10話 塔の魔術師といにしえの種族

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 会議室へ戻って事の成り行きを皆に話して聞かせた。 「あなたを一人で行かせられません」  すると案の定もう一人の説得相手、フレンは俺がイライナに付き添って行くことに難色を示した。そう言うだろうとは思っていたが……。 「また俺を置いて、一人で勝手に行ってしまわれるおつもりですか」 「ぐ……」  ここのところ何度かフレンを置いて行ってしまった自覚があるだけに耳に痛い言葉だ。ぐさぐさと突き刺さる。  王やサイラス達は口を挟まずじっと成り行きを静かに見守っている。 「俺のワガママでお前に辛い思いをさせてすまないと思っている」  素直に謝ると、フレンは苦し気に瞳を伏せた。 「あなたに何かあってもすぐには駆け付けられません。それでも考え直してはいただけないのですか」 「叶うことなら一度でいいから見てみたいんだ、白き翼の一族の住む地を。もしかしたらそこに俺の血縁の者がいるかもしれない」  実のところ俺には家族の記憶というものが無い。自分が生まれた場所も不明だ。  物心ついた時には魔術の師匠のところへ身を寄せていた。  そういう経緯もあって家族が居ないことが自然だったので、これまであまり考えたことも無かった。  だが……、ここ最近少しずつ『家族』について考えることが増えてきた。  それはエギルと母親であるルナとの絆を見たせいかもしれないし、これからフレンを伴侶にして『家族』になるからかもしれない。  別に今更血縁や生まれた場所が見つかったところでどうこうする訳でもないが、ほんの少しだけ自分について知りたくなった。  長寿な白き翼の一族のことだから、もしかしたら俺の先祖にあたる者が生きているかもしれないし、そうでなくとも何かしらの情報が手に入る可能性がある。  どうして俺には家族の記憶がないのか。何故魔術の師匠のもとへ身を寄せることになったのか。  イライナについて里へ行くのはこれらのことを知るいい機会なのだ。  正直にそのことをフレンに告げた。 「……分かりました。ただし約束をしてください。決して無茶はしないと。危険なことがあったらすぐに避難すると」  それは俺の気持ちを汲んでくれたフレンの最大限の譲歩だった。 「ありがとう、フレン」    ***  イライナの案内に従って訪れたのは、アリシュランド王国内にある『迷いの森』と呼ばれる大森林。その入り口に立った。 「この森の中に白き翼の一族の里、ある。あなた達はここから先に入っては駄目。危ないから……」  森には人を惑わせる術がかけられているので、里に入るのはもちろんのことそこに続く森に入るのも止めた方がいいという。  確かにこの森ならば人が敬遠して訪れることがないので、隠れて住むにはぴったりの場所だ。  護衛のために付いて来てくれた皆とここで別れることになった。 「それじゃあ俺達はこの森の近くにある町に滞在しているぞ」 「ああ。そうしてくれ」 「気を付けてね、エーティアさん」 「イライナさんをお願いします」  サイラス、リーレイ、フェイロンに声を掛けられた。  残るフレンとエギルに目を向けると、エギルが地面にうつ伏せになって倒れ込んでいて、それを困ったようにフレンが見下ろしていた。 「エギル、何をしている。お前もサイラス達と共に宿に行っていろ」 「ヤダです、ぼくは帰らないですっ! ここにいるです!」  持ち上げられないよう地面にぺったりと張り付いて抵抗している。先程まではローブの中で騒いでいて、地面へと下ろしたらこの調子である。 「ううぅぅ……エーティアさまが帰って来るまでゼッタイここから離れないです!」  ヤダヤダと大声で叫んで首を振っていた。エギルは今もまだ離れることに納得していない様子だ。 「すまないがエギル、納得して欲しい。次は置いて行かないようにするから」 「ううー! それでも帰らないです!」  エギルの毛がぶわっと逆立つ。  フレンは地面に片膝をついてエギルに寄り添った。 「エギル、それならここで一緒にエーティア様の帰りを待とう」 「ふぇ、フレンさま……ぼくと一緒にいてくれるですか?」 「もちろん。俺も同じ気持ちなんだ。せめてここでエーティア様の帰りを待ちたい。だけどここはとても冷えるから服の中に入っておいで」 「フレンさまぁ……!」  エギルは感極まったように声を震わせ、跳ね上がってフレンに飛びついた。 「ここでひとりぼっちは、本当はちょっとだけ怖かったです。ちょっとだけ……」 「そうか」  抱え上げたエギルをフレンの瞳がやさしく見下ろしている。 「はは、これはすぐに戻って来ないとならないな、エーティア」 「ああ、そうだな」  サイラスの言葉に頷いて見せる。 「ここはとても寒いというのに、仕方のない奴らだ。こちらへ来い、フレン」 「はい」  エギルを抱えたフレンを抱き締める。ふわっと青く光った自身の髪の毛がなびくと温かい風が吹いて彼らの体を包み込んだ。驚いたフレンが目を瞬かせる。 「これは……とても温かいです」 「体を温める魔術だ。風邪を引かないようにな」 「ふわぁ、すごい。あったかいですぅ。これならいっぱい待てるです!」  エギルの白い毛は風を含んでさらにもこもこと温かそうな見た目になった。 「ほどほどにな。すぐに戻って来るが、帰りが遅ければ宿屋に行っていろ」 「行かないです……!」  頑固で自分の意思を曲げない返事に苦笑してしまった。 「……もしも、明日の昼までエーティアが戻らなかったら、迎えに来て」  イライナがためらいがちに口を開いた。 「本当は人間が里に入る、よくないこと。でも私が離れている間、里の雰囲気変わってしまったから。万が一の時にはあなた達が入るのやむを得ない」  フレンの表情が強張る。 「それはエーティア様に危害が加わる可能性があると?」 「ううん、危害加えられない。私も守る。ただ、白き翼の一族の血を引く者、とても貴重。エーティアは純粋な一族とちょっと違うから大丈夫だと思うけど……それでも里に残って欲しい言われるかもしれない。だから、戻ってくるの遅かったら迎えに来るといい」 「なるほど。里に入れない可能性は考えていたが、その逆の可能性は考えていなかった。しかし森は迷いの術がかかっているのだろう? 里に来ようにもフレン達が迷ってしまう」 「ぼく、居場所分かるです! ぼくはエーティアさまの使い魔だから離れていても追いかけられるです! 目をギュッと閉じてエーティアさまのことを考えると、ぼんやり分かるです」  エギルが叫んだ。 「そうだったのか、初耳だ」  使い魔が主人の居場所の感知ができるとは知らなかった。 「里に引き止められたとしてもすぐに戻って来るが、遅かった時はよろしく頼んだぞ、エギル」 「はいです!」  背筋を伸ばしてエギルがいい返事をした。 「お二人共、お気をつけて。必ず無事で戻ってきてください」 「ああ、行ってくる」  皆に見送られながら、イライナと共に迷いの森へと足を踏み入れた。
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