0人が本棚に入れています
本棚に追加
友ちゃんと話をする事で、なんとかパニックを落ち着かせて、出かける支度を済ませた。
友ちゃんの家まで歩いて行く。真新しい家が二つ並んだ、左側。家の前で友ちゃんが待っていてくれた。
「やっほー、鈴。ここまでなんともなかったね」
うん、と頷くと隣の家のドアが開く音がした。現れたのは、涼宮先輩?
「鈴?」
私を見て一瞬、驚いたようにまばたきした先輩。お休みの日でもマスクをしている。私服、シンプルなトレーナーとジーンズ。今日のマスクはグレー。
え、どうしよう。会いたいと思っていたけど、先輩はそうじゃないかもしれない、どうしよう。突然顔をあわせても、どうしたらいいかわからない。どうして、友ちゃんの隣の家から先輩が出てくるの? 私服の先輩かっこいい。来てよかった、いやダメだった? もうわからない!
「……なんともなく、なくなっちゃったね」
友ちゃんがそう呟いたけど、パニック状態の私に聞こえるはずはなかった。
混乱したまま友ちゃんの家にあげてもらい、友ちゃんの部屋で膝を抱えて丸くなる。ふわふわのブランケットを、友ちゃんがかけてくれた。頭からすっぽりと覆われる。柔軟剤の、爽やかな草原の香りが落ち着く。
部屋の中で物音がして、ブランケットからちら、と顔を出すと、小さな丸テーブルを挟んだ向こう側に先輩が座っていて、こっちを見ていた。
先輩が、見てる。
友ちゃんの部屋に先輩がいる。あれ、友ちゃんはどこに行ったの? 先輩って友ちゃんの部屋にあがるくらい仲がいいの? なんで、なんで……先輩は笑ってるの? え、先輩が笑ってる!
「……っふ、ごめん鈴。謝りたい事、他にあるんだけど」
左手で胸を押さえたまま、右手がマスクをしている口元を隠そうとしている。いつもの硝子玉みたいな瞳は、今日はいつもよりきらきらして見えた。
「兎が、巣穴から顔を出してるみたいで……かわいくて。ぷるぷるして、警戒してるの?」
また、かわいいって言った。顔が熱くなって、胸がドキドキする。ブランケットをまた被り直して、そのまま握りしめる。恥ずかしいよ。どうしたらいいか、わからなくなるくらい。
「鈴、そのままでいいから、聞いてね」
キシ、と丸テーブルが音を立てた。先輩が肘をついたのかな。
「ごめんね、鈴。あの日、放課後、怖がらせて、ごめん」
穏やかな先輩の声。離れてって言ったのは私なのに、離れたら急に寂しくなった。もう会えないかもしれないと思ったら、先輩の声が聞きたくなった。
「鈴が嫌だったなら、もうしない。僕が怖いなら、もう……会わない」
先輩の声が少し、震えてる? 穏やかで優しい声が、少し苦しそうに聞こえる。
私の呼吸も、乱れる。もう会わない? 先輩が、怖い? 先輩の事が……嫌?
そんなはず、ない。先輩と一緒にいると、心拍数があがっていく。だけどそれは、不安じゃない。恐怖じゃない。
先輩の手に触れて、静かな静かな胸に触れて、私の混乱が吸い取られていった。友ちゃんの言うように、足して二では割れないかもしれない。でも、先輩の側にいられたら、パニックにならないんじゃないかって思える。
でもそれって、ただ利用してるだけみたい。私ばかりが、得しちゃいけない。だけど、先輩ともう、会えないなんて……嫌だよ。
最初のコメントを投稿しよう!