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二人は宇田川の事務所までの道をぶらぶら歩いていた。
赤ん坊を神木の家に返し、吉田から金を受け取っている間に、日はすっかり真上に昇っていた。
ショルダーバッグの紐が肩に食い込んで痛い。が、不快ではない。
二千五百万の重み。
桐生は春のまぶしい日差しに目を細めた。懐から取り出したタバコに火をつける。「お前、これからどうするんだ?」
「お金もたくさんもらったし、しばらく南の国でのんびりしようかな。宮古島とか与那国島とか。あ、スキューバダイビングで海底遺跡を見に行くのもいいかも」北条はそう言って、桐生に手を差し出してきた。「僕にも一本ちょうだい」
桐生がタバコを手渡すと、北条はうまそうに吸った。
それから二人は無言で歩きつづけ、タバコが半分くらいになったところで、宇田川の事務所に着いた。
「おじさんは? これからどうするの?」北条が事務所の階段を上がりながら訊いてくる。
「そうだな、弟の墓参りにでも行くかな」
「弟がいたんだ」
「お前くらいの歳の頃に自殺したけどな。死ぬ直前に、あいつは俺に電話をかけてきてたんだ。きっと助けを求めてたんだと思う。だけど俺はパチンコに夢中でその電話に出なかった」桐生は煙を吐き出した。「ずっとあいつのところに行くのを避けてたけど、今なら行けそうな気がする」
「ふうん」北条が事務所の扉を開ける。
宇田川はソファの上でいびきをかいていたが、扉の開く音に反応して、のっそり起き上がった。眠そうに目を細めながら桐生たちを見やる。「なんだ、もう来たのか?」と起き抜けのかすれた声で訊いてくる。
事務所の中は相変わらず薄暗い。タバコの煙が充満している。
宇田川のもとに歩み寄った北条が、「あ」と声をあげて、机に置いてあったタブレットを手に取った。
点けっぱなしの画面にはニュース記事が表示されている。
『吉田基樹議員、児童に性的虐待の過去。決定的証拠を入手』
「すごい、もう記事になってるんだ」北条が言う。
ふたりは吉田から金を受け取ったあと、新聞各社にUSBの情報をリークしたのだ。
「あいつの慌てふためく顔が見られなかったのが残念だ」と桐生。
「見たくないよ、あんなクソ野郎の顔なんて」北条はショルダーバッグに手を突っ込んで、適当に札束をつかむと、机の上に放り投げた。
桐生もそれにならう。
あっという間に、机の上に札束の山が積みあがった。数えていないが借金返済には十分足りるはずだ。
宇田川が呆気にとられた表情で二人を見上げる。「お前らこんな大金、どうやって手に入れたんだ」
桐生と北条は声をそろえて言った。
「慈善事業」
(了)
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