第2話 俺、白雪姫っぽい世界に転生したのか⁉

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第2話 俺、白雪姫っぽい世界に転生したのか⁉

「くっそ……あの自称女神……覚えてろよ……」  全てを思い出したら、また頭が痛くなってきた。  とはいえ、全てを思い出した今、特別欲しいチート能力が思いつかない。  転生する前は、ウハウハのハーレム生活ぅぅとかほざいていたが、妻子がいる今、そんな欲求も失われてしまった。  国を治めるのはまあ大変だが、なんだかんだ生まれてこのかた三十二年、王族として生きてきたのだ。  信頼する下臣も大勢いるし、国民からの信頼もそこそこある。  チート能力を必要とするほどの問題はない。  ただ一つ、家庭問題を除いては――  そのとき寝室の扉が開き、 「陛下、失礼いたします」  感情の起伏を感じさせない女性の声が、俺の敬称を呼んだ。  俺は俺で、やって来た者のを口にする。 「……王妃か」 「目覚められたとお聞きいたしました。具合はいかがでしょうか」  そう言って女性――王妃であり妻であるアリシア・エデル・エクペリオンがベッドに近付いてきた。彼女の後ろに控えていた者たちが、サッと出口付近で整列する。  アリシアは、ベッドの横に音もたてずに用意された椅子に座ると、夫を前にしているとは思えないほど、背筋を伸ばして俺を見下ろす。  病人を見舞いに来たとは思えない緊張感だ。  艶やかな水色の髪はひとまとまりにし、金色の髪飾りを付けている。女性らしい丸みがありながらも引き締まった頬はほんのり赤みを帯びていて、マッチ棒が何本乗るのか試したくなるぐらい長いまつ毛が青い瞳を縁取っていた。  欲しいところにふんだんに肉が付いている理想的な身体は、瞳と同じ濃い青色のドレスを身にまとっていて、手の甲から首まで覆われた布地からは、お前なんかに絶対に肌を見せませんという強い意志が感じられた。  一言で言うと美女だ。  前世でも今世でも、出会ったことのないほどの美女だ。  だが寒色系な身体的特徴と、表情が常に無表情だという理由で、密かについた二つ名が『氷結の王妃』。  それほどこの人、何を考えているのかを表に出さない。  順風満帆とも言える今世で唯一の悩みは――この妻との関係である。  俺はアリシアの問いに端的に答えた。 「問題ない」 「そうですか。頭を打ったと聞き心配しておりましたが、安心いたしました」  そう口にする氷の表層には僅かな動きも見られないため、本当に俺のこと心配してた? と逆に不安に思っていると、アリシアが席を立った。 「それでは私はこれで。ゆっくりと身体をお休めください、陛下」  そう言ってアリシアは、全く振り返ることなく部屋を出て行った。  夫の見舞いにしてはあまりにもあっけなさ過ぎて逆に、問題ないなら働けよ、と圧をかけられたんじゃないかと深読みしてしまうほどだ。  入れ替わるように現れた主治医の診察を終えた後、俺は一人になりたいと皆に伝え、部屋の中にいる護衛や侍女たちを退室させた。  静かになった部屋に、俺の特大なため息が響く。  アリシアと夫婦仲が良くない。  これが今世における俺の悩みだ。  俺には、今年十歳になる一人娘――ビアンカ・ネーヴェ・エクペリオンがいるが、アリシアとの子ではない。  十年前、ビアンカ出産後に亡くなった前妻セラフィーナとの子だ。  つまりアリシアは後妻なのだ。  セラフィーナ死後ずっと妻をとらず、跡取り問題に頭を悩ませた周囲が、二十五年前に終わった戦争が原因で仲がこじれたままであったエデル王国との和平を建前に、半ば強引に進めた政略結婚の相手が当時二十四歳だったアリシアだった。  まあ結婚のお陰で、長らく途絶えていたエデル王国とも国交も復活した。  たくさんの物資や人々が行き来し、経済も活性化していると聞いている。  結果的には、大正解な政略結婚だったと自他共に認めている。  が……夫婦関係としては完全に終わっていた。  いやアリシアさんは、嫁いできたときから今のような感じの人なので、『いつから夫婦関係が始まっていると錯覚してた?』と言われたら、錯覚だったのか! と納得してしまう自信しかない。  当初は、元敵国に嫁いできたから緊張しているのかと思っていたが、結婚して三年目の今も変わらないと言うことは、どうやらそういうわけではないらしい。  だから周囲も、アリシアを良くは思っていない。  酷い噂の中には、彼女を魔女のように言う者もいる。  美貌を武器に俺に迫ったのだとか、だからエクペリオン王国内でもっともと愛らしいとされているビアンカを妬んでいるのだとか、持参してきた鏡の前で、夜な夜な『世界で一番美しいのはだぁれ?』