9話 塔の魔術師と皇城潜入大作戦

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 共有スペースから宿の居室へと場所を移した。  そこで改めて自己紹介をする流れとなった。  といっても奴ら二人と他全員はすでに顔見知りだったのだが。  フレンのことはもちろんアゼリアのことも知っていた。  これは何でかと言うと魔王討伐の旅の間、時々アゼリアが俺に対してちょっかいをかけてきていたので、剣士も拳闘士も知っていたというわけだ。  さて、肝心の奴らの名前はというと……。  剣士の名前は『フェイロン』だ。やや気弱で控えめなところのある青年。  アゼリアに言わせると小動物系イケメン。別に体格が小動物というわけではなく、内面的な話だという。びくびくしていることも多いがやる時はやるタイプ。  拳闘士の名前は『リーレイ』。少々口が悪くて態度も大きい。  アゼリアに言わせると顔の可愛い細マッチョ弟系イケメン。……弟系とは何だ?  ついでに他の奴らの紹介もしておくか。  勇者『サイラス』。魔王討伐の旅のリーダーだった男だ。何かとやかましくお節介な奴だ。  アゼリアに言わせると人類の宝にしたい兄貴系超絶イケメン。……だから兄貴系って何だ?  女神によって勇者として選ばれたと言うが、顔で選んだのだろうとのことだ。  そして俺の番(つがい)の『フレン』。魔力を失った俺を助けるためにやってきた王家の騎士だ。  アゼリアに言わせるとこれまた正統派の超絶イケメン。……そもそも正統派って何なんだ。服に隠されているが脱がせるとすごいタイプだという。  おい、人の番に対して変なことを考えるな。  とにかくこの紹介を聞いていると、アゼリアの好みがサイラスとフレンだというのはよーくわかった。顔が良くてなおかつ筋肉が付いている逞しい系の男が好きなのだろう。  話が逸れた。紹介を続ける。  俺の使い魔の『エギル』。小さな白い兎だ。立派な使い魔になるために日々頑張っている。性格が素直すぎて時々心配になることがある。  そして次は魔女『アゼリア』だ。黒き森の魔女という二つ名を持っている。  ピンクのふりふりとしたドレスを好んで身に纏う少々性格にも外見にもクセのある女だ。普段はラークという青い鳥の使い魔を使役しているが、とても寒さに弱いらしくて今回は留守番している。  最後は俺、『エーティア』だ。かつては「大魔術師エーティア」と呼ばれていたが、魔力を失った今ではその通り名は返上し、今は「塔の魔術師」という一介の魔術師として生きてく決意を固めた。  昔に比べて出来ることが圧倒的に少なくなってしまったが、今は自分に出来ることを模索している最中だ。  エーティアちゃんは小さくて可愛い、というのがアゼリアの評である。ふん、小さいも可愛いも余計だな。そして筋肉に関する言及がまったくないのも気に入らない。  俺の魔力が無くなってしまったこと、フレンから魔力供給を受けていることを知ると二人は「なるほど……そこから恋愛に発展したんですね」と納得した。  自己紹介が終わり、リーレイとフェイロンの名前を覚えたところで、俺達をこの地に呼び寄せた事情を聞くことにした。 「みなさんに助けを求めたのは、この国に降る止まない雪を止めていただきたいと思ったからです」  今、説明をしているのはフェイロンだ。 「俺達のいるシュカル皇国は、信じられないかもしれないんですが……もうずっと前から雪が止んでません。住民に話を聞いたところ一年間はこの状態らしいんです」 「は? 一年間ずっとだと!?」 「はい。魔王討伐を終えて故郷へ戻って来た僕達はこの状況を見て驚きました。そして原因を突き止めようと調査を始めました」 「なるほどなぁ。それで二人と連絡が付かなくなったわけか。何度も手紙を送っていたのだが、届いてなかったのだろう?」 「はい。生憎サイラスからの手紙は受け取ってませんね……。何せ僕達は各地を回っていたので。地下の洞窟にもぐっていた時もありました。そして調査を始めてからしばらくしてこの辺りでリーレイがおかしな魔力の揺らぎに気付いたんです」 「魔力の揺らぎ……?」  フェイロンに代わり今度はリーレイが口を開く。 「ああそうだ。俺は昔から魔力が目に見えるんだよな」 「は? そんな話は聞いたことがないぞ」  魔力など目に見えないものが見えるなんて、それはかなりの特殊能力なのではないか?  