ラビット ハート

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ラビット ハート

中村 鈴(なかむら すず)高校一年生です。 突然ですが、彼氏(仮)ができました。 友達の紹介で、ひとつ年上の先輩。 友達の友ちゃんは「少し変わってるけど、いい人だよ。カッコイイよりかわいいって感じかな。今まで付き合った人はいないし、優しい人だから、安心してね!」とさらっと教えてくれたけど。 そんな話、ある訳ない。大親友の友ちゃんだけど、信じていなかった。 「涼宮 静です」 すずみや せい。そう名乗った先輩は、少し長めの黒髪をそよ風に揺らし、優しく目元を細めて笑った、ように見えた。顔の半分は白い不織布マスクで隠されていて、表情は読み取りにくい。小柄で下手すると私より細いかもしれない。私も平均より小さいけど。白いワイシャツにふわっとした黒いカーディガンが似合っていた。 学校の中庭。木漏れ日が優しいベンチで、先輩の隣に座る。友ちゃんは早々に中庭から出ていってしまい、すごく心細い。 友ちゃん戻ってきてくれないかな。初対面の先輩と何を話したらいいんだろう。そもそも私がここにいてもいいのかな。人違いじゃないのかな。 頭の中で不安が渦巻く。そわそわして落ち着かず、心臓はばくばく音を立てているし、めまいがしそう。どうしよう、どうしよう、このままじゃ、また……。 ぎゅっと目をつぶって、襲ってくるパニックに耐えようとする。耳鳴りがさざ波のようにやってきて、大きくなっていく。 「鈴」 その雑音の中で名前を呼ばれ、つん、と肩をつつかれた。それだけで、私はベンチから飛び上がった。 「あ、ごめん。驚いたね」 涼宮先輩の目元は、優しく細められている。高くもなく低くもない先輩の声は、穏やかで、今日の陽だまりみたい。でもマスクで表情はわからない。だけど先輩の纏う空気は、温かく感じた。 先輩は、自分の胸に片手を置いている。なんでだろう、苦しいのかな? マスクをしているのは、風邪をひいているから? つい今しがたまで襲ってきていたパニックが、波が引くように治まっていく。先輩の顔を見て、穏やかな空気を感じていると、心拍数が落ち着いていく。なんでだろう。 「あの……は、はじめまして」 おそるおそる、そう言ってみた。友ちゃんの話にしか聞いた事がなく、初対面だから。おかしかったかな、変かな? 身体を縮込めるように、両手を胸の前で握る。心臓はまた、動きを早くしていた。汗が滲んで、視線が泳ぐ。 「うん、はじめまして……いや、嘘は言いたくないかな」 先輩はまっすぐに私を見たまま。はじめましての挨拶のどこに嘘があるんだろう。 「先週、体育の授業で鈴、倒れたでしょ」 確かに。あの時は友ちゃんが助けてくれた……はず。目を覚ましたら保健室だった。 「たまたま通りかかった僕に、友ちゃんが"運んでくれ"って言って、僕が保健室まで運んだんだ」 そ、そんな事があったの? でもでも友ちゃんは何も言わなかった! ああ、今はそれより、先輩に謝罪を、お礼を、しなきゃ! 無意味に手をバタバタさせる私を見ている先輩。胸に当てた手をそのままに、あいている右手で私の手を捕まえた。 「僕が、言わないでって頼んだんだ」 「どうして、あの……ごめんなさい、ご迷惑を」 先輩の手が私の手を導くようにそっと引っ張る。指先が先輩の口元に、マスク越しの唇に触れた。びくっと肩が跳ねる。 「迷惑なんかじゃなかった。鈴との接点が、できたから」 マスクを通してじわりと伝わる熱。でも私の手を握る先輩の手は、しっとりと冷たい。その間で私は、体温が急上昇していくのを感じていた。
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