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結局皇城へ潜入することになったのは二日後のことだった。
「有能なアゼリアちゃんは皇城に入る前に下調べをしてきました! それによると皇帝の寝所のある宮殿は『奥の宮』といって、皇帝と女の人、そして一部の武官しか入れないそうよ」
アゼリアは城全体にかけるような精神魔術を使う際には、事前に入念な下調べをしているそうだ。すぐに城に入らなかったのはこの下調べの時間があったからだ。
女の人しか入れない、と聞いて一抹の不安が頭の中を掠めた次の瞬間
「なので、サイラスちゃんとフレンちゃんを除くみんなには女装して皇城に潜入してもらいまーす!」
「「「はああああ!?」」」
女装と聞いてリーレイ、フェイロン、俺の疑問の声が重なった。
「じょ、女装なんて嫌ですっ!」
涙目になって体をふるふると震わせるフェイロン。まったくもって同感だ。
「お前の精神魔術を使えば性別の認識を男から女へ変えることだって出来るだろう!?」
わざわざ女の姿にならなくても潜入は可能なはずだ。それに対してアゼリアは頬に手を当ててわざとらしいほど残念そうな顔をする。
「それがねえ、エーティアちゃん。このお城に張られている対魔術師用の結界はちょっと特殊なの。この国独自のものなのだと思うわ。きちんと解析しようと思ったら時間がかかりすぎてしまうの」
城――特に国王のいるような場所には魔術師がやすやすと侵入出来ないように防衛の魔術結界が張られている。アリシュランドの城にもかつての俺が張った強力な結界がある。
あまり強固に張りすぎてしまうと国王ですら弾かれて入れなくなってしまうのでほどよく緩めてはある。そしてアゼリアはその緩んだところから侵入していくのだ。
もちろんこんなことが出来るのはアゼリア級の腕がなければ無理だ。
魔術というのは世界共通ではなく、その国によって独自の進化を遂げている。実際、魔術師の名称も世界によっては様々だ。
アリシュランドでは男も女も『魔術師』と呼ばれているが、別の国では『魔道士』や『魔法使い』と呼ばれる場合もある。
アゼリアの『魔女』の名称も少々特殊だ。
奴の場合は悪魔との契約によって魔力を得た後天性のものなので『魔女』である。魔術師ではない。俺の魔力とはそもそもの性質が違っている。
奴が長命なのもその辺が関わっているらしいが、詳しくは知らない。悪魔との契約なので、色々と制約があるらしい。
そういう訳で、この国でも魔術に関する認識が他の国とは少々違うのかもしれない。
「お城のみんなの精神魔術のかかり具合もちょっと弱くなっちゃうかもしれないの。だから男の子を女の子として認識させるような強い精神魔術は出来ないかもしれないわ。だーかーら、女装が必要なのよ」
アゼリアはこれ以上ないほど楽しそうに、にまにまと笑みを浮かべている。
「お前、やろうと思えば出来るのに楽しそうだからやらないんじゃないだろうな!?」
「そ、そんなことないわよ。みんなの女装姿が見たいなんて全然……思ってないわ。うん、全然」
その否定の仕方が気になるのだが……。じとっと睨んでいるとアゼリアは頬を膨らませた。
「そう言うならエーティアちゃんが精神魔術をかければいいじゃない。城全体にかけるってすごく大変なんだから!」
「俺には無理だ。精神魔術は得意じゃない。……はぁ、仕方がないか」
ここであまりごねているとアゼリアがへそを曲げて「やらないもん」と言い出しかねない。
しかし女装とは、嫌すぎる。
「そもそもどうして俺達だけでサイラスとフレン王子は女装しないんだ!? 納得いかねー!」
リーレイが唇を尖らせて抗議した。それに対して口を開いたのは神妙な面持ちをしたサイラスだ。
「いや、それは分かりすぎるほど分かる理由だろう。俺とフレンが女装したらゴツイ女の出来上がりだ。お前、そんなの見たいか? 見たくないだろう。ただただ気持ち悪いだけだ! な、フレン」
「はい。あっという間にバレて捕まります。それは良くありません」
うんうん、とフレンが頷いている。二人共女装をしたくないという思いもあって必死だ。
「そうよぉ。サイラスちゃん達はあまり向いてないの。それに比べてリーレイちゃんもフェイロンちゃんも筋肉は付いているけど線が細いのよね。人種が違うと案外筋肉の付き方が違うの。だから二人共女装向きの体格をしているのよ」
「女装向きの体格って何か嫌です……! ううぅ」
「安心してちょうだい。お化粧も着付けも私が完璧にやってあげるわ。みんなをかわいくって素敵な女の子にしてあげる!」
「何をどう安心したらいいんだよ!」
「男の尊厳がぁ!」とフェイロンとリーレイの嘆きの声が上がる。
こうなると何を言っても無駄だとこれまでの経験で分かっているので、俺は大人しく椅子に座り、膝の上のエギルの背を撫でていた。相変わらずのふわふわの毛並みだ。
「みんな楽しそうです! ぼくも変装したいです」
