9話 塔の魔術師と皇城潜入大作戦

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 それぞれの役割を終えて、居住区の空き家にてアゼリア達別行動チームと落ち合うことになった。  俺達のすぐ後に戻って来たのはリーレイとフェイロンだった。そしてそのフェイロンは目に見えてげっそりとしていた。  薄幸の美女風という設定でアゼリアがメイクしていただけあって、余計に悲壮感が増している。 「何だ、一体どうした?」 「うっ、聞いてくださいエーティアさん。奥の宮、女性が怖すぎます……! 気の強い方ばっかりでぇぇ……」  聞けば女官として奥の宮へ行ったフェイロンは、そこで暮らす女達に捕まってあれこれ命令されてそれを全てこなしていたという。  リーレイは要領がいいので上手い事受け流していたらしいが、気の弱いフェイロンにはそんなことが出来るはずもなく律儀に命令に従っていたのだとか。 「奥の宮っていうのは、案の定皇帝陛下の奥方様がいっぱいいるところでした。あそこ、ドロドロし過ぎていますよ。魔窟です。最近皇帝陛下の寵愛がないって奥方様達がピリピリしてて、その鬱憤のはけ口が下の者達に来てぇ……怖いぃ」  つまりフェイロンは皇帝の夜の訪れがないことにイライラした女共にいじめられていたのだ。  「グズ」だの「のろま」だの散々悪態をつかれてすっかりと委縮してしまったようだ。  皇帝とやらも伴侶を一人に定めればいいものを。幾人も側妃を持つからそういうことになる。  ……まあ、国を背負う者としてはそういうわけにもいかないのか。難儀なものだ。 「フェイロンのお陰で俺達は動きやすかったぜ。調査がはかどった。えらいえらい、頑張ったな!」 「うぅ……!」  涼し気な顔のリーレイをフェイロンが恨めし気に睨みつけていた。 「ところでアゼリアとサイラスはまだ戻って来ないのか?」 「ああ。あの二人は厳重に結界の張られた扉を調べてから戻って来るそうだ。十中八九、その中に雪が止まない原因があると見て間違いないだろうなぁ。あそこからすごい魔力が見えたもん」 「ほう……」  居住区に張られた結界を見たところ、魔術師の腕はそこそこといったレベルだ。良くも悪くもない。  まあ、俺からみてそこそこという訳だから世間一般から見たら「充分良いレベル」だろうか。だが当然ながら俺やアゼリアには及ばない。あいつならばその結界を破って中に入ることは可能だろう。  ちょうどそこへアゼリアとサイラスが戻って来た。 「エーティアちゃん、大変、大変、すぐに奥の宮に来てぇっ」  二人は血相を変えており、俺をすぐに奥の宮へと連れて行こうとする。 「は? 何なんだ一体」 「ああ、もうここで説明するより直接見た方が分かりやすいの。とにかく今すぐ、急いで行くわよ。その後は速やかにここを脱出するから全員で向かった方がいいわ」  今すぐ急いでとせかされながら、訳も分からぬまま奥の宮にある結界の張られていたという部屋へ向かった。  部屋の中へはアゼリアと俺の二人だけが入ることになって、他の者達は見張りに付くことになった。  アゼリア曰く「全員で押しかけると中にいる子が怯えてしまうから」だそうだ。  人がいるのか……。どんな人物がいるのやら。  結界はすでにアゼリアによって破られているので難なく扉は開いた。  天蓋付きの広いベッドの上にアゼリアの言う人物はいた。  入って来た俺の姿に気付くとビクッと体を揺らした。  その姿を見て驚く。  ベッドの上にいる娘の背中からは白い翼が生えていたのだから。ほのかな青い光を湛えて。 「その姿、白き翼の一族…なのか……?」  俺が驚いたように、娘もまた俺を見て驚いた表情を浮かべていた。 「やっぱりこの子、白き翼の一族っぽいわよね。何度話しかけても泣いてばかりで答えてくれないから困っていたの。エーティアちゃんを見てようやく顔を上げてくれたわ」  ずっと泣いていたらしい娘は目元を赤く染めている。  