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9話 塔の魔術師と皇城潜入大作戦
俺達はかつて勇者一行としてパーティーを組んでいた剣士と拳闘士のもとへ向かうべく、アリシュランドを離れて別の大陸へと旅立つことになった。
旅立ちのきっかけは勇者であるサイラスのもとに彼らからの「救援要請」が届いたせいだ。
魔王討伐を終え、世界が平和になってから剣士と拳闘士は故郷へと戻っていた。
ところが、ある時から二人とは一切連絡が取れなくなっていた。
ようやく連絡が来たと思ったら「救援要請」ときたものだ。
一体あの二人に何が起こったというのか。
詳細はまったく書かれていないので、何が起きたのか想像も付かない。まったく、せめて簡単に経緯ぐらい書けばいいものを……。
こんなの面倒臭い予感しかしないので行きたくないのだが、お人好しであるサイラスがさっそうと立ち上がった。
「みんなで行くぞ! さあ、旅立ちの準備だ!」
こうなると俺の意見は通らないのだろう。
ふ、まあいい。
塔で静かに暮らしたいと望む俺だが、フレンやエギルはまだ若く適度なところで外の世界へ連れて行って息抜きをさせてやらなければなるまい。
そのついでに昔の仲間の顔でも見に行ってやるとでもするか。
……二人の名前は相変わらず思い出せないが。
サイラスと俺とフレンとエギル、それからアゼリアが一緒に行くことになった。
剣士と拳闘士二人の故郷は俺達の暮らすアリシュランド王国とは別の大陸にある。遥か東の大陸だ。
俺は行ったことがないのでワープが使えなかったが、旅行が趣味だというアゼリアは行ったことがあるらしい。それどころかこの世界の五大陸全てを制覇したというから驚きだ。
正確な年齢は知らないがアゼリアはこれまでに何百年も生きているらしいので、よほど人生に暇していたと見える。
といってもたとえ俺が長命のままだったとしても、自ら進んで旅をしようとはちっとも思わないので、これは単に性格によるものかもしれない。
「さあ行くわよ~。いざアドラ大陸へ!」
アゼリアのワープで二人との待ち合わせ場所に向かった。
二人の現在いる場所はシュカル皇国と言うらしい。
ワープで飛んだ先は皇国の城下町といった感じの場所で、雪景色が広がっていた。それに今も大粒の雪がどんどんと頭の上に降り注いでくる。
つまり、ひどく寒い。
「寒いっ!!」
アリシュランドも冬になると寒くなるが、雪まで降ることはそれほどない。
つい先日まで魔王を倒すための禁術を使った影響で温かい塔の中でぬくぬくと療養生活を送っていたこともあって、寒さが身に染みる。
俺は寒いのがとても苦手なのでカチカチと歯を鳴らして震えあがった。体を温める魔術を使おうか逡巡していると
「エーティア様、こちらへ」
フレンがすかさず俺の体を引き寄せた。
お、これは。
フレンの意図を察して飛びつく。横抱きにしてもらって一緒にフレンの外套にくるまった。
ぬくぬくと温かい。これは体を温める魔術を使うよりもずっといい。
「寒くはないですか?」
「ああ。すごく温かくていいぞ」
「それは良かったです」
フレンが微笑んで、しばしの間見つめ合う。
「ま、またいちゃいちゃと……よくもまあ飽きもせず」
サイラスが呆れたようにため息を吐くのを横目でちらっと見る。
「番(つがい)に対して飽きるという感覚は残念ながらないな。それに抱えてもらうのは仕方がないだろう。俺は寒いのが大嫌いなんだ。ここしばらく療養生活を送っていたせいで足腰も弱っているから、いきなり雪道など歩いたら転んでしまう」
「その通りです、エーティア様。あなたはまだ回復されたばかりなのですから、俺がお連れします」
「はー、まったくフレンは甘やかしの達人だな」
「ふんっ。何とでも言うがいい。とにかく俺は下りないからな、絶対に。このまま運んでもらうぞ」
唇の端をにんまり持ち上げて、絶対に離れてなるものかとばかりにフレンにしがみ付いた。
と、そこで大人しくローブの内ポケットに入っていたエギルが勢いよく顔を出した。
「ふわーっ、雪ですぅ!」
あまり雪を見たことのないエギルは興奮した様子で、雪の積もる地面へと飛び降りた。
「ひゃっ、つめたい! 足がジンジンするです!」
エギルは足が冷たいと言いながらひどく嬉しそうに、うふふっ、と笑って雪の上を跳ね回るようにして駆け出した。
「エギル、はぐれないように付いておいで」
「はぁい!」
