10話 塔の魔術師といにしえの種族

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「う……ん、や、止めろ!!」  額に乗せられていた誰かの手がひどく不快に思えて、咄嗟に弾いた。  目を開けると見知らぬ男がベッド脇に立っていた。  ここは一体どこだ?  身じろぎをすると片足に枷が嵌っていて、じゃらりと重々しい音を立てた。  どうしてこんなものに繋がれているのか、何もかも分からず、状況把握のためにぐるりと室内を見回した。  自分はベッドに寝かされていて、その支柱と足枷を繋ぐ鎖とが繋がっている。  そしてすぐ隣には少女がぐったりした様子で眠っていた。同じように枷が嵌っているから自分と似たような感じでここへ連れて来られたのかもしれない。  お互い逃げられないようになっている。 「自分の名は分かるか?」  こちらを見下ろしている冷ややかな目をした男の問い掛けに、額に汗が滲んだ。  何故かまったく自分の名が思い出せない。 「俺、俺の……名前」  口をぱくぱくと開け閉めする。こちらが焦り、うろたえている様子を見て目の前の男が満足げに頷いた。 「処置は無事に済んだ」 「お前が何かしたのか!」  先程額に手を乗せられていたことを思い出す。自分の名前が思い出せないのは、こいつが俺に何かしたのだと理解した。  これは敵だ!  背中辺りが熱くなったと思ったら、体からその熱が放出される。  大気が震えてバチバチと雷が飛び散り男の体に当たった。 「うっ……!」  男が床に片膝をつく。  何だ、この力は。これは自分がやったことなのか?  怒りを覚えた瞬間、ごく自然に飛び出して来た力。この力があれば足枷も外れるのではないだろうか。  外れろ、と念じながら足枷に手を添えてみるが、枷は少しも外れる気配がなかった。 「無駄だ。それは魔術では外れないようになっている」 「くそっ」 「これは何の騒ぎだ?」  騒ぎを聞きつけてきたのか、老人が部屋の中へと入って来た。  この男もまた敵に違いない。警戒は絶対に緩めない。 「里長、申し訳ありません。この者が雷の魔術を使い私を攻撃してきました。攻撃の魔術を使えるとは想定外でした。これもまた後天的に得た力でしょうか。迂闊に近づけません」 「ふむ。ならば香を焚いてその気にさせてイライナと番わせればいい」 「はっ」  老人と冷たい目の男が部屋から去って行くと、今度はどこからかひどく甘ったるい匂いの煙が流れ込んで来た。  老人の口ぶりからその香がまともなものじゃないのは確かだ。少しでも吸い込まないように袖口で鼻と口を覆い、隣に寝ているイライナという名の少女にも掛布で顔を覆った。  少女は目を覚まさない。  しばらくは何ともなかったが、どうしても布の隙間から煙が入り込んで来るらしい。次第に体が炙られたみたいに熱くなってきた。 「はぁ……、く……」  吐く息も熱い気がする。  体を丸めて耐えていたが、体中を這いまわるような妙なムズムズが抑えられない。 「何だよ、これは……」  熱くて、熱くて着ている服のボタンを引き千切るようにして外す。二、三個ほどのボタンが弾けて飛んだ。  しかしかえって逆効果だったかもしれない。寝返りをうつたびに布が胸元や腹に擦れて余計に妙な気持ちになってくるからだ。 「うぅ……」  イライナという少女は寝ながらうんうんと唸っていて、今の状況でそちらを見るのはまずいような気がしていたので、決して目を向けないようにしていた。  するとうんうん唸っていた声が、途中から「ピ、ピ……」と鳥の鳴き声の様なものに変わっているのに気がついた。 「何だ……」  恐る恐る振り返ると、少女がいたはずの場所にはその姿が無くなっていて、あるのは掛布と、小さな膨らみだけだった。  わずかに膨らんでいる掛布をめくると、白い小さな鳥がいた。足枷は形を変えて鳥の足に嵌っている。  まさかとは思うが、この鳥が隣に寝ていた少女だというのか?  どうして鳥になってしまったのかは分からないが、とにかく少女がこの姿になってくれたことで、助かったような心地がした。  体の奥から湧いて出てくる得体の知れない恐怖がいくらか和らぐ。しかしそれでも疼くような熱は静まらず、歯を食いしばって耐え続けた。 「まさかまだ番っていないとは……」  先程の男と老人が様子を見に部屋を訪れて、体を丸めて耐えている俺達の姿を見て動揺した。 「それにイライナが鳥体に変わっているなんて。記憶がない状態でも抵抗しているということでしょうか。この状態では番わせることが出来ない……」  少女の白い鳥への変異は男達にとっても驚くべきことらしい。 「里長、いかがいたしましょう」 「やむを得ない。鳥体のままでも卵を産めるようにする。まずはエーティアから搾精をするのだ」  搾精をする、その意味はよく分からないがひどく嫌な響きに聞こえた。 「それ以上近づくな!」  体から迸る雷で近づいて来ようとする男を撃った。  そして自分の身の回りに雷の膜が生まれる。それはまるで自分自身の身を守るための鎧のようだった。  こちらに近づけないことが分かって男が怯んだ様子を見せる。 「里長……」 「持久戦だ。いくら力が強くても疲れを知らないわけではない。疲れる時を待とうではないか」 「はっ」  男を決してこちらへ近づかせまいとするが、奴らはとても巧妙だった。  一人を追い払うと、別の奴が時間を空けて部屋へとやって来た。俺が段々と疲れて眠くなってうとうとし始めた頃を狙ってだ。  瞼が一瞬落ちて眠りかけた時、体の近くでパチパチと雷が弾けた。  目を開けるとまさに今こちらへと手が伸ばされているところだった。雷の膜のお陰でそれ以上体に触れられることは無い。だが、ぞわっと肌が粟立つ。 「ひっ、近付くなと言っているだろうが!」  雷撃で襲撃者を弾き飛ばした。  襲撃がある度に雷の力を使うが、その力を使えば使うほど体が重くなってきた。 「いい加減にしつこいぞ! はぁ……はぁ」  それに息も苦しいし目が回る。  力を使い過ぎたせいなのか?  魔術というこの力を使うことは自分にとって良くないものなのだろうか。  でもこの力を使って奴らを追い払わなければ、とても恐ろしい目に遭いそうだから止めるわけにはいかない。  今は昼なのか夜なのか、時間の感覚も分からなくなってぼうっとしていた時、どこか遠くで誰かが騒いでいる声が聞こえた。 「侵入者だ!」  その後すぐ近くで叫び声が上がった。  ドカ、バキ、という鈍い音と共に足音が近づいて来る。 「何だ……? 何かが来る……」  入り口の幕が開いて駆け込んで来たのは、まばゆい髪の色をした男だった。  それが妙に眩しく見えて目を何度か瞬きさせる。 「エーティア様!」  あまりにも必死で、これまでここにやって来た男達と様相が違っていたので反応が遅れた。それに疲れすぎていたせいで雷の膜も消えている。 「……っ!?」  こちらが魔術で攻撃するよりも前に男はあっという間に近づいて来た。俺の足に嵌る足枷に視線を落として眉をぎゅっと怒りの形に歪めた。  そして「枷を断ちます」と言って、足枷を剣でもって断ち切った。  あれほど外れず苦戦していたのが嘘のようにあっさりと。  解放されたのは喜ぶべきことだが、こちらを見下ろしてくる男の顔付きが恐いように見えて、わずかにベッド上で後退りする。  この男は味方なのか、敵なのかどちらなのだろう。
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