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10話 塔の魔術師といにしえの種族
アリシュランドの空から雪が舞い落ちる。最近寒くなってきたとはいえ雪が降るには少し早い季節だ。
大人達は困惑の瞳で空を見上げているが、街の子供達は今年初めての雪にきゃあきゃあとはしゃいだ声を上げている。
「季節外れの雪」が「災害級の雪」に変わり、無邪気に遊ぶ子供達の顔が曇らぬよう早めの解決を図らなければならない。
「エーティア様!」
「エーティア様!!」
アリシュランドの城に着いた途端に騎士団長に見つかって、その後も待っていましたとばかりに国王や重鎮達に迎え入れられた。そしてこの「エーティア様」連呼だ。
非常に騒々しい。
どうやら先日彼らの目の前でフレンとよくない雰囲気になって別れて行ったので、随分と心配されていたらしい。熱量が高くて少々鬱陶しいが、仕方がないのかもしれない。
国王などはしきりに「フレンが何か粗相をしでかしたのでは!?」と心配していた。
「まさかフレンがエーティア様に女装を強要して、そしてエーティア様はそれに対してお怒りになったのでは……確かにエーティア様のあの時のお姿は大変美しく目が離せませんでしたが、強要は良くない。フレンにはきちんと言って聞かせます。ですからどうかお怒りを静めてください」
とも言い出す始末。見当違いもはなはだしい。
「別にフレンに問題はない。よくやってくれている」国王の言葉を聞いて複雑な表情をしているフレンの名誉のためにそう答えると、目に見えて国王はほっとした表情を浮かべた。
アリシュランドの城に来たのはアゼリアを除いたシュカル皇国へ行ったメンバーだ。
アゼリアは先日別れてから姿を見せていない。
塔の改装が終わるまで俺とフレンはアリシュランド城に身を寄せることになった。会えていないからアゼリアにはそのことを伝えていない。まさか俺がどこに行ったか分からず塔の辺りをうろうろしているのか……?
書き置きぐらいは残しておくべきだったか?
いや、あいつも魔術を使う者だ。本気でこちらを探そうと思えば何とでもなるだろう。
気まぐれなところのある魔女だ。今頃はふらふらと遊び歩いているのかもしれない。
「イライナ様に関する情報をお調べしたので報告させていただきます」
王室図書館の管理者だという者が報告を述べる。先日イライナに関する情報を調べておいてくれと伝えていたから、仕事に取り掛かってくれたようだ。
それによると、王家の歴史書の中でイライナの存在は意図的に隠されていたということが分かった。
記録は途中で改ざんされた形跡があり、絵姿はおろか名前までもが完全に消されていたというものである。
「ちょっと疑問なんだが、何故書物を改ざんしてまで彼女の姿を隠す必要があったんだ?」
サイラスが疑問を口にした。
「それは……」
図書管理者はこちらを気遣ってか、言いにくそうに瞳を伏せる。代わりに俺が言葉を続けた。
「白き翼の一族がモンスターとして認定されているからではないか。世界を救った勇者であり初代国王でもある者の伴侶がモンスターだなんて、隠してしまいたい歴史なのだろう」
「モンスターだなどと、そのようなことをおっしゃらないでください!」
「そうですぞ、エーティア様。我々はあなたをそんな風に思ったことは一度もありません!」
顔色を変えてフレンが席から立ち上がり、国王もそれに追従する。
「分かっている。お前達が俺をそのように扱っていないのは。これはあくまでも過去の話、世間一般の白き翼の一族への認識だ」
対魔王のための禁術を受け継ぎ、アリシュランドの守護者として、また勇者の一行として生きていた過去があるからか、俺自身が白き翼の一族として偏見を受けたことは無い。どちらかというと皆からは畏れ敬われていた節があった。
こんな風に「エーティア様」「エーティア様」とキラキラした目で親し気に話しかけられるようになったのは、近年のことだ。「昔は畏れ多すぎておいそれと話しかけられなかった」というのが彼らの弁だ。
「そもそもどうして白き翼の一族はモンスターとして認定されているんだ? モンスターとは人間に害を与える存在をそう定義しているのだろう。他の者達のことは知らないが、イライナ殿が自ら進んで誰かに害を与えるようにはとても見えないし、彼らの血が混ざっているお前もそうだろう。とてもモンスターには当てはまらないように思う」
「その方が人間にとって都合が良かったからではないか」
「人間にとって都合がいいから彼らはモンスター認定されただと?」
「ああ。白き翼の一族が大幅に数を減らしたのは翼の入手を目的とした人間による乱獲が原因だ。その翼には人を蘇らせるほどの治癒力がある。無害な連中を狩ったら体面が悪いだろうが、討伐の対象として狩るのであればこれほど都合のいいことはない」
そして白き翼の一族がモンスター認定されたので、途中からイライナの記録も改ざんされた可能性が高い。
「それが事実なら、何てひどい話なんだ……」
サイラスが苦々しげにつぶやき、王の言葉がそれに続く。
「王家の者としてこれは黙って見過ごすことのできない案件ですな。書物が改ざんされた経緯をしっかりと調査して記述を元に戻さなければなりません。エーティア様のおっしゃるようなモンスター認定の背景が翼の乱獲のためだとしたら、その過ちを正す必要があります。しかし我々はあまりにも彼らについての知識が不足している状態です。それが残念でなりません」