賑やかにわいわいやっているのが羨ましいらしくエギルも混ざりたそうにしている。
「何だ、エギルも女装したいのか」
「ぼくも女の子になるですか、うふふ恥ずかしいです。どんな姿になったらいいですか?」
恥ずかしいと言いながらもエギルはものすごく乗り気だ。目がキラキラしている。
二人はエギルを見習うべきだな。
「ふむ、リボンでも首に巻いてもらうか?」
「わあい!」
そんなやり取りがあって、アゼリアによって化粧が施され、つけ毛もされて、女官服とやらを着せられた。形状はよく身に纏っているローブに少し似ているが、着方はもっと複雑だ。自分でやれと言われてもきっと無理だろうなと思った。
他人に触れられるのが苦手な俺でもアゼリアに着付けられるのは嫌だと思わなかった。
アゼリアは俺のことを恋愛対象に見ていないし、俺もまた同様だ。感覚的には不思議な生き物に触られているなぐらいのものだ。だからこそ嫌悪を抱かないのかもしれない。
エギルは俺の服と揃いの紫色のリボンを首に巻いてもらった。
「かわいいですぅ! エーティア様と色がおそろいですっ!」
鏡の前でくるくると回り、じっと自分の姿を見つめてエギルはにこにこと笑った。
アゼリア含めて全員の着付けが終わったところで、別室へと移っていたため、腕にエギルを抱えてフレン達の元へ戻った。
二人はすでに武官の服装に着替えており、俺が近づくとこちらを振り返った。そして揃って目をカッと見開く。
しばし言葉も無くぽかんとしていたが、いち早く我に返ったフレンが「エーティア様……何て綺麗なのでしょう」と感嘆の声を上げ、「ほおー……これは、なかなか」とサイラスも口を開いた。
「白くて小さなエギルを抱いている姿は神々しくもあり美しすぎて目が離せません。しかしこれでは少々目立ちすぎるのではないですか。エーティア様の美しさに目を止めた者が不埒な考えを持って近づいて来る可能性が高いです」
フレンの顔は少々複雑そうだ。
「エーティアちゃんはただでさえ目立つからあまり目立たないようにしようと思ったんだけど、どうしても女の子の姿にするとミステリアスな傾国の美女って感じになっちゃうのよね。元の素材が良すぎると隠しきれないのよねぇ」
「ますます年齢不詳だな。俺達はまだしも耐性のない者が見たら危ないかもな」
サイラスの言葉にフレンはますます難しい顔をして考え込んでしまった。
そこでのそのそと嫌そうに歩いていた後の二人が合流した。
どちらも女官服を身に纏って眉を不本意そうにしかめている。
「フェイロンちゃんは、薄幸の美女風にしてみたの。幸薄そうな感じがすごくいいと思わない?」
「さ、幸薄そう……」
ガクッとフェイロンが頭を項垂れさせる。
「リーレイちゃんは気が強い系女子ね。てきぱき働くしっかり者のイメージよ」
はああ、とリーレイが深いため息を吐いた。
「はっはっは、二人共いいぞ。流石はアゼリア殿だ、全然違和感がない。女子としてイケる、イケる! かわいいぞ」
「サイラス、てめー面白がりやがって!」
リーレイがサイラスの頭を腕で挟んで締め上げる。
「うお!? 何か胸がぽよぽよしているぞ! 本物のようだ! 一体何が入っているんだ。気になる!」
「詰め物だよっ。喜んでんじゃねえ!!」
ぐええっ、と苦しそうに唸るサイラスの叫び声を聞きながら俺は自分の胸元に目を落とし、首を傾げた。
「何で俺には胸の詰め物がないんだ?」
フェイロンとリーレイには詰められているものが俺にはない。何故なんだ。
「エーティアちゃんはね、女の子になったらつるぺたタイプなのよ」
「何だそれは」
アゼリアは時々不可解な言葉を使う。つる…ぺた?
「ちっちゃくて可愛いエーティアちゃんには胸が無い方が映えるということ。これは私のこだわりなのよ。バランスって大事。エーティアちゃんも男の子だから胸に憧れるかもしれないけど、これだけは譲れないわ!」
「別に、憧れてなどいない」
そこでようやく考え事の終わったらしいフレンが顔を上げてアゼリアに顔を向けた。
「アゼリア様。皇城への潜入にあたりお願いがあります。俺とエーティア様を夫婦という設定にしてください。女人と一部の武官にしか入れないという『奥の宮』というのが、どうにも気になります。嫌な予感しかしません。シュカル皇国とアリシュランド王国には国交がないのでこの国の風習はよく知りません。しかし世界には一夫多妻制という国が多いのも事実。王族となればなおさらのこと。女人と皇帝しか入れない『奥の宮』とはつまり……」
「ふむふむ、奥の宮っていうのは皇帝の奥さんがいっぱいいるってことかしら。確かにそんなところに今のエーティアちゃんを放り込んだら大変なことになっちゃうわね。間違いなく皇帝に目を付けられちゃうかも」
「はい、確実に。エーティア様もそれでよろしいでしょうか?」
「俺は構わないぞ」
余計なトラブルは抱えたくないからな。それにフレンと夫婦という設定に関してもまったく問題ない。
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