第21話 娘の人生と王妃の一生

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「やっと王妃殿下を追い出す証拠が見つかったと喜んだ幼い私は、愚かにも誰にも相談せず、王妃殿下に直接言ってしまったのです。邪纏いである鏡と会話をしているところを見たと。城から出て行かなければお父様に報告すると。それを聞いた王妃殿下は強硬手段に出たのです」 「強硬手段?」 「私を連れだし、深い森に置き去りにしたのです」  白雪姫展開、来た‼  でもさ、 「お前、よく王妃と一緒に出かけられたな……」 「いくら幼い私でも、怖くて一緒に出かけられませんよ。薬を盛られ、眠っているうちに連れてこられたのです」 「そ、そうだったのか……」  良かった!  (かしこ)可愛いビアンカが原作の白雪姫みたいに、警戒心ガバガバじゃなくって‼ 「それで……森に置き去りにされたお前は、どうなったんだ?」 「周囲には獣がいて、危うく食い殺されるところでしたが、森に住む七人の妖精族が助けてくれました。事情を聞いた妖精族たちは、直ぐに戻るのは危険だと言って、そこで約一年ほどお世話になりました」  同棲という単語が見えない鈍器となって、俺の後頭部をぶったたいた。  あまりの衝撃に、一瞬目の前が真っ白になった。  こ、こびとに……お世話になった……?   それって一緒に住んだってことだよな?  う、嘘だ……俺が恐れていたことが、すでに起こっていたというのか?  ループしているからといっても、ビアンカが同棲を経験したことは消えないわけで……  嫌だぁ……認めたくない……  目の前がぐにゃあってする……  考えがまとまらない俺の耳に、ビアンカの慌て声が聞こえた。 「お、お父様? どうかなされましたか⁉ か、顔色が非常に悪いのです!」 「い、いや……まだ幼いお前が、命の恩人とはいえ見知らぬ男たちと共に、一年間も一つ屋根の下で暮らしたと思うと、め、眩暈が……」 「え? 私を助けてくださった妖精族は皆、女性でしたけど?」 「よし、話の続きを聞こうか」  女性だったかーーーーーーーーーーーー‼  良かったああああああああああああああああああああ‼  絶望で溶けそうになっていた身体が、シャキッと伸びた。ぐにゃあってなっていた視界も、輪郭を取り戻している。  そんな俺を、ビアンカは少し呆れた表情で見ながら、相変わらずですね、と呟いて笑っていた。  ビアンカが繰り返したどこかの人生の中で、今と同じ俺の反応を見たことがあるのかもしれない。 「その後、私は妖精族である彼女たちの力を借り、エクペリオン城へと戻りました。そして、王妃殿下が私に行ったことを暴露し、弾糾したのです。始めは否定していた王妃殿下でしたが、逃げられないと悟ったのか、突然私に刃物を向けて襲い掛かってきました」 「だ、大丈夫だったのか⁉」 「はい。王妃殿下に襲われたとき、恐怖以上の怒りと憎しみを感じ――気が付けば、王妃殿下が気を失って倒れていたのです。周囲は、突然私から光が放たれ、光に当たった王妃殿下が倒れたのだと言っていました」 「そうだったのか。とりあえず、お前が無事で良かった」  俺はホッと息を吐き出した。  まるで目の前でそれを目撃したかのように、心臓が激しく脈打っているし、額には変な冷や汗が滲んでいた。    一度目の人生の話だと分かっていても、最愛の娘が斬りかかられた話なんて、心臓に悪すぎる。   その後、アリシアはビアンカを誘拐、殺害しようとした罪で投獄された。  本人は、山の中に置き去りにしただけで殺そうとはしていないと屁理屈を言ったらしいが、危険な獣がいる環境に置き去りにしただけでも、充分殺意はあったとして、アリシアの主張は認められなかった。  まあ、当たり前なんだが……  流石の俺も、娘を殺されようとされてまで、アリシアを庇いきれなくなったようだ。  以前のアリシアの言葉を借りるなら……ビアンカを選んだのだろう。  アリシアが、自身の犯した罪を反省することもなかったので、そのまま投獄。三年後、処刑が決定。     その一年後――十六歳になったビアンカが隣国の王子と結婚した際、余興と、前世の世界で言う厄払いをかねて、アリシアは民衆の目の前で処刑された。  余興ということもあって残酷な方法――白雪姫の物語通り焼けた靴を履き、燃えながら死んでいったらしい。  最期の最後まで、ビアンカへの呪詛を吐きながら―― 「これが、一度目の人生で私が見た、王妃殿下の一生です」  壮絶過ぎて、何も言えなかった。  照明のランタンが燃える音だけが、部屋に響く。  俺から反応がすぐに得られないと思ったのか、ビアンカは話を再開した。 「王妃殿下が処刑され、平和になりました。ですが……私はずっとずっと心に引っかかっていたことがあったのです」  アリシアの凄惨な人生を聞いて呆然としていた俺の心が、現実に引き戻された。喉の奥から、何とか言葉を絞り出す。 「……引っかかること? 何かあったのか?」 「はい。王妃殿下が処刑されるさい、私を見て……」  彼女の黒い瞳が伏せられ、瞼の裏に映る光景をなぞるようにゆっくりと言葉を紡いだ。 「笑ったんです。とても優しく、満足そうに――」
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