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 桐生は痛む鼻をさすりながら路地をふらふら歩いた。鼻の奥には鉄の臭いがこびりついている。吐いた痰には赤い色が混じっていた。  舌打ちをする。  ちくしょう、宇田川の変態野郎め。あの男はわざと一日の猶予を与えて、桐生が慌てふためくのを愉しんでいるのだ。  「ねえ、おじさん」  うしろから声をかけられた。  振り向くと、先ほど事務所にいた青年が立っていた。  「俺のことか?」  「おじさん意外に誰がいるの」  細い路地には、昼寝をしているブチ猫を除いて、二人以外に人影はない。が、そういう意味で言ったわけではない。  「そっちは行き止まりだよ」青年が言う。「どこに行くつもりだったの? もしかして迷っちゃった?」  「うるせえな。俺に何の用だ」  「お金。返すあてはあるの?」  「あったらこんな所にいねえよ」桐生は歯をむいた。心の中では、なんでもいいから早く金をかき集めないと、という焦燥感と、いまさら足掻いたところでどうしようもない、という諦めがぶつかり合っている。「たった一日で大金が得られる方法があるんなら、俺が知りたいね」  「僕、ひとつだけ知ってるよ」青年がほほ笑む。
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