第3話 ……シテ……コロシテ……

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第3話 ……シテ……コロシテ……

 白雪姫は、とある国の王様と王妃様の間に生まれました。  しかし王妃は白雪姫を産んだあと亡くなってしまい、王様は後妻を迎えました。  しかし後妻――つまり白雪姫の継母は、傲慢で自分の美貌に自信をもっていたため、自身が所持する『真実の鏡』とやらに毎晩、 「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」 というナルシストな質問をしていました。  鏡野郎は鏡野郎で、 「お妃様、あなたです」 などと答え、継母の承認欲求を満たしていたのですが、ある日、鏡野郎は何をとち狂ったのか、 「白雪姫です」 と、明らか後々トラブルを招く発言をぶっ放してきたのです。  嫉妬に狂った継母は、白雪姫を殺そうと計画しました。  始めは狩人に白雪姫を殺させようとしましたが、狩人は白雪姫を気の毒に思い、森に置き去りにしました。  森に置き去りにされた白雪姫は、七人のこびとと出会い、同棲することとなります。  なんやかんやあって、魔女に扮した継母が持ってきたいかにも怪しい毒リンゴを食べて死んでしまった白雪姫でしたが、こびとたちが悲しむ中、やってきた王子が空気を読まずに、死体でも綺麗だからくれと、とち狂ったことを言って白雪姫をもらいうけ、彼女を運んでいる途中に喉に詰まっていた毒リンゴが飛び出て白雪姫は蘇生。  その後、王子と結婚。  結婚式に呼ばれた継母は、そこで断罪され、熱く熱した下駄を履いて死ぬまで踊り続ける、という残酷な処刑をされましたとさ。  めでたし、めでたし……  ってなるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼  絶対無理。  受け入れられない。  まず王子。  いくら白雪姫が綺麗やからって、死体やぞ。  欲しがんな。  こびとたち。  白雪姫の死体、やんな。  死体を欲しがる時点で、通報しろ。  狩人。  白雪姫、森に捨てんな。  助けるならもっとやりようあったやろ。  白雪姫。  もっと警戒心もって!  ただでさえ狩人に一度命を狙われてる経験してるのに、何で毎回、怪しい訪問販売(継母)に引っかかって死にそうになっちゃうかなあ……  そして鏡。  とりあえず今からお前をぶっ壊しにいくから、覚悟しとけ。  前世の記憶を思い出してから数日後、白雪姫のストーリーを思い出しながら、俺はアリシアの寝室に向かっていた。  夜な夜な隠れて「鏡よ鏡~」ってやるなら、隠している場所は恐らく、寝室の奥にある物置部屋だと目星をつけたからだ。  丁度、彼女は半日ほど城を留守にしている。  鏡をぶっ壊すチャンスだ。    手には、鏡を破壊するために持ってきた王杓が握られている。この杓の頭には、丸くて大きな宝石がはめ込まれていて、鏡を破壊するためのハンマーとして丁度良い。  歴代の王が聞いたら泣きそうだが、家族を救うことは、エクペリオン王家の存続に繋がる。許せ。  人目を盗んでこっそりアリシアの寝室に入り、素早く物置部屋に侵入した。ここは衣装部屋も兼ねているようで、部屋の中には沢山のドレスが吊り下げられていた。  どれもこれも、寒色系のドレスばかりだ。  そういえば、以前アリシアに薄黄色のドレスを贈ったはずだが、どこにも見当たらない事実が地味に精神(メンタル)にキてる。が、泣くのは後でも出来る。頑張れ、俺。  鏡は、部屋の一番奥にあった。壁に掛けられてるが、まるで人の目から逃れるように艶やかな紫色の布がかけられている。  そいつを引っ剥がすと、俺の顔が写った。  正直、井上拓真だった俺と比べると、レオンはとても……いや、非常にイイ男だ。  さらりとした黒髪に、少しだけつり上がった猫のような黒い瞳。  笑えば人を惹きつける魅力があるが、怒ればまるで剣の切っ先を突きつけるような鋭い視線が相手を圧倒する。  精悍な顔つきっていうのは、こういう顔のことを言うのだろう。  剣術や乗馬などを嗜むため、身体も引き締まっている。  王様って小太りなイメージが前世では強かったが、きちんと身体を鍛えた自分を褒めてやりたい。ただでさえ前世の世界とは違い、医療が遅れている国だ。  小さな病であっても、死亡に繋がる恐れはいくらでもあるのだから、適度な運動と規則正しい生活とバランスの取れた食事はこれから先も大切にしていかなければ。  やはり健康。  健康は全てを解決する。  俺は鏡に向き合うとスウッと空気を吸い込み、言葉と一緒に吐き出した。 「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰?」  鏡からの反応はない。  物に話しかける、くっそナルシストな発言をするヤバイやつが爆誕しただけだった。  王杓を握りしめ、再び問いかける。  