ラビット ハート

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先輩はゆっくりと自分の事を話してくれた。 「僕は、感情の起伏が平坦なんだ。揺さぶられないというか。物事を客観的に見ているというか」 ぎゅうっと胸に片手を押し付ける先輩。苦しそうに見える。苦しいからそうしているのか、押し付けるから苦しいのか。同調するように、私の呼吸も苦しくなる。 「……親戚が亡くなっても、泣けなかった。友達が転校しても、惜しめなかった。徒競走で一位を取っても、喜べなかった。女の子に告白されても、なんとも感じなかった。同級生に嫌がらせをされても、悔しくもなかった」 感情が無いんだと、先輩は硝子玉のような瞳で言った。 「僕は人間じゃないんだよ。たぶん」 こんなに優しい声で、穏やかな空気を纏いながら、先輩は自分を傷付けている。そう、感じた。 「僕には、心臓がないのかもしれない」 今度は、冷たい声。私の手を掴んだままの先輩の手は、少し震えている。ううん、私が震えているのかな。 「保健室に行ったあと、友ちゃんに鈴の事、少し聞いたんだ。知られたくない事だったろうから、先に謝る。ごめん」 友ちゃんは知っている。私がすごく臆病な性格で、驚いたり怖かったりするとすぐにパニックを起こす事。 隠している訳じゃないし、友ちゃんが先輩に話したっていう事は、友ちゃんは先輩を信頼してるんだと思う。そうでなかったら、こんな風に紹介したり、しないよね。 「友ちゃんにね、言われたんだ」 先輩の指が、私の指に絡まる。私の鼓動は、脈になって先輩の指に反響していく。 "二人で足して二で割ったらちょうどいいんじゃないですか? 二人とも" 「鈴の指、ドキドキしてる」 先輩に伝わっていく。 「はじめ、友ちゃんの話だけ聞いた時は、ただの興味だった。でも僕にしてみたら、すごく珍しい事で、戸惑った」 揺さぶられないはずの、心が小さく震えた。 「倒れた鈴を抱き上げて……ごめん、体力も筋力もそんなに自信ないから背負ったんだけど。そうしたら背中に心音が、鼓動が伝わってきて」 強すぎる心臓の動きに、羨ましささえ感じて。 「壊れそうな心臓と心を抱えて生きる、鈴が愛しくなった」 無い物ねだりかもしれない、と言う。無いはずないのに。 先輩は私の指を絡めたまま、先輩の胸にぐっと押し付けた。それから指をほどいて、私の手のひらをぴったりとくっつける。私の心拍数は上昇する。呼吸が浅くなる。でも、パニックまで陥らない。手のひらから混乱が、不安が先輩の胸の中に吸い取られていくようで。 逆に、こんなにくっつけているのに、手のひらに伝わってくる音も、振動も、なくて。先輩の鼓動が伝わってこなくて。 「鈴、僕の心臓になって」 先輩の瞳は、硝子玉のようにただ、目の前にいる私を写していた。
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