などと呪文を唱え、悪しき存在と対話しているのだと……か――  ん?  んん? (……鏡? 呪文?)  井上拓真の記憶が蘇る。 『鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?』  拓真がいた世界で非常に有名な童話。  その中の悪役が、真実の鏡と呼ばれる魔法の鏡の前で呟くセリフが――  そ、そういえば、娘のビアンカは、誰の目から見ても非常に愛らしい娘だ。  俺譲りの黒い瞳に、CG加工一切ない艶やかな黒髪。  そして、熟れたリンゴのような赤い頬っぺたに、血色の良い赤い唇。  特に化粧品のCMタレントも真っ青になるくらいの真っ白で透き通るような肌は、まるでまだ誰にも踏み穢されていない純白の雪だと称され、ついた愛称が白い雪の姫――『白雪姫』。  …………ちょい待て。  ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょ、ちょっと待てぇぇぇぇ――――っ‼  え?  鏡?  継母?  白雪姫?  こ、これって……揃ってないか?     世界的有名童話――『白雪姫』の設定と‼  俺、白雪姫っぽい世界に転生したのか⁉  え? やばくないか?  このままだと、アリシアはビアンカを殺そうとするし、ビアンカは逃げて七人の小人――この世界で言うと恐らく妖精族だろう――と、ど、どど、同棲することになるし!  結婚前の娘を、複数の男の家に同棲させるわけには――って、ま、まあそれは横に置いておくとして……いや、横に置いておくには、重すぎる問題だから両手には抱えておくが、と、と、とにかくだ!   俺が言いたいのは、このままでは物語通り、アリシアはビアンカに処刑されてしまう。  ビアンカを救ったとされる死体愛好家な噂がある王子の国で、あっつあつに熱した下駄をはかされて、死ぬまで踊らされる‼   俺は、燃えながら踊る妻も、小人たちと同棲する娘も見たくない!  死体愛好家の王子に、可愛すぎるビアンカを嫁がせるなんて論外だ‼  何の罰ゲームだ⁉   今俺は、地獄におるんか⁉  俺はビアンカを、一人娘として愛している。  この世界で一番愛らしく、守るべき存在だと思っている。  母親を早くに亡くし、俺自身もあまり一緒にいてやれなかった罪悪感はあるが、それでも顔を合わせると笑顔を向けてくれて、時間ができるとたわいのない会話をしてくれる娘が愛おしくて堪らない。  正直、前妻であるセラフィーナとはお互い、政略結婚だと割り切った関係で愛情はなかったが、世界一可愛いビアンカを産み落としてくれたことに関しては、強く強く感謝している。  そしてアリシアは――初めて顔を合わせたとき、俺は一目で恋に落ちた。  結婚など国を発展させる手段の一つでしかない、という俺の気持ちを根本から覆した。  何が何でも彼女が欲しい。  誰の手にも渡したくない。  理性ではなく感情を優先させたのは、このときが初めてだったかもしれない。  エデル王国は、他にも複数人の高位貴族の娘を用意していたようだが、俺は迷いなくアリシアを求めた。    そんな相手だからこそ、今の関係を何とかしたいと思っている。  でも嫌われたくなくて、アリシアに近づけないでいた。  さらに言うなら、初めての恋ということもあり、どういう距離感で彼女といればいいのか分からない。  初夜どころか、未だにアリシアの名前すら呼べていない状態だ。  まあ、あっちからも俺の名前を呼んで貰ったことはないんだけどな!  結婚と恋愛がこんなに違うなんて思わなかった。  いや、まあそれはいい。  とにかく俺は、アリシアもビアンカも守りたい。  あんな最低最悪なバッドエンドを迎えさせるわけにはいかない。  前世の俺は、彼女も作らず結婚もしなかった。   だけど今世の俺には、可愛さオーバーキルな娘と、好きすぎてつらい美しい妻がいる。  俺はゆっくりとベッドから身を起こし、立ち上がった。  そしてカーテンの向こうに見える空に向かって誓う。   「……俺の大事な家族の未来をバッドエンドにするものか。アリシアの破滅フラグは……俺がへし折ってやる‼」  アリシアを破滅エンドから絶対に救ってみせる!  可愛いビアンカを、汚い男達の手から絶対に救ってみせる‼  そのためには…… 「とりあえず魔法の鏡、まずお前をぶっ壊す」  アリシアを狂わせる全ての元凶となった  ――真実の鏡とやらを。
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