エギルがきちんと後を追って来ているのを確認してからフレンが歩き出した。
「しかし、こんなに雪が深いと住んでいて大変ではないのか?」
道の部分は雪かきがされているが、家々の屋根の上にはこんもりと雪が積もっている。どんよりと厚く重たげな雲の様子からいって雪はまだまだ止みそうにない。
「シュカル皇国がこれほど雪深い地だという話は聞いたことがありませんでしたね……異常気象でしょうか」
「変ねえ。私も何度かここに遊びに来たことはあるけど。こんなに雪が積もっているのは初めて見たわ」
シュカル皇国について多少知識のあるフレンとアゼリアがそろって首を傾げた。どうやらこの雪の様子は彼らから見て異常であるらしい。
その影響からなのか、本来なら活気がありそうな通りにほとんど人はいない。
浮かない様子の街の住民達の姿を眺めつつ、二人との待ち合わせ場所である宿屋へ到着した。
宿に到着して、共有スペースで待っていた剣士と拳闘士はこちらに気付いて手を上げたが、何故だか一瞬固まって
「は?」
「へ?」
と奇妙な声を出した。
二人の視線は揃って俺とフレンに向けられている。
「どういう状況、これ」
「フレン王子が、エーティアさんを抱えている……」
何をそんなに驚いているのかと思っていると、訳知り顔のサイラスがうんうんと頷いた。
「二人の気持ちはすごく分かるぞ。まあ、話せば長くなるんだがな……エーティアとフレンはいずれ結婚式を挙げて夫夫(ふうふ)となる。つまり二人は恋仲同士だ」
「「えええええっ」」
二人の叫び声が重なった。
「だって……エーティアさん、旅の間浄化をすごく嫌がっていたじゃないですか。てっきりそういうことは嫌悪の対象なのかと思っていました。そんなエーティアさんが恋人を作ったというだけでかなり驚きなんですが、しかもそれがよりによってフレン王子だというのが驚きに拍車をかけますね」
「見ろよ、あのものすごく仲睦まじい様子を。エーティアさんがすげー嬉しそうにニコニコしてるんだけど。俺は夢を見ているわけじゃないんだな」
フレンに大人しく抱えられている俺を二人は珍獣でも見るような目で見つめてくる。
この光景はよほど衝撃的だったらしい。まあ、俺もフレンに出会いさえしなければこんなことにはなっていないだろうから、二人の受けた衝撃も分からなくは無いかもしれない。
「というか、お前達はフレンのことを知っているのだな」
てっきりフレンと初対面だとばかり思っていたからこれには驚く。
「いやいやいやいや! アリシュランドに行った際に何度か顔を合わせてるから。フレン王子を知らないとかあり得ないから!」
「そうなのか?」
拳闘士の言葉に首を傾げる。
「そうだよ! っていうか周りのことに興味なくて知らないのはエーティアさんぐらいだから。そんな状態なのにマジでどうして恋仲になったわけ!?」
「顔合わせ……そうだったか? 俺だけフレンのことを知らなかった、というのか?」
フレンを知った今となってはそんな状態になっていた過去が信じられない。答えを求めるためにフレンを見上げると、こくりと頷き返された。
「何度かアリシュランドの王城で顔を合わせていますよ。エーティア様はいつも心ここにあらずという感じだったので、俺を認識していなかったのも無理もありません」
ああ、そういえば……。フレンは俺を知っていたと以前そんなことを言われたな。
アリシュランドでフレンと顔を合わせるといったら、魔王討伐の旅の報告会の時だろう。
ああいう場では大抵サイラスや剣士が報告を行うので、俺は暇だと思いながらぼうっとしていた気がする。興味がまったく無かったというのもある。
「まあ、過去にはそんなこともあったかもしれないな。だが今は違う。俺は人の名前を覚えられる」
あの頃と今の俺は違うのだ。フレンの名前だって、サイラスの名前だって覚えたぞ。
ふふん、と得意げになったところを拳闘士が白けた顔で口を開く。
「……じゃあ、俺とこいつの名前を言ってみてくれよ」
拳闘士と剣士の名前か。
「………」
……えーと。
最初の文字さえ出てこない。
「ほらぁぁぁ! そういうとこ! 五年間も一緒に旅して来たっていうのにこれだもんな。名前を覚えてないってエーティアさんて人に興味がないにも程があるだろ! だから誰かと恋に落ちるなんて信じらんないんだって」
ぎゃあぎゃあと拳闘士がわめきたてた。
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