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夏、見上げてのびしろ
グラウンドの真ん中で、生徒たちが整列している。僕はそれを昇降口の日陰から、ぼんやり眺めていた。
9月に入ってから、学校が始まった。まだ夏休みボケが抜けていないのに、もう体育祭の予行練習が行われている。
僕は体調不良を言い訳にして一人サボっているけれど、夏休みをのんべんだらりとすごしたせいで体操着に着替えるだけで体がだるかった。こうやって見ているだけでも茹だってしまいそうだ。
グラウンドはもっと暑いだろうに、日陰にいる僕よりも、みんなの方がキラキラした汗をかいている気がする。頭皮から、つうっと汗が伝った。顎まで垂れ、線香花火の火種のようにコンクリートに落ちた汗を、靴でのばす。
夏も、この時間も早く終わってくれ。
グラウンドで汗を流し、暑いばっかりで楽しくないだろうクラスメイトの誰よりも、僕は楽しくなかった。
サボれていい気分なはずなのに、惨めな気分が勝っている。
そうやってコンクリートを眺めていると、ふいに泥だらけの運動靴が視界に入った。
泥だらけだけれどよく体に馴染んでいそうな靴だ。その靴の人はなんにも喋らない。我慢比べのような時間だった。
すると痺れを切らしたのか「俯いてるから、だるいんだって」と呆れた声で、お節介を言ってきた。同じクラスの中心人物、名前は思い出せないけれど、ずっと人に囲まれているような奴だ。
特に用なんて無いだろうに、わざわざ、練習を抜け出して、一体なんだというのだ。
「ほっといてよ。暑いんだよ」
「なんでだよ、こっち見て羨ましそうに目を細めてただろうが。だから迎えに来てやったっていうのに。……あ、あれか、最近滅多に見ないツンデレとかいうやつか」
「何言ってんの……」
目を細めてたのは、ただ、グラウンドの照り返しで眩しかっただけだ。決して、僕もあの中に混ざって汗をかけたらいいのに、なんてことは思っていない。
「伊織が転校生してきて、すぐに夏休みに入っちゃったから、あんまり話せなかったなってモヤモヤしてたんだよな。なんか今がチャンスな気がして、つい抜け出して来ちまった」
僕の名前、知っていたんだ。
「君がモヤモヤすること無いだろう。可哀想とか思ってるなら、それは見当違いだ。早く戻れよ、怒られるよ」
「そんなあからさまに俯いてっからだろー?」
「うっ、俯いてなんか……」と言いながら、今まさに俯きかけていることに気づく。
「分かったから、もう早く行けよ……」
「お、分かったか! 次俯いてたら、強制的に顔上げてもらうからな! いいな? 約束だからな!」
歯を見せて笑ったそのクラスメイトは、颯爽とグラウンド、陽炎の真ん中へと走っていった。
ああ、眩しい。
親の転勤は仕方がない、前の学校の友人と突然離れ離れになって塞ぎ込むくらいには、僕はまだ子供だった。
それに比べて日陰で荒んでいる僕を気遣えるくらい、あのクラスメイトは大人だったということだ。こんな暗い気持ちになったことはなかった。だから、ここから立ち直る術を僕はまだ知らない。
ちゃんと前を向けるようになるだろうか。
グラウンドとこちら側をキッパリと線引きするような校舎の影が、僕をより俯かせた。
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