第28話 もう一人の白雪姫

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第28話 もう一人の白雪姫

「陛下? 一体どうしてここに……」  嘘の用事を言いつけ、寝室から遠ざけていたリュミエールの姿が目の前にあった。  彼女が、何故ここにいるかは分からないし、彼女がここに来てしまったことを咎めるつもりもない。  俺の足がリュミエールの方に向かい、そして  ――抱きしめた。  強く、強く抱きしめた。  細い首筋に顔を埋めると、チェリックの花の香りがした。 「あのっ、陛下……こ、これは一体……」  リュミエールの戸惑い声が、俺の耳に吹き込まれた。割れた鏡と床に散らばる破片に、かなり動揺しているようだ。ここから彼女の表情は見えないが、抱きしめたことによってすぐ傍に感じる息遣いの速さから、動揺と緊張が伝わってくる。  それもそうだろう。  隠していたはずの邪纏いの鏡が粉々になり、その現場に俺がいるのだから。  俺は、リュミエールの問いには答えなかった。  もうあんな物のことは、どうでも良かったからだ。  代わりに、 「もう……悪女を演じる必要はない。全て知っているんだ」  そう言って抱きしめる腕に力を込めると、リュミエールの息を飲む音が、耳元で聞こえた。  だが、 「全て? い、一体なにを仰っているのか、私には――」  俺がカマをかけたのではないかとでも思ったのだろう。動揺を思いっきり声色に出しながらも、しらばっくれようとした。  だけど、逃がさない。 「狭間の獣に取り憑かれているんだろ」  その言葉に、リュミエールは一瞬呼吸を止め、諦めたように長い溜息をついた。緊張のせいで固まっていた彼女の身体からも、力が抜ける。  今の言葉で、悟ったのだろう。  これ以上しらばっくれても、無駄だと。  彼女の手が俺の胸を押しながら、密着していた身体を離した。そして俺たちの心の距離を表すように二歩ほど後退すると、先ほどの動揺などなかったかのような氷結顔で、俺を見上げた。 「そうですか。聖女修行をなされたビアンカ姫から、お聞きになられたのですね?」 「ああ、そうだ。だからもう悪女を演じる必要は――」 「……いいえ、私は何も変わりません。これからもあなた様を蔑ろにし、ビアンカ姫を虐げます。ですから姫とともに、どうか私を憎み、そして断罪してくださいませ。それで全てが救われます」 「出来るかそんなこと‼」  感情のまま叫ぶと、俺はリュミエールの両肩を掴んだ。思いのほか強い力で掴んでしまったようで、彼女の表情が歪む。手加減出来なかった自分に対し、心の中で舌打ちをすると、俺は両肩を掴む手から力を抜いた。  代わりに、彼女の顔に自分の顔を近づける。 「お前は……お前はどうしてそうやって自分を蔑ろにするんだ! お前にだって、幸せになる権利があるだろ!」 「私に幸せになる権利などございません。私は、この国に災厄を齎す存在を連れてきてしまった。その時点で罪人なのです。ですから、憐れみなど不要です」 「不可抗力だろ、そんなもの!」 「いいえ、違うのです。私は、狭間の獣に憑かれるべくして憑かれたのです」 「えっ?」 「……本当に、全てをご存知なのですね。今まで話そうとすれば身が裂かれる思いがして話せなかったのに、今はスラスラと言葉が出る……」  リュミエールの手が、言葉を失っている俺の手をとり、自身の肩から下ろした。彼女にされるがままに俺の両手が、ダランと下がり、太もも辺りで揺れた。  感情の起伏など感じさせない、静寂に満ちた青い瞳が、真っ直ぐ俺を貫く。  彼女の唇が強く結ばれたのち、ゆっくりと動き、語り出す。  何故自身に、狭間の獣なる最強最悪の邪纏いが取り憑いたのかを―― 「私に狭間の獣を取り憑かせたのは……私の母なのです」
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