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心臓になる事はもちろん。いきなり恋人になるのは、ハードルが高すぎるので、彼氏(仮)という事になった。
「鈴って、兎みたいだね」
数日後の放課後。中庭のベンチ。先輩と二人きり。今日もマスク装着の先輩は、クリーム色のカーディガンを着ていた。
「う、うさぎ、ですか?」
戸惑いはあるものの、たどたどしいけれど、会話らしい会話ができるようになってきた。でも口を開く度に、口から心臓が飛び出しそうで、こわい。
おかしな事を言ったらどうしよう。変な顔、してないかな。先輩は嫌な気持ちにならないかな。心配が不安になり、混乱が混沌を呼び起こし、頭がぐらぐらしてくる。
不意に揺れた頭を先輩の手がふわりと支えてくれた。そのまま髪を撫でられる。
「兎って臆病で、神経質で、警戒心が強い。野生だとほら、敵に追われる生き物だからね」
確かに、常に周りを気にしてびくびくしてるし、友ちゃん以外の人に話しかけられると、緊張してしまう。兎が敵に追われる立場なら、私の敵はなんだろう。
「ストレスで死んでしまう事もあるらしいよ」
確かに確かに、いつもいつも周りを気にしてびくびく怯えていたら、ストレスが溜まっても仕方ない。おまけに心臓はばくばく、壊れそうになるくらい動いて、私の血圧は急に上がる。過呼吸やめまいもそうだし、私……もしかしてそのうちストレスで死んじゃうんじゃ……!
「……ごめん、鈴。不安にさせたくて言ったんじゃないんだ」
先輩の声が耳に入らない。ぐるぐる視界が回って、思考がマーブル模様を描く。鼓動が耳元で鳴り響いて、頭が痛くなる。
「鈴」
ふわりと頭を抱き寄せられた。先輩の胸に頬を、耳を押し付けるような体制。ゆっくりゆっくりと先輩の手が頭を、髪を撫でている。
「鈴。僕の声、聞こえる?」
荒くなった呼吸が、先輩の声を聞いて静まっていく。こくりと頷くと、先輩はホッとしたように肩から力を抜いた。
「ただ、鈴がかわいいって、言いたかっただけなんだけど」
かわいい。って、私が?
「涙目でびくびくしてるのも、つついただけで跳ねちゃうところも。一生懸命、喋ろうとしてくれてるところも、すぐに体温あがったり、汗をかいてしっとりしたり、上目遣いで見てきたり」
まってまって、もうやめて。そんなのかわいくなんてないよ。恥ずかしいだけだよ。
「ちっちゃくて、暖かくて、柔らかくて……いいにおいする、鈴」
いやいやいやいやいやいや、まってやめて、嗅がないで! 耳元で話さないで、息がかかって、くすぐったくて!
「こうやってしてるだけで、鈴の心臓がすごい事になってる。ね、もっとくっついてみてもいい?」
だめだ、もうなにも考えられない。先輩の手が背中にまわって、抱き寄せてる。頭だけじゃなく胸が、お腹がくっつく。もう、もうダメだ!
「は、離してっ!」
両手で先輩を突き飛ばした。パニックはパニックでも、なんだかいつもと違う。でもその違いを探る余裕がない。
荒くなった呼吸を胸を押さえて、押し付けて止めようとする。混乱のせいで涙が溢れてきて、唇がわななく。
「ごめん、鈴。やりすぎた」
先輩は、片手で胸を押さえつけていた。
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