そうなのだ。
俺自身白き翼の一族のことはよく知らない。
彼らは人前に決して姿を現さないので、絶滅したとすら言われていた存在だったからイライナに出会うまでは純血種に出会ったこともなかった。
だから彼らが人間に対して無害だったとは言い切れない部分がある。
全ては書物を読んだ知識と師から教わった話を繋ぎ合わせて推測しただけに過ぎない。
師とは、先代魔術師のことだ。俺はその人から禁術を受け継いだ。
それだけでなく魔術の知識、白き翼の一族のことなども教えられた。
彼は人間だったが、何も知らない俺よりもずっと白き翼の一族について知っていた。
それでもやはり白き翼の一族については分からないことの方が多い。
「やはり白き翼の一族のこともイライナについても本人に直接話を聞くしかない。いくらか気持ちが落ち着いていればいいのだが……。肝心のイライナはどこにいるんだ?」
「それが……」
***
イライナがいたのは、初代国王を祀った聖廟の中だった。
怯えさせてはいけないと俺とエギルだけで入る。これ以上会わせるのは酷だと思ったので、フレンは置いて来た。
庭園の一角、地下へと降りて行く階段の先に聖廟がある。地下にあるため夏は涼しく冬は温かいが、流石に長時間もいると体は冷えて行くだろう。
イライナは聖廟に持ち込んだらしい敷布の上に力なく座り込んでいた。
コツコツ靴音を立てて近づいて行くと、緩慢な様子でこちらを振り向く。その頬には涙の流れた跡があった。
「おい、こんなところにずっといたら風邪を引くぞ」
「……うん」
心ここにあらずといった様子だ。オーレイヴはその死と共にイライナの心をも持って行ってしまったのかもしれない。
生きているのに死んでいる。こんな状態でオーレイヴの死後ずっといたのだろうか。それでも俺を認識すると頭を下げてきた。
「……ごめんね、あなたの番(つがい)のこと。オーレイヴと勘違いしてしまった。もういないって分かってたのに。とても似ていたから。人の番に抱き着くの、いけないこと。あなたを悲しませて、本当にごめんね……。それにフレンは、私の子孫。困らせてしまった」
俺にはイライナを責めることが出来なかった。その気持ちが痛いほどに分かってしまうからだ。
「オーレイヴを失ってから生きていけたのは、約束あったから。最期の別れの時、いつかまた迎えに行くって、そう言ってた……だから待ってたの。でも、来なかった」
イライナが千年以上悲しみに耐えながら生きていたのは、オーレイヴと交わした約束を守るためだったのだ。
「悲しそうな顔しないで。フレンは違う。あの子は私のオーレイヴじゃない」
「本当に……?」
「うん。生まれ変わりでもない。エーティアとフレン、二人の絆、魂まで結びついているから離れることは無い」
深くて長い息が零れた。イライナには申し訳ないが、フレンが俺だけのものだと分かってひどく安心した。
「あの人はもうとっくにいなくて、それは仕方のないこと。死んだ命は戻って来ない、分かっていたのにね……」
イライナには迎えに来ないオーレイヴを責めるような口調もなかった。あるがままを静かに受け入れている。
「オーレイヴに挨拶終わった。私、ここにはいられない。だから、離れることにする」
ゆっくりとした動きでイライナが立ち上がった。
「ここにはいられないか……」
「うん。風景たくさん変わったけど、ここはあの人との思い出が多いから駄目。いられない」
「これからどこへ行くつもりだ?」
まさかまた死を願っているのではないかと不安になった。イライナにはこのまま行かせたらどこかで死んでしまうのではないかという危うさがある。
「白き翼の一族の里、行ってみる」
イライナの言葉に驚きを覚えた。
「そんな場所があるのか」
「人間の入れない、隠された場所。数は少なくなったけど、仲間達いる。そこに行けば、番がいなくなった者でも生きていける方法ある」
「何だと……。番を失っても生きていける方法があるなら、どうしてもっと早くそこに行かなかったんだ?」
オーレイヴとの約束があったとはいえ、それは千年も前のこと。
ここまでの間にその方法を試そうという誘惑は何度だってあったはずだ。
「それは最後の手段だから」
寂しそうにイライナが微笑む。本当はその手段は取りたくなかった、と表情が物語っている。それでももうその方法を取ることしか救われる方法はないのだ。
「どんな方法なんだ」
「秘術だから、教えられない。里長の許可がいる」
「なるほど。なあ、俺も里に同行してもいいか? 彼らの住む場所を、一度でいいから見てみたい」
イライナを一人で行かせるのが心配というのはもちろんのこと、俺自身彼らの住む場所を見ておきたいと思った。
「分かった。だけど行けるのは、白き翼の一族の血が流れているあなただけ。他の人は入れない。フレンも人間の血の方が濃いから駄目。それでもいい?」
静かに話を聞いていたエギルが「ぴゃっ」と驚いたように鳴く。
「ぼくもお留守番ですか?」
「……うん。ごめんね」
「ううぅ、ヤダです。ぼくエーティアさまと離れたくないです」
地団太を踏んで嫌だ嫌だとエギルが訴える。こうなるとは思った。そして説得相手はエギルを含めもう一人いることを考えると、どう説得したものかと悩んだ。
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