8話 塔の魔術師と騎士の献身・終

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 フレンから魔力をたっぷり受けたことと、休息を取ったことで俺の体調も回復した。  禁術を使ってしまった影響で、体の具合の悪さは少々続いた。良くなったり、悪くなったりと波があったのだ。  この一週間はフレンによる献身的な世話が続いた。  添い寝を希望してフレンをベッドに招き入れ、くっ付いて暖を取ったり、口づけ合う内にそのままいかがわしいことを何度かしてしまったのは番同士として当然の流れと言えよう。  フレンが塔へやって来て間もなくの頃を懐かしく思い出してしまって、必要以上に甘えてしまった感はある。  どんなことをしたかというと「体がだるくて歩けない」と言い張って横抱きしてもらうというものだ。  実際のところは具合が悪いものの、歩けないほどではないという状態である。  エギルは俺と命を共有しているから、当然そんなことはないと知っているので黒い瞳をキョトンとさせていた。俺を見てはくりくりと首を傾げ、フレンを見てはまたくりくり首を傾げた。それでも俺達二人がくっついて仲良くしているので余計なことは言わないエギルだった。  フレンもまた俺の体調をずっと見続けてきたので、そんなことはないと気付いている。しかしあえて気付かない振りをしてこちらが求めた時にはいつでも抱えてくれた。  見上げた顔が嬉しそうに緩んで見えるのは気のせいではないだろう。  フレンも俺にくっ付いていたいのだ。  俺を抱える腕が逞しくて胸がドクドクと脈打ってしまい、やっぱりいかがわしいことに発展してしまったのは言わずもがなである。  特に何が良かったかというとあれだ。風呂場での……。そう、それが思いの外良かったので今度風呂場を改装しようと思っている。  思えば塔に住み始めてからかなりの年数が経過しているので、ここいらで風呂だけでなく他の部屋も改装してもいいだろう。  結婚を一つの機会として、というやつだ。  特にフレンの部屋だ。  寒くないように冬に向けて暖かくしてやらなくては。  俺の威信にかけて、この塔が城にいた時よりも快適で過ごしやすい場所だと思ってもらわなければならない。  それからベッドももっと大きいものに変えなくてはならないし、クッションもいっぱい並べて、今よりももっとふかふかの寝具を揃えたい。  どちらの部屋で寝てもいいように、同じぐらいふかふかのものをだ。  そこでフレンと二人で寝転がっていちゃついたら最高だろうな。  改装がどれほどの金額になるかはさっぱり分からないが、これまで貯めてきた金があるから問題ない。  そんなことを決意した一週間だった。  そうして体調が完全に元に戻った今日、魔王再復活の事後処理のためにアリシュランドの城を訪れた。  城内は若干の慌ただしさはあるが、平常を取り戻しつつある。  会議室に入るとそこにはすでに王を始めとする重鎮たちが集まっていた。ぐるりと眺めまわして、こういう場に参加するはずのサイラスの姿が無いことに気付いた。 「サイラスはまだ来ていないのか?」  騎士団長がその問いに答える。 「サイラス様は急用ができたらしく、後ほど参加されるとのことです」  急用か。また厄介事を持ち込まなければいいなと思いながら席について、すぐ傍にはフレンが控えた。  そして宰相によって読み上げられる報告書に耳を傾ける。  その内容をまとめるとベルフレイユ城は禁術を使ったことによって今もまだ地中深くに沈んでいて、元通りに戻すのは難しいとのことだ。  それから、一時的とはいえ魔王が復活した影響で、地下に沈んでいる城からはモンスターが湧きだしてもいるらしい。  しかし度重なるモンスターによる襲撃に慣れている国民全体の考えは逞しく、やられてもただでは起きないという精神を発揮して、城が無くなってしまったのなら今後は王制を廃止して共和制へと方針を変えるとの話だった。  その上『冒険者』という制度を設けて各地から腕の立つ者を募って、地下から湧き出してくるモンスターを退治していくという計画があるそうだ。  あれからたった一週間で、ここまでの方向性に持って行くとは。  何とも逞しく頼もしい国民性だろうか。  近いうちにベルフレイユ国へと変わるであろうあの王国は、安泰に違いない。  