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「もちろんです! お義母様は、私たちが必ず救います! それに当日は、お父様も邪祓いに参加されますし、安心してください」
「え? レオン様も、邪祓いに参加されるのですか⁉」
「ああ、もちろんだ」
俺は頷き、当日の役目を告げると、リュミエールは眉間に深い皺を刻みながら、大きく首を横に振った。
細い指のどこに、こんな力があるのかと思えるほど、強く俺の腕を掴む。
「い、いけません! 私なんかのために、あなた様の身まで危険に晒すなど‼」
「もう決めたことだ。邪祓いという危険に、ビアンカだけを関わらせるわけにはいかない。それに家族の一大事に、夫であり父親である俺が動かない理由がない」
家族を守れなくて、国が守れるかってーの!
「でもあなた様は、エクペリオン王国の主です! そしてビアンカは国の希望。こんなことで失われてはならないのです! この機会に正直に申し上げますが……私は、ビアンカが狭間の獣を祓うことに納得していません! やはり、安全かつ確実な方法をとるべきかと……」
「言ったはずだ。俺の幸せの中には、お前がいないと駄目だと」
リュミエールが、ハッと息を飲んで俯いた。髪の毛の隙間から見える耳の先が、ほんのり赤くなっている。「しかし……」と絞り出すように呟く彼女の手を、強く握りしめた。
「誰の優先順位が高いとか関係ない。誰一人欠けてはいけないんだ」
そう。
俺たちは、家族なのだから――
「皆で、幸せを掴むんだ。そのための危険なら、俺はいくらでも引き受ける」
きっと、記憶にない繰り返された世界の中でも、俺は同じ選択をしたはず。いや、チート能力がなくとも、俺の決意は変わらない。
だって、こんなに美しい妻と世界一可愛い娘が、俺の家族なんだぞ?
こんなに素敵で温かい家族が、今世にはいるんだぞ?
守らない、理由がないだろ‼
ビアンカも、身を乗り出す。
「そうですよ、お義母様。あなたが一人で悩み、苦しみ続けた重荷を、どうか私たちにも背負わせてください。家族皆で、乗り越えましょう!」
リュミエールは、何の反応も見せなかった。
だが大きく見開かれた青い瞳がみるみる潤み、耐えきれなくなった涙が目尻を伝って頬に流れた。彼女の頭が深く沈む。
「ありがとう……ございます……レオン様、ビアンカ……」
肩を振るわせながら、リュミエールは俺たちに向かって深く深く頭を下げ、そしてゆっくりと顔を上げた。
頬は濡れているが、新たな涙は流れていなかった。
「母を死に追いやった私に……狭間の獣に取り憑かれ、国を危険に晒した私に、幸せになる権利などないと思っていました。レオン様とビアンカが幸せになるのなら、この命など惜しくはないと。しかし……もう終わりにします」
決意に満ちた美しい表情が、俺たちの視線を奪う。
「私は、抗う。ですからどうか、狭間の獣を祓う力を、私にお貸しください」
リュミエールは、覚悟を決めたのだ。
過去と決別し、自らを罰することを止め、俺たちのために――そして自分のために幸せになる覚悟を。
俺は、そんな彼女の覚悟を美しく、そして誇らしく思う。
リュミエールの決意に皆が心を打たれる中、俺たちの様子を見守っていた大神官が、腕を組みながら納得した様子で呟いた。
「ふむ……初めて陛下からご提案をお聞きしたときは、驚きましたが……なるほど、これは納得ですなあ」
「陛下からのご提案? 何のことでしょうか?」
って、くそ爺っっっっっっっ‼
その話は、リュミエールには内緒だっつっただろーーーーーーーーーーがっっっっ‼
俺の心の叫びが、鬼の形相となって現れていたのか、大神官の表情がピシッと固まった。かと思えば、カラ笑いをあげて誤魔化そうとした。
……いやいやいやいや、ごまかし切れてねーけど?
リュミエールさんが、疑惑の眼差しを向けていらっしゃいますケド?
誤魔化すの下手くそ過ぎだろ、こいつ‼
大神官も、誤魔化しきれていない雰囲気を察知したのか、
「いやぁー、今日は良い天気ですなぁー」
とか、突然全く関係のない天気の話とかし出すし!
ここで、今までの空気感とか感動とか、そういうのを全てぶった切って、いきなり天気の話もってこれるとか、メンタル鋼なの?
それとも、馬鹿なの⁉
そのとき、
「お義母様? よろしければ、今から私と一緒に大神殿をまわりませんか? 私がご案内いたします! ここは、邪纏いに対抗する場所ではありますが、長い歴史があるため、様々な芸術的作品が保管されているのですよ?」
「そうなのですか! とても興味深いですね?」
「はい! もの凄く大きな絵画もあるんですよ。是非お義母様にも、観て頂きたいです!」
ビアンカの無邪気な提案に、リュミエールの意識がそちらに向いた。継子の楽しそうな提案と満面の笑顔によって、大神官の失言が彼女の記憶から消去されたようだ。
ビアンカ、グッジョブ過ぎる‼
流石、賢可愛い俺の娘‼
場の空気を読んだのか聖騎士たちもビアンカの発言に合わせ、「ささっ、王妃様、こちらへ……」と、リュミエールを部屋の出口へと誘っている。
リュミエールの手を、ビアンカが自然な流れで取ると、二人は聖騎士たちと共に部屋を出て行った。
皆のファインプレーのお陰で、俺の計画が洩れることは防がれた。
本当に良かった……
実は、リュミエールにサプライズを用意しているのだ。
彼女に知られないように、コソコソと計画実行の準備を進めていたのに、この爺のおかげでパーになるところだった。
ホッと胸を撫で下ろしていると、
「いやぁー、危なかったですなぁー。しかし、何とか誤魔化せたようで良かったです」
と、元凶がのうのうとお茶を啜っているんだが。
え? 何でアレで誤魔化せたと思ってんの?
ええ? 何でお前がやりきった顔してんの?
……駄目だこいつ。
早く何とかしないと。
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