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山本の家は郊外の閑静な住宅街の中にあった。小さな庭がついた二階建ての一軒家で、駐車場には黒のミニバンが停まっており、家の中から子供がきゃっきゃとはしゃぐ声が漏れ聞こえてきた。
私がインターホンを鳴らすと山本はにこやかに出迎えてくれた。
久しぶりに会った彼にはずいぶん老けた印象を受けたが、それはお互い様である。垂れ気味の目尻や人懐っこい笑顔は学生の頃となにひとつ変わっていなかった。
「わざわざ来てもらって悪いな」
山本はそう言いながら私をリビングへと案内した。
四人掛けのテーブルには、色白の三十代後半くらいの華奢な女性が座っていた。彼女は私と目が合うと立ち上がり、「妻の香織です」と頭を下げた。
私は彼女に手短に自己紹介をしてから、周囲を見渡した。開放的なリビングには私と山本夫妻のほかに人影はない。
「ええと……息子さんは?」
「息子に話を聞く前に、妻からいつからおかしくなったかとか、普段の様子とかを、話しておいた方がいいんじゃないかと思ってな」私の向かいに座った山本が言う。
「といっても、あまり参考になるようなお話ができるかどうか……」
「些細なことでも構いません。ぜひお聞かせください」
困ったように眉間に皺を寄せる香織へ強く頷くと、彼女はほっとした様子で語り始めた。
「息子の晃弘の様子が変だと気がついたのは今から二カ月ほど前のことでしょうか。学校からの帰りが遅くなったんです。晃弘は部活に入っていませんし、オタクというか……内向的な性格なので、放課後は外で友達と遊ぶよりも家でゲームをしている方が好きなんです。だから今までは学校が終わるとすぐに家に帰ってきていました。
そんな晃弘がある日突然、まっすぐ帰宅しなくなったんです。最近は夜の八時や九時に帰ってくるのが当たり前で、制服のまま遅い時間にうろついているので、警察に補導されたことも一度や二度ではありません。
気になった私は、どうして最近帰りが遅いの? と晃弘を問いただしてみました。
すると晃弘が言ったんです。家に幽霊がいるから帰りたくない、と。
私はてっきり晃弘が、素行の良くない友達と遊んでいるんじゃないかと思っていたんですけど、まさかそんな答えが返ってくるなんて」
「幽霊、ですか」
「ええ。家に一人でいると幽霊が出るから、私が仕事から帰ってくるまで外で時間を潰しているそうです」
「晃弘君以外にその幽霊を目撃した方はいないのですか」
「私も、下の子の照美も見たことがありません」香織は頭を振ったあと、夫のほうに目を向けた。「あなたもよね?」
「見たことがないな。俺の場合は、仕事でほとんど家にいないせいかもしれないが……」
「晃弘が怖い顔で天井をじっと睨んでいる姿や、わずかに開いた押し入れの隙間を青白い顔で見つめている姿は、私も何度か見たことがあるんですけど。幽霊となると……ねえ?」
香織は困った様子で頬に手を当てた。
「その幽霊に心当たりはありませんか? 例えば最近、身内の方が亡くなったとか、心霊スポットに行ったとか」
私の質問に山本夫妻は揃って首を横に振った。
「受験のストレスで心身のバランスを崩してしまっているのかとも思ったんです」と香織。「でもどうも様子が尋常ではなくて。お兄ちゃんなんだから、しっかりしてほしいんですけど」
「なるほど……。では、そろそろ晃弘君に話を聞きに行っても構いませんか」
私がそう尋ねると、香織は微笑んで立ち上がった。
「ええ、もちろんです。晃弘の部屋はあちらの階段を上がって左側にあります。右側は妹の照美の部屋なので間違えないでくださいね」
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