家族ごっこ

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 ある日、自室で眠っていた晃弘は夜中にふと目を覚ました。  今は何時だろうと、枕元の時計を見ようとしたところで気がついた。金縛りである。誰かに身体を押さえつけられているかのように、指一本動かすことができない。  時計の秒針の音と、自分の息遣いだけが真っ暗な部屋の中に響いている。  晃弘は肌が粟立つような恐怖を覚えた。  金縛りが怖かったからではない。以前から感じていた例の視線が、今夜に限って何倍も強く感じられたからだ。まるで何者かが闇の中で、息を殺してこちらをじっと見つめているかのような粘っこい視線。  晃弘は必死になって金縛りを解こうとしてみたが、身体はぴくりとも動かなかった。  その時、足元の暗がりから奇妙な音が聞こえてきた。  ぎりっ。  ベッドが軋むような、あるいは歯軋りのような音。  晃弘がそちらに視線をやると、足元の暗がりに黒い影のようなものが蹲っているのが見えた。暗闇の中に白い顔が浮かび上がり、薄く開いた口の間から小さな白い歯が覗いていた。  見てはいけない。そう直感した晃弘は咄嗟に目を閉じた。  影は掛け布団越しに晃弘の足首を掴んでいる。  ぎりっ。ぎりっ。ぎりっ。  影は奇妙な音を鳴らしながら、四つん這いでゆっくり晃弘の方へと近づいて来た。  先ほど足元に蹲っていた影はいま、晃弘の腹の上にまで来ていた。こみ上げる恐怖と圧迫感でうまく呼吸ができなかった。  ぱらぱらと何かが顔の上に落ちてきた。髪の毛だ。影が覆いかぶさるように自分の顔を覗き込んでいるのだ。  ドクドクという鼓動が耳の奥でうるさいくらいに鳴り響いていた。  饐えた臭いが鼻をつく。影は息がかかりそうなほどすぐ近くまで来ていた。  ガサガサに乾いた手が晃弘の両頬に触れた。固くざらついた指が瞼の上から眼球を押さえているのが分かる。このまま目を抉られるのではないかという恐怖が晃弘の全身を貫いた。  ぎりぃっ。  ひときわ大きな音が耳元で聞こえた瞬間、晃弘は意識を失った。
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