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「赤ん坊は?」桐生が訊く。
「無事。まだ生きてる。この子もかなり頑張ってくれてるみたい」北条が赤ん坊の口元に耳を近づけながら言う。「もっとスピード出ないの?」
「努力はしてる」
桐生が思った通り、二人が連れてこられたのは山の中だった。
空はうっすらと白み始めていたが、周囲は鬱蒼とした木々が生い茂っているためほぼ真っ暗だ。舗装すらされていない狭い道には街灯もなく、セダンの光だけが頼りである。そのためスピードを出せない状況だった。
「おじさん、うしろ!」北条が声をあげた。背後を振り返って真っ青な顔をしている。「あいつ追いかけてきた!」
ルームミラーに目をやると、トラックがものすごいスピードで走ってくるのが見えた。運転席には武藤がいる。
「もっと速く走ってよ」北条が叫ぶ。
「無理だって言ってんだろ!」
車窓の向こうを木々がつぎつぎに流れてゆく。
くねくね曲がる山道を、右に左にハンドルを切りながらセダンは走る。うしろのトラックも怖いが、道を外れて木に激突するのはもっと怖い。
桐生は目を見開いて必死に運転を続けた。
その間にもトラックはぐんぐん距離を詰めてくる。
車体に衝撃が走る。トラックがぶつかってきたのだ。
桐生の体がガクンと揺れる。むち打ちなのか、首のうしろに痛みが走り、痺れる。
「あいつ、俺たちを殺す気か」
「また来るよ!」
北条の声と同時に、またしても衝撃がくる。
今度は口の中に痛みが走る。舌を噛んだようだ。
ハンドルを操作して、左右に振れる車体をなんとか持ち直す。こんなことを何度も続けられたら、じきに事故を起こして終わりだ。
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