恥ずかしさと、怒りを込めて―― 「……鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰……って答えないと、その澄ました鏡面に一発食らわせるぞ‼ さっさと答えろ、くそ鏡っ‼」 『ひぃぃぃ~~~っ‼ こ、壊さないでくださいぃぃ~~~‼』  甲高い悲鳴が聞こえたかと思うと、鏡面が輝きだした。  輝きが、鏡の縁を彩るようにスッと引いたかと思うと、何事もなかったかのような静けさが場を支配した。  ……いや、何事もなかったわけじゃない。  鏡に俺の姿が映っていないという超常現象が今、目の前で起こっている。    驚く俺の耳に、コホンと咳払いの音と、先ほどの返答が鏡から聞こえてきた。 『この世で一番美しいのは白雪姫です』  その言葉とともに鏡に映し出されたのは、真剣な表情で本を読んでいるビアンカの姿。  今、娘は王都にはいない。事情があって半年前から神殿にいるのだが、この背景、間違いない。  ビアンカが世話になっている神殿だ。  ということは、リアルタイムの映像か?  高性能過ぎん、この鏡。  いや、そんなことはどうでもいい。  真剣な表情で本を読むうちの娘の、  可 愛 す ぎ る こ と よ ‼  やだ、半年ぶりの娘の姿に俺、泣きそうになってんだけど。  うちの娘が世界一可愛いことは世界の真理であり、可愛いの概念。  辞書の可愛いの項目に、『ビアンカ・ネーヴェ・エクペリオンのこと』を付け加えるべきだと思うし、可愛いと文章を書けば『ビアンカ』とルビを振るべきだと思う。  分かる。  お前がビアンカを推したい気持ち、痛いほどよく分かるぞ。  だがな……  俺はビアンカを見れた感動で濡れた目許を、ビアンカの可愛さで痺れて震える指先で拭うと、握っていた王杓を握り直し、ゆっくりと振り上げた。 「それって……あなたの感想ですよね?」 『……え?』  俺の言っている意味が分からないと言わんばかりの、間の抜けた声が鏡から聞こえた瞬間、鏡の直ぐ横にある壁に王杓がめり込んだ。  もちろん、犯人は俺。 「お前さぁ……なーんで個人的主観を、世界の総意みたいに語っちゃうかなぁ~?」 『え、あ、あの……?』 「美しいなんて、百人いれば百通りの審美眼があるわけよ。それをさ。な~~~~んで、俺の意見が絶対! なんつー感じで押しつけちゃうかなぁ⁉」 『へっ、あぁぁぁぁっ! や、やめて、王杓振り上げないでぇぇっ‼』 「そりゃさ、ビアンカが美しいのは分かる! 頷きすぎて首がもげるわっ‼ だけど、ビアンカの美しさとア――いや、王妃の美しさ……そもそもベクトルが違うだろうがぁぁぁぁ――――っ‼ ビアンカは可愛い系で王妃は美人系‼ そもそも比べる土俵がちげぇぇんだよっ‼ 寿司と天ぷら、チョコレートとポテチ、仕事と彼女、どっちが好きか、どっちが大切かなんて選べるわけねぇだろっ‼」 『え? 仕事と彼女なら、やはり仕事のほうが大切では? なんだかんだ、生きるための糧ですし』 「……それって、あなたの感想ですよねぇ? やっぱり壊す‼」 『か、感想です‼ わ、私の価値観であり主観ですっ‼ それを真実だとか言って勝手に押しつけてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな――ああぁぁ、だから王杓を振り上げないでくださぁぁ~いっ‼』 「さっきから、プライバシー保護のために音声を変えていますっていうテロップが出そうな甲高い声しやがって! ムカツクからやっぱり壊すっ‼」 『それもう、個人の好き嫌いじゃないですかぁぁ⁉ 滅茶苦茶ですよっ‼』 「知るかぁ‼ こっちはお前のせいで、王妃が下駄履いて死ぬまで踊らされるわ、可愛いビアンカが不特定多数の男たちと同棲するわ、死体愛好家の王子と結婚するわで家庭が崩壊しそうなんだよっ‼」 『下駄? 死体愛好家の王子と結婚⁉ ど、どういうことですか⁉』 「全部……全部全部、お前のせいなんだよぉぉ~……お前さえいなければ……」  そう叫びながら、ふと思う。  本当に……本当に全て、この鏡のせいなのか?  俺が、アリシアの不安や不満をきちんと聞き、解消してやらなかったからではないか?  そもそも、まるで生け贄のようにこの国に差し出された彼女の気持ちに目も向けず、一方的に娶った自分に問題があるのではないか……  全ての元凶は―― 「俺……なのか? 俺が全て悪い、の、か……?」 『え? ちょ、な、泣いてます? 情緒不安定が過ぎません⁉ って、え? 今なんて言いました?』 「……シテ……コロシテ……」 『と、とりあえず落ち着きましょう‼ ね? ねねっ? あなたの話聞きますから……ああああ~……もうっ、大泣きしないでくださいよぉぉぉ~~』  オロオロした鏡の叫び声と、一国の主の男泣きという地獄のハーモニーが、物置部屋に響き渡った。
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