第29話 俺の幸せには、お前がいないと駄目だ

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「リュミエール、お前は悪くない。まだ守られるべき年齢でありながら、自分を傷つけた相手を告発し、自分の身を守ったんだ。誇ってもいい。よくやった」 「いい、え……わたしは……私は、あのとき死ぬべきだったのです! 毒を盛られたとき、死んでいれば……」 「でも死ななかったから、俺はお前と出会えた」  髪を撫でる手を止めると、こちらを見上げる青い瞳を見つめ返した。  初めて彼女に会ったときの胸の高鳴りを思い出す。  結婚など、国に利益を齎すための手段でしかないと割り切っていた気持ちを、根底から覆した衝撃を思い出す。  自分に、これほどまでに、求めて止まない気持ちがあるのかと思い知らされた、あの時の瞬間を―― 「初めてお前に会ったとき、俺は一目で恋をしたんだ」  腕の中のリュミエールが、俺の服をギュッと握った。僅かに肩が震えている。 「お前が、俺やビアンカの幸せを願うように、俺たちもお前の幸せを願っている。だからリュミエール、どうか幸せになって欲しい。これからもずっと、俺の幸せの中にいてくれ」  この物語の結末を、皆は末永く幸せに暮らしました、という一文で終わらせて欲しい。  めでたしめでたし、で締めくくらせてほしい。  この国で、リュミエールとビアンカと三人で幸せに過ごす――それが俺が望む、この物語のハッピーエンドだ。 「……許してくださいますか? あなた様に対する、私の愚かな行動を……」  震える声で、リュミエールが訊ねた。俺の胸に顔を埋めているため、表情は分からない。  だが、俺は間髪入れずに頷いた。 「もちろん。俺も三年間、距離を取ったままで、すまなかった。お前に、嫌われたくなかったんだ」 「嫌われたく、なかった? 私に、ですか?」 「ああ。お前との関係に悩みつつも、それ以上悪化することを恐れ、踏み込めなかった。俺は、お前が思っているような完璧な男じゃない。お前の名前が呼べないことをビアンカに指摘されて、女々しく言い訳をするような小さな人間だ」 「あのっ……も、もしかして……わ、私が、陛下の欠点を責めて嫌われようと計画していたことも、ご覧に……」 「もちろん見ていた」  あれだ。  欠点を責めて嫌われようとしたのに、責めるべき欠点が見つからなくてリュミエールが困ってたあれだ。 「~~~~~っ」  声にならない彼女の叫びが、俺の服を握る手から伝わってくる。しばらくそうやって身もだえしていたが、やがてゆっくり顔を上げた。   「ビアンカ姫は……許してくれるでしょうか。私は今まで、酷い態度を姫に……」  そう言って表情を曇らせたそのとき、 「もちろん、許します‼ いえ、そもそも怒っていませんから‼」  その声とともに、バーンと大きな音を立てて、物置部屋の扉が開いた。  入って来たのは、ビアンカ。  両目に涙を溜めながらリュミエールに抱きつくと、抱きつかれた彼女は腰を落としてビアンカと視線を同じにし、小さな身体を抱きしめ返した。 「ビアンカ姫……ごめんなさい、本当にごめんな、さ、い……」 「もう謝らないでください……やっと……やっとここまで辿り着いたのです……やっと、あなたを救い出せる……」  リュミエールには、ビアンカの言う【やっと】の本当の意味は分からないだろう。  だが、俺にはビアンカの気持ちが手に取るように分かった。  ビアンカは、大きな瞳に涙をいっぱいためながら、リュミエールを見上げた。 「私の幸せにも、王妃殿下が必要なのです。だからもう、ご自身のことを蔑ろになさらないで……死んでいいなんて、言わないでください…」 「ありがとうございます、ビアンカ姫……」 「ビアンカと、呼んでください……お義母(かあ)様……」 「ビアンカ……」 「お義母様……」  ビアンカとリュミエールの瞳から、涙がとめどなく流れていた。  そんな二人を、俺は包み込むように抱きしめた。  この温もりを二度と離さないと、心に強く誓いながら――
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