第16話 お見舞い

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第16話 お見舞い

 アリシアがぶっ倒れた次の日、俺は彼女のお見舞いのため、寝室に訪れていた。  ここに来るのは、ポチを叩き壊しに来た以来か。  奥にある物置部屋に続く扉を軽く睨みつけると、俺はベッド横に用意された椅子にかけた。  俺が頭を打って倒れたときと、立場が逆になってしまったな。  まさかあのときに前世を思い出したことがきっかけで、アリシアの裏の顔を知ることになるとは思わなかった。  ほんと、人生なにがあるか分からん。  ま、一番意味わからんのは、女神が八つ当たりで放った雷が俺に落ちて死んだことだけどな!  ちなみにアリシアが倒れた次の日に見舞いに訪れたのは、そうしてくれという彼女からの強い要望があったからだ。  俺が椅子に座ったタイミングに合わせ、ベッドから上半身を起こしたアリシアが頭を下げた。表情は相変わらず氷結だけど、顔色は悪くないし、頭を下げているので申し訳なさは伝わってきた。 「私の体調管理が行き届いておらず、申し訳ございませんでした」  ちなみに服装は寝衣ではあるが、上半身には上着やショールを羽織っていて、絶対に肌は見せぬ、という強い意志がひしひしと伝わってくる。  ……いや、相手が寝込んでいるから、ちょっとは薄着をしているのでは? などという不埒な考えは断じてない。 「気にするな。日頃の疲れた出てしまったんだろう」 「しかし、そのせいで陛下のお時間を取らせてしまうことになってしまいました」 「そういう王妃も俺が頭を打って倒れたとき、見舞いに来てくれただろ?」  お互い様だと笑うが、アリシアは唇に僅かだが力を込めると、自分の手元に視線を落とした。  自責の念に捕らわれているのだろうか。  なんだかんだこの人、何事も俺以上に完璧にこなすから、悔しいのかもしれない。 「あの……」  沈黙を破ったのは、珍しくアリシアからだった。手元に落としていた視線を、真っ直ぐ俺の方に向けた。  いつも以上に感情が読み取れない表情に変わったので、何だか嫌な予感がした。 「エデル王国への配慮であるなら、必要ありませんよ」 「エデルへの配慮?」  突然、アリシアの祖国への配慮とか言われ、俺は首を傾げた。  聞き返すと、僅かに彼女の瞳に厳しさが宿った気がした。 「はい。最近陛下は、私と関わりを持とうとされているようですが、それが私の祖国エデル王国への配慮であるなら必要ないとお伝えしております」 「確かに、お前と関わりを持とうとしているのは間違っていないんだが……何故それがエデル王国への配慮という解釈になる?」 「側室をお迎えになるのですよね?」 「……………………はっ?」  間の抜けた声が口から漏れてしまった。多分今も、もの凄くポカンとした情けない顔をしていることだろう。  いや、そんなことはどうでもよくて……  え? どゆこと?  ええ? どゆこと?  何で俺の知らないところで、そんな話になってんの⁉  パニックになってる俺の耳に、淡々としたアリシアの説明が流れてくる。 「私たちが結婚して三年経ちましたが子を成せなかったため、側室を迎えるという話を聞きました。しかし私が、エクペリオンとエデルとの関係修復のために嫁いだため、私との関係が悪い中、側室を迎えるとなると、私を蔑ろにしたとエデル王家の怒りを買うことになるかもしれない。だから陛下はそれを避けるため、私との関係が円満であるように演じようとなされているのですよね?」  どうしたらそういう考えになんの⁉  いや、これはアリシアを責めるべきじゃない。  一番の問題は―― 「……王妃。俺が側室を迎えるという馬鹿げた話は、どこで聞いた?」  そう彼女に問う声は、低く僅かに震えていたと思う。そして……滅茶苦茶怖い顔をしていたとも思う。  だって俺の質問に答えるアリシアの声が、か細くなっていたから。 「……カナード公爵です。先日、内密に話があると、私の元にやってこられたのです」 「あのくそじじいか……」  カナード公爵は俺の叔父、つまり亡くなった父の弟だ。  昔から、伝統や王家の誇りやらなんやらと口煩いお人で、俺に早く再婚して跡継ぎを作れとせっついてきたのも、このじじいだ。  悪人ではない。  常にこの国のことを、王家のことを考えてくれている。  しかし、自分の言葉や行動が正しいと思っているため、周囲にお節介をしてくる、タチの悪い人間なのだ。  くっそ……いつアリシアと接触したんだ……  アリシアもアリシアで、そんな素振りを全く見せなかったから、全く気付かなかった。  こういう親族の確執みたいなのから嫁を守り、味方になるのは、旦那の大切な役目だって、SNSの子育てお母さんアカウントで良く見たってのに! 「で、叔父は何と?」 「結婚して三年経つのに、陛下が私の元に訪れることもない。恐らくこれからもないだろう。だから側室をとるよう陛下に進言すると。だからもしその話が陛下からあれば、私に快諾するようにと」 「それで、お前はその話を了承したのか?」 「お断りする理由がありますか? 私たちの夫婦関係が破綻しているのは、誰の目から見ても明らかではありませんか」  アリシアの言葉は、俺の心を酷く抉った。
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