報告を聞き終えたところで、国王が「それではエーティア様。もう一つの本題に移るとしましょう」と重々しく語り出した。  何を言い出すのかと身構えていたら 「サイラス様にお聞きしましたぞ。とうとう我が息子のフレンと結婚して下さるとか!!」  と満面の笑みを浮かべた。  はぁ。頭が痛くなってきた……。  サイラスめ、ぺらぺらと勝手にしゃべるとは何事だ……。 「エーティア様。それで式はいつ頃にいたしましょうか。あぁ、もちろん盛大に挙げるのがお嫌でしたら教会での静かな式をご用意いたします。いえ、それでも嫌だとおっしゃるのであればささやかな宴だけでも」  見世物になるのは御免だと断っていたせいで、妥協案を出して来た。どうあっても式を挙げたいという必死さが伝わってくる。 「分かった、分かった。あまり派手過ぎない式であればやってもいい」 「エーティア様……っ! ありがとうございます!!」  俺が結婚するどころか式まで挙げてもいいと言ったものだから、王の喜びようといったら凄まじいものがあった。あろうことか目に涙を浮かべて泣き出したのだ。 「よろしいのですか、エーティア様」  気遣わし気にフレンが耳打ちしてきた。 「ああ、いいだろう。お前は嫌だったか?」 「いいえ、嬉しいです。本当は皆に俺とエーティア様が夫夫(ふうふ)となることを自慢して回りたい気分でした」  幸せそうに笑う姿はいつもよりも少し子供っぽく見えて、可愛らしい。  こんなにフレンが喜ぶのなら式を挙げることを了承して良かったと思った。  会議室に出席している全員が立ち上がって「おめでとうございます」と口々に言ってどっと拍手が沸き起こる。 「フレンと大魔術師エーティア様の結婚。これ以上なくめでたい出来事ですな。ああ、良かったなフレン」 「ありがとうございます」  かつてフレンが所属していた騎士団の団長が親しみを込めてその背を叩いた。  この男もまた五年前の過去の記憶、アスカデ砦で共にスカイドラゴンを倒したことを思い出している。  俺がフレンを大切にし、そしてフレンが俺を大切にしていたことを知っている者だ。  俺よりもよほど長い間フレンを見てきたのだろうから、胸に込み上げるものがあるらしい。「本当に良かった」と何度も口にした。 「さて、ここからは俺の本題だ。こんな空気の中言うのも気が引けるが、俺はそろそろ引退を考えている。今後は禁術の知識の入った魔術球を受け渡す後継者を本腰を入れて探すつもりだ」  俺の言葉に盛り上がっていた場が、一転して静まり返ったものに変わる。 「そんな……エーティア様、あなたにはこの国の象徴としてまだ活躍していただきたく存じます。どうかそのようなことをおっしゃらないでください」  国王の声が震える。  まるで俺に見捨てられてしまったような有様だ。 「すぐに引退するわけではないぞ。後継が見つかってからだ。自身の魔力を失い、それが復活する見込みも無くなってしまった今、『大魔術師』だとかいう仰々しい通称は返上したいと考えている。どうしても『大魔術師エーティア』の名があると、かつての俺と同等のものを求められる。だが、それはもう俺には無理だ。どれほど弱体化してしまったかは自分が一番よく分かっている。そんな状態なのに大魔術師などと呼ばれるのは我慢ならないんだ」 「しかしこの国は百年以上もエーティア様の存在に守られて来ました。あなたという存在を失ったらアリシュランドは今後一体どうなることか……」 「子供のような情けないことを言うな。いつまでも俺に頼っていてはこの国は発展しないぞ。ベルフレイユを見習え、王よ。あそこは未来を見据えて動いているぞ。王国の未来を担う人材を育成していくのは大事なことだろう?」  子供に言い聞かせるように説くと、ようやく国王は納得した。それでも不安の残る表情をしているので、やれやれとため息を吐く。 「エーティアという名にはどうしても『大魔術師』が付いて回るからな。今後はそうだな、アリシュランドで公式に俺を呼ぶ時には『塔の魔術師』とでも呼んでもらうことにするか」  黒き森に住んでいるアゼリアが『黒き森の魔女』という二つ名で呼ばれているように、塔に住んでいる俺なら『塔の魔術師』といったところだ。  ふ、我ながら実に安直だ。 「エーティア様、それは一体……?」 