背まで伸びた銀色の髪の毛といい身に纏う衣装といいどこもかしこも真っ白く、弱々しく儚げな印象をこちらに与えてきた。  人と変わりない姿に背には白い翼。俺の記憶では今まで一度も白き翼の一族に会ったことがないから確信は持てないが……恐らくそうなのだろう。  それに何より薄く青く光る翼は、俺が魔術を使った時に光る髪の色と同じだ。  娘はこちらを見て一瞬だけ顔を上げたが、またしくしくと泣きだした。  話し合いができる雰囲気ではまったくない。  困った。メソメソ泣く女ほど厄介なものはない。  「鬱陶しいから泣くな」という言葉以外思いつかない。流石にそれは自分でもどうかと思うので途方に暮れていると、胸元からエギルが飛び出してベッドの上に乗り上げた。 「そんなにたくさんえんえん泣いたら、目が痛くなっちゃうです。お姉さん、泣かないでくださいです!」  白くてフワフワの毛並みの小さな兔が一生懸命慰めてくる、大抵の女子供なら泣き止む状況だ。案の定娘はエギルを見て涙を止めた。  俺が泣き止めと言ったところで逆効果だったろうから、エギルはいい仕事をした。 「かわいい……」  言葉は話せるようだ。 「ぼくエギルって言うです。エーティア様の使い魔です! お姉さんのお名前は何て言うですか?」 「私、イライナ……」  イライナと名乗った娘はエギルを膝の上に乗せてその背を撫でた。そうしていると少しずつ落ち着いて来たらしい。俺に向かって顔を向けた。 「私は白き翼の一族、だよ。あなたは同胞……? でも、少し気配が違う気がする……」  イライナはたどたどしい口調で話し出した。 「俺はエーティアだ。先祖の誰かが白き翼の一族だったらしいが、詳しくは知らない。姿形は完全に人のそれに見えるだろうが……俺が一族の血を継いでいるとお前には分かるのか?」  問い掛けると、娘はこくりと頷いた。 「同胞のこと、分かる。私、純血で一族の血が濃い、から」  同胞かそうでないかをイライナは感じられるようだ。一族の血が濃いということは、魔力も相当高いのだろうなと思う。それでもこんな場所に囚われてしまうのは、攻撃の力を持たないからなのだろう。  娘の足には枷が嵌められていてそれがベッドの支柱に繋がれている。鎖は長いので部屋の中は自由に動けるようだが、こうして物理的に囚われてしまえば外に逃げ出すことなど不可能だ。  部屋は綺麗に整えられていて、娘の身なりを見る限り暴力などを受けた形跡もない。枷を嵌められている以外は大切に扱われているようだ。  それでもこの様な畜生の扱いをした人物に対して嫌悪の念が湧いてくる。 「この枷を嵌めたのは、この国の皇帝か?」 「うん」 「奴はお前をここに捕らえて何をしようとしている?」 「私、旅してた時に見つかって捕まった。あの人、天女って私のこと言って、ここに閉じ込める」 「天女って何だ?」 「うーん。女神みたいな感じなんじゃない?」  俺の疑問にアゼリアが答えた。 「私のこと、側妃にしたいって言ってた。でも、困る。ずっと前にもういなくなったけど……私の心、番いる」  そう言って再び涙ぐむ。  ずっと前にいなくなった番――それが意味すること。  白き翼の一族は長寿だ。俺とそう変わりないような年に見えるが、純血種であるから実際は何百年も生きているのかもしれない。  その間に番と死に別れてしまったとしても何らおかしなことではない。いくら死んだ者を生き返らせる力があっても寿命を変えることは出来ないのだから。  番を失った後の長い時を生きる、それはどれほどの苦しみなのか。  過去の世界でスカイドラゴンにフレンを殺され、失ってしまったことを思い出すと未だに全身に冷たい汗がにじむ。  あの痛みや苦しみが終わらぬまま続くとしたら……果たして俺には耐えられているだろうか。きっと……無理だ。  番以外を愛することがない白き翼の一族を側妃にするのは無理だろう。無理矢理番ったところで弱ってすぐに死ぬ。  皇帝にはそれが分かっているのかもしれない。