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 「復讐なんかするもんじゃないね」北条が言った。  「復讐?」桐生は聞き返す。  「吉田は僕の父親なんだ」  「待て、それどういうことだ。吉田がお前の父親?」  「認知はされてないけどね。吉田は大学時代にサークル仲間だった僕の母親と付き合っていたんだ。だけど母親の妊娠が発覚した途端、逃げた。あいつ、学生時代から性根が変わっていないんだ」  桐生は赤ん坊に目をやった。  その話が本当だとすると、この赤ん坊は北条にとって腹違いの弟ということになる。  北条は言葉をつづける。  「それで母親の方はと言うと、捨てられたあとも吉田のことが忘れられなかったみたい。あいつがテレビに出るたびに、まだ子供だった僕に向かって『口元にあの人の面影がある』とか『目元が似てきた』とか言うんだ。母親は僕のことを“吉田基樹の息子”としてしか見ていなかった」  「それは歪むな」  「いつか殺してやろうと思ってた。…だけどあいつにも家族がいると思うと、なかなか踏み切れなかった。あんなクズみたいな男でも、死んだら悲しむ人がいると思うと。それで誘拐に切り替えたんだけど、このザマだ」北条はそう言って肩をすくめたあと、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。「なんだか最期の告白みたいだね」  「自分から死亡フラグを立ててどうすんだ」  桐生は壁にもたれかかった。冷たい温度が背中越しに伝わってくる。これから死ぬかもしれない状況なのに軽口を叩いている自分が意外だった。  「おじさんも立てておけば?」  「俺はまだ死なねえよ」  「じゃあ、なにか策でもあるわけ?」  「そういうのは頭脳派のお前が考えろ」  「だと思った」  北条がため息をついて首を垂れる。何かぶつぶつ呟きながら考えごとをしている。  桐生は邪魔をせずに見守ることにした。  それからしばらく経った頃、北条が顔をあげた。彼はズボンの裾をまくり上げると、靴下の中からカッターナイフを取り出して、結束バンドを切った。そしてカッターナイフを桐生の方に滑らせたかと思うと、今度はパーカーの裾をまくり上げた。腹とズボンの間には、少し大きめの電子辞書のような物が挟んであった。  「なんだそれ?」桐生は結束バンドを切りながら訊く。  「パソコン。何かあったときのために隠し持っていてよかった」  北条がすばやくキーボードを叩く。ピアノでも弾いているのかと思うほどの、華麗な指さばきだ。モニターには英数字やら記号やら、わけのわからない文字がずらずらと羅列されている。  桐生は呆気にとられた顔で北条を見た。「何をするつもりだ?」  「ハンマー男が乗っていた車をハッキングしてる」北条が荷台の扉を顎で示した。扉の隙間からはセダンのハイビームの光が差し込んでいる。「あの車に搭載されている自動運転システムを乗っ取る。そうすればあの車は遠隔で、ある程度は僕の思い通りに動かすことができる」  「動かしてどうするんだ?」  「このトラックにぶつける」  桐生はぎょっとして荷台の壁にしがみついた。  「今すぐにじゃないよ。ちゃんとやる前には言うから」北条が桐生を見る。「そのかわりあいつらが向かって来たら、非頭脳派のおじさんがなんとかしてよ」  「肉体派と言えクソガキ」
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