「俺に出来る範囲であれば、手伝ってやることは出来るということだ。『大魔術師エーティア』としてではなく『塔の魔術師』という一介の魔術師としてな。……この国は俺の故郷でもあるのだから」  自分が生まれ、フレンと共に暮らすこの故郷を守りたいという気持ちがある。  そしてそれはフレンも一緒だろう。  何かが起きたら『塔の魔術師』としてこの国を手助けしたいと思っている。  俺の傍に控えていたフレンに向き直る。 「勝手に決めてしまってすまないな、フレン。大魔術師の名からも禁術からも離れて俺はお前とエギルと塔で静かに暮らしていきたいと思っている。のんびりと本を読んで、お前の作ってくれた料理を食べて、そうやっていつまでも平和に生きていたい。……まだ年若いお前には刺激が無くて物足りないかもしれないが……」  俺よりもずっと年下の、若いフレンを自分のワガママで静かな塔に縛り付けてしまうことを申し訳なく思う。  しかしフレンは静かに首を振る。 「エーティア様は分かっておられない。あなたの望みが俺の望みであることを。あなたの思い描く、俺にとっても理想であり宝物のような暮らしの手伝いをどうかさせてください」  それまで黙って大人しくローブの内側に入っていたエギルがボフッと音を立てて顔を出した。 「ぼくもですっ!! ぼくもエーティアさまとフレンさまとずっと一緒に暮らすです!」  俺達の気持ちは同じだった。 「そうか、ありがとう」  目を閉じて礼を告げたところで、会議室の扉が開かれた。  飛び込んで来たのは、サイラスとアゼリアだった。 「遅れてすまない。ちょっと急用が出来てしまってな」 「はぁい、アゼリアちゃんです。慌てているサイラスちゃんがいたからここまで一緒について来たの。何かあったのかなぁって気になって」  ひらひらと手を振りながらアゼリアは呑気に会議室にいるが、本来ならこいつはアリシュランドに仕えている訳でもないのでこういう場への立ち入りは禁止である。  まあ、ひと時とはいえアリシュランドのために働いていたことがある上に、今回の魔王討伐の功労者でもあるので……いいのか?  アゼリアにはもうアリシュランドに対して害意が無いのは間違いない。 「それより大変だ、エーティア。故郷へ帰った奴ら二人から手紙が来たんだ」 「それは剣士と拳闘士のことか?」  故郷へ帰って以来音信不通だった二人の行方がとうとうここへ来て判明したらしい。  どうやらサイラスの急用というのはそのことだったようだ。 「向こうは向こうでなかなか厄介なことに巻き込まれていたらしくてな、俺とエーティアに対してすぐに来てくれと要請があったというわけだ」 「え~何それ~~。面白そう!! 世界中、五大陸だったらどこでもアゼリアちゃんのワープが使えるわよ。だから私も行きたい行きたい!」 「構わないぞ。アゼリア殿の魔術は頼りになるからな。共に行こう。さあ、そこの二人、エギルもすぐに旅の支度をして行くぞ。新生勇者一行の結成だな!!」  こちらの返事を聞きもせず、行くのが当然と思い込んでいるサイラスに対して呆れ返る。 「はぁ……。何故俺が行くことが前提になっているのだ」 「当然だろう。お前は勇者一行にとって無くてはならない存在だ。おっと、弱体化を言い訳にするなよ。俺だって聖剣を失っている。それぞれ自分にできることをやるぞ!」 「わ~い、わ~い、旅に行くですか? エーティアさまとフレンさまとみんなで。すごくすごく楽しそうです!!」  エギルは興奮して耳もヒゲもせわしなくピクピクさせている。  結局のところエギルは俺とフレンと共にいられればどこでも何でも楽しいらしい。 「塔の魔術師として生きて行く決意をした途端にこれだ。こいつらがいる限り平穏な生活とはほど遠いのかもしれないな」  やれやれとため息を吐く。 「そういうわけだ、フレン。共についてきてくれるか?」 「無論です。あなたの行くところが俺の行くところ。どこまでもお傍に」  迷うそぶりを一切見せず、恭しくフレンが俺の手を握った。  塔の魔術師となった俺と、俺だけの騎士であるフレン。  どうやら俺達が静かに暮らすことが出来るのはまだまだ先になりそうだ。 『塔の魔術師と騎士の献身』 END
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