当然ながら俺だって魔力は見えない。きっとアゼリアもそうだ。 「まあ、言ったって仕方ねーし。目には見えるものの俺自身魔力を操れるわけじゃないからなぁ。これで信じてもらえるかは分かんないけど、以前はエーティアさんから恐ろしいぐらいの魔力が出ていたのに、今はそれがない。そうは言っても以前と比べてってだけで、その辺の魔術師よりはずっと多いけどね。で、魔力の性質も前とは変わってる。前は色んな色が混ざった鮮やかな色をしていたんだけど、今はやや白系になってる。これはフレン王子の魔力が『白色』だからだ。それをもらって、それをエーティアさんの中で変換させてるって感じ。どう、合ってる?」 「驚いたな……合ってるぞ」  フレンからもらっているのは『白き魔力』だ。もちろんこのことをリーレイは知らない。  そっくりそのままフレンの魔力を使うとしたら俺は『白き魔力』しか使えないことになる。つまり治癒系の魔術しか使えない。  ところが俺は今もまだ攻撃系の魔術も使える。雷、光……たぶん全属性使える。ということはだ、俺は自分の体の中でフレンの『白き魔力』を自分の魔力へと変換させているということだ。  このことをリーレイに話していないにも関わらず、ぴたりと当てた。本人が語る通り魔力が目に見えているのは確かだ。  思い返してみれば旅の間、リーレイのモンスター察知能力はかなりのものだった。あれはモンスターの持つ闇の魔力が見えていたからだったのかもしれない。 「そうか。お前が魔力を見えるというのは分かった。その目で見て気付いたおかしな魔力の揺らぎというのは何なんだ?」 「魔力が揺らいでいるのは皇城だ」  リーレイが窓の外を指さす。視線を向けると遠くの方に皇城と呼ばれる巨大な建物が見えた。  この国では王ではなく『皇帝』と呼ばれるものが国を治めているらしい。そしてその皇帝が住んでいるのが皇城である。  皇城は高い塀で囲まれた街のようになっていて、いくつもの建物があるのだが魔力の揺らぎが見えるのは、奥の宮殿だという。  恐らく皇帝のいる辺りじゃねえかな、とリーレイは語る。  このおかしな天候も皇城の魔力の揺らぎと何か関係あるかもしれないと考えた二人は何とか中へと入ろうとしたのだが、塀の中にある街にすら入れなくて調査が難航しているという。 「こういう時こそ勇者一行としての力を使ったらどうなんだ? 顔パスで皇城に入れないのか」  サイラスが首を傾げた。  アリシュランドでは勇者の一行というだけで特別扱いだ。城でもどこでも入りたい放題である。この国でもそうではないのかとサイラスは考えたようだ。 「それが……この国において皇帝は『神さま』という扱いなんです。勇者よりもずっと上の立場なので、勇者一行という肩書は残念ながら何の役にも立ちません。皇城に入れるのは試験を受けて合格した者のみなんです。その試験も年に一度しかないので、その時を待っているわけにもいきません」 「俺達の扱い、低いのなんのって。魔王を倒したねぎらいも褒賞もなしだぜー」 「国によって勇者様達への扱いにそれほどまでの差があるのですね……。世界のために身を挺して戦った方々だというのに。さぞやお辛かったことでしょう」  フレンが憤りを顕わにする。 「うん、まあ。そう言ってくれてありがとう、フレン王子。故郷ではちゃんとお祝いしてもらったから、大丈夫だよ」  リーレイはいくぶんか機嫌を治したようだ。 「ふむ、それで皇城に入れなくて困っているから俺達の助けが必要だと言うわけか」 「そういうことになります」  そこでアゼリアが「んっふっふ」と笑い出した。 「そういうことならアゼリアちゃんの精神魔術の出番ね。皇城のみんなの記憶を操って、私達がお城に入れるようにすればいいのね」  アゼリアは精神を操る魔術を得意としている。以前アリシュランドの城がまるごとアゼリアに乗っ取られたのもこの精神魔術によるものだった。  確かにそれを使えば全員で皇城に乗り込むことは可能だろう。 「そんな魔術があるのか! それはありがたい。後はみんなで手分けして雪が止まない原因を突き止めようぜ」  こうして話はまとまった。  久しぶりにリーレイやフェイロンに会えてはしゃいでいたエギルは疲れたのか、今はフレンの膝の上ですぴすぴと鼻を鳴らしながら眠っていた。  