枷で囚われているものの、それ以上のことをされた感じはない。  アゼリアが頬を膨らませた。 「女の子の意思を無視してこんなところに閉じ込めるなんて! ひっどーい。絶対に許されないことよ!」 「ああ。仕置きが必要だな。一体どうしてくれよう」  皇帝への仕置きを考えてフン、と鼻で笑う。 「わあ、エーティアちゃん悪い顔してるわねぇ。でも賛成よ。私も悪い子にはお仕置きしてあげたい気分。んふふ、男の子へのお仕置きにはアレを潰すのがかなり効果的だと思うんだけどね~」  うふうふと楽しそうに笑う自分の方がよほど悪い顔をしているのにアゼリアは気付いていないのか。  アレが何を指しているのかは考えたくもない。全身に悪寒が走ってぶるっと身をすくませた。 「それで、この国に降る大雪もお前が引き起こしているのか?」 「分からない。でも、そうかもしれない。私が泣いていると、必ず雪が降る」 「ほう……」 「雪降るとみんな困る。だからずっと旅してた」  泣くと空から大雪が降ってくる。だが悲しくて涙を止めることができない。  イライナはせめて大雪によって人々が困らないよう、一つの場所に長くとどまらず旅をして回っていたらしいが、この国の皇帝に捕まって一年前からここにいる。大雪はその間一度も止んでいない。  天候すらも変える力を持つとは。この様子だと本人の意思とは関係ないのだろうが、毎日止むことなく雪を降らせ続けることを考えると、相当この娘の力は強い。 「それは賢明な判断だったな。これ以上ここに留まり続けると国は疲弊していくだろう。皇帝はそれを知っていながらお前を閉じ込めていたのだから奴が困ろうが知ったことではないが、何も知らない民は別だ。ひとまずお前をここから連れ出す、それでいいか?」  大雪への対処方法はまだ思いつかないが、それはここから脱出してから考えればいいだろう。  しかしこちらの提案に対してイライナの顔は曇ったままだった。その上静かに首を振った。 「もう疲れた。どこにも行きたくない」 「は……何だと」 「これ以上生きる、意味ない。同胞の血を引くあなた、お願い、私を殺して。同胞に会ったらそうしてもらおうと思ってた」  その瞳にはもう涙は浮かんでいなかったが光は無く、様々なことに疲れて諦めきった色に染まっている。イライナはこの世に絶望しているのだ。  娘の膝の上でエギルが跳ねる。 「ぴゃっ、ヤダです! ダメです! 死んだらいけないんです。生きてください!」  エギルの必死の説得にもイライナは力なく首を振るばかりだ。  果たしてここから連れ出したとてこの娘は幸せになれるのだろうか?  番を失って、それでも生きて行くことは地獄のような苦しみを長引かせるだけなのではないか。 「エ、エーティアちゃん、何で黙ってるの? まさかこの子の言うこと聞く気じゃないわよね。エーティアちゃんはそんなことしたら絶対ダメだからねっ!」 「……分かっている」  もちろんイライナの言うことを聞いて素直に殺してやるつもりなど毛頭ない。  だが、こんな状態のこいつをどう連れて行っていいものか悩ましいところではある。  考えあぐねていた時、扉がノックされた。 「エーティア様、そちらの首尾はいかがですか」 「フレンか、入っていいぞ」  なかなか部屋から出てこない俺達を心配してフレンが様子を見に来たようだ。 「あ……あ……」  部屋に入って来たフレンを見るなり、イライナが体をぶるぶると震わせた。怯えているのかと思ったら、そうではない。  瞬き一つすることなく、食い入るようにフレンの顔を見つめている。  何だ……どういうことだ?  そしてベッドから素早く降りたイライナは、あろうことか俺が見ている目の前でフレンに抱き着いたのだ。 あまりの衝撃で体がカチンと固まる。 「オーレイヴ!」  フレンのことをそう呼んで、わあわあと声を上げて泣き始めた。
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