかり忘れていた」
「ひっどーい。二人だけの世界に入っちゃってぇ。頑張っていた私達を忘れないで欲しいわ。でもいいものが見られたからよしとしましょう。ロマンス小説を読んでいるみたいだったわ~。あれ、待って。もう少し静かにしていたらキスする流れだったかしら? ああん、私の馬鹿っ。この口が、この口が勝手に滑ってぇぇ」
アゼリアが顔を赤らめたり青ざめさせたりしながら近づいて来た。
「悪かったな、ははは」
サイラスもへらへら笑っている。
「怪我はないのか?」
「ああ。防御の魔術をかけてもらったからな。お陰で怪我一つないぞ。……まあ、聖剣は砕けてしまったがな」
サイラスの視線を追って砕けた聖剣に目を向ける。
割れた破片が床へと散らばっていていた。
「それでもこの場にある限り次の魔王復活の時を少しでも遅らせる役に立つだろう。相棒はここへ置いていく」
旅立ちの際に女神から与えられた剣はサイラスにとっての相棒とも呼べる存在だったようだ。
「なんせ数百年経っても女神の祝福は続くようだからな。砕けたとしても多少は効果が残っているはずだ」
そう言ってサイラスはフレンの剣にちらっと視線を向けた。
「それにしてもお前が勇者の末裔だったとは。その剣はかつての勇者が使っていたものなのか?」
「はい。アリシュランド建国の王が数代前の勇者だという話は有名だったと思いましたが、お二人はご存じなかったのですね」
知っているのは常識という感じの口ぶりだったので、これまでフレンは自分が勇者の末裔であることをあえて語っていなかったようだ。
「俺は王都からかなり離れた地方出身だからなぁ。王国の歴史は生憎疎くてな。エーティアは知らなかったのか? ずっと王都の近くに住んでいたのだろう?」
「んぐ……。俺が人間の歴史に興味があるように見えるか?」
流石の俺も建国当時は生まれていない。遡って過去を調べるような性格でもないのでな。
「うふふ、もちろん私は知っていたわよ。だってアリシュランドの初代国王様といったらイケメンで有名だもの。絵姿で見た感じは確かにフレンちゃんに似ていたかもしれないわ。勇者ってきっと顔で選ばれてるんじゃないかしら。女神って面食いなのね」
アゼリアが自信満々に答え、その内容に呆れ返ってしまう。女神が聞いたらお前と一緒にするなと憤慨することだろう。
フレンが鞘に入った聖剣を持ち上げてこちらに見せてきた。
「この剣は魔王が五年前に復活した際、祀られている祭壇の中で光を放ちました。その光は決して大きくありませんでしたが何かを訴えているようなものでした。ところが兄二人はそもそも剣を鞘から引き抜くことが出来ず、どういう訳なのか俺だけしか抜くことが出来なかったのです」
「ほう。それは剣に選ばれたのだろうな」
「そうかもしれません。もしかしたらこの剣は魔王討伐の旅を望んでいたのかもしれませんが、しかしその時点ですでに勇者一行は選ばれており、サイラス様も自身の聖剣を手にしていました。そこで当時騎士団でモンスターの討伐に携わっていた俺がこの剣を受け継ぐことになりました」
「そうだったのか……」
魔法を弾く剣など国宝級の品だと思っていたが、それ以上だった訳だ。
「お前達のお陰で助かった」
フレンとアゼリアが来てくれて良かった。
サイラスと二人だけだったら俺達は負けていただろうから。
全てが終わって安心したからか、体が限界を迎えていた。目が開けていられなくなってくる。
それに気付いたフレンによって抱き上げられる。
「後のことは任せてお休みください、エーティア様」
「ああ……」
やはりフレンの腕の中はひどく安心する。頬をフレンの肩口にくっ付けて瞳を閉じた。
またここに戻って来られて良かった。
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