夕方ということもあり、皇城への潜入は明日以降になった。 ***  そして今、俺とフレンは宿の部屋に付いている大きな浴場にいる。  ここでは「温泉」と言うそうだ。  屋根はかかっているものの、半分外みたいな場所に浴槽が作られている。幸い塀があるお陰で外から浴場が見えることはない。  広い浴槽には湯がたっぷりと張られてあって、しかも蛇口みたいなところから絶え間なく湯が注ぎ足されている。受け止め切れなかった分は浴槽から外へと流れていく。何とも贅沢な湯の使い方だ。  お湯が絶え間なく出てくる注ぎ口へと泳ぐようにして向かい、手を伸ばしてみる。少し熱い湯だった。 「ほう。これが冷めてちょうどいい温度になるのか」  外が寒いせいで、浴槽の中の湯はまさに適温という感じだ。  大人しく湯に浸かっているが、ずっと俺の動向を楽しそうに見ていたフレンの方にすいすい泳いで行く。 浴槽に入りやすいように階段みたいになっていて、そこにフレンが腰かけていたから膝の上に乗った。 「見ろ、フレン。この湯は面白いぞ。何か肌がしっとりというかぬるぬるする!」  ぬるつく湯で肌がしっとりしているので、腕を持ち上げてフレンに見せた。 「宿の方に話を伺いましたが、火山の熱で地下水が温められることによって温泉になるそうです。肌がしっとりするのも湯の中に様々な成分が溶けだしているのだとか」 「ほー、火山か。アリシュランドは平原が多くて山はほどんど無いからな。どうりで温泉とやらも無いはずだ。ほら、触ってみろ」  フレンに持ち上げた腕を触らせる。 「本当ですね。吸い付くような肌はいつものことですが、今日はさらにしっとりしています」 「ふふ、そうだろう、そうだろう。ところで、触るのは腕だけでいいのか?」  わずかに首を傾けて挑むような目を向けてみた。フレンが驚いたように目を見開いた後で、その瞳が細く柔らかくなる。 「このような場所で誘惑をするなんていけない方です」 「部屋に付いている風呂だから人は来ないぞ。……駄目か?」 「いいえ。俺があなたの誘惑を拒めるはずもありません」  フレンが俺の胸に触れたのを皮切りに、その唇に吸い付いた。  禁術を使った影響でここしばらくの間寝込んでいたが、その間フレンとは塔の中で蜜月のような時を過ごした。 ほとんど片時も離れずに、寝所だけでなく風呂場でも交わったあの甘い時間が忘れられなくて、宿だというのにフレンと繋がりたくてたまらない。  自分達専用の風呂だから人は来ないし、後で魔術の力で綺麗にしておけば問題ないだろう。  心置きなく湯を堪能することにした。  フレンと交わった後は湯にのぼせたのか、頭が少しふらついたのでフレンに抱えられて浴場を後にした。  ベッドに横にしてもらって水を飲む。 「申し訳ありません。少し無茶をしてしまいました」 「何でだ。俺が望んだのだからお前が謝る必要はないぞ。まったく問題ない。問題ないどころか楽しかった」  フレンと共に行く旅は何もかもが楽しい。目に映るもの全てが新しく、色鮮やかに映るのだ。こんな気持ちで旅ができることを嬉しく思う。  フレンは安堵した後でやさしく微笑んで、少し湿った俺の髪の毛に触れた。  現在俺達の暮らす塔は改装工事中だ。  かなり古くから建っている塔なので、フレンとの婚姻を期に改装することにした。旅に出ている今が改装に適していたので、空いている時間を使って魔術で業者と連絡を取り合いながら工事を進めている。  愛する番であるフレンを快適な環境で生活させてやりたいのだ。  風呂の改装もしようと思っていたので、ここの広くて綺麗な浴場を参考にさせてもらうことにしよう。  ここの湯を何とか塔で使えないものか業者に交渉してみよう。  温泉の湧き出る場所と塔の風呂を魔術で繋げば導入が可能なのではないだろうか。  いつでも温泉が使えるというのは大変魅力的だ。  それからこの宿のふかふかの寝具も気に入った。枕やクッション全ての手触りが滑らかで軽くて温かい。塔で使う冬用の寝具にぴったりだ。ぜひともこれらの寝具を購入して帰りたい。  綺麗になった塔でフレンとエギルと暮らすということを考えると、自然と唇の端が持ち上がってくるのを感じた。
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