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「あら? こんなところに凹みなんて、あったかしら……」
彼女の視線の先には、ベコッと凹んだ壁があった。怪訝そうに首を傾げ、指で凹みをなぞる。
これ、ポチをぶっ壊しに行ったとき、王杓で叩いて脅したときに出来たやつじゃないか! 確か、壁の凹みがバレないように、鏡を少しだけずらして隠したんだったっけ……
「あ、あははっ……き、きっと俺が鏡を壊したときに凹んだんだろ……わ、悪かったな」
とは言ってみたが、割れた鏡面の裏にあった鏡の枠は無傷。なのに、枠の向こうの壁だけが凹んでいるなんて、普通はあり得ない。
無茶すぎる言い訳にツッコミが入ったらどうしようと、心の中で震えていたが、リュミエールは納得したように頷いた。
「なるほど。陛下のお力なら、有り得ますね」
いやいや、どんな力を想像しているんだろうか……
前世の世界にあった漫画みたいな不思議な力が、俺の拳から出たとでも思っているのかな?
まあ……そういう意外なところで抜けている部分がまた、この人の可愛いところなんだが。
そんなやりとりをした後、俺たちは黙々と鏡の破片を片付けた。
王と王妃自らがほうきをもって掃除している姿は、他の人間が見れば卒倒する光景だっただろう。
凹んだ壁以外は全てが元に戻って一息ついたとき、リュミエールが頭を下げた。
「陛下。無害であるとはいえ、本来であれば邪祓いすべき品を無断で城内に持ち込み、申し訳ございませんでした。どんな罰でも受け入れます」
そう言われて遅ればせながら、邪纏いの品の持ち込みが罪だったことを思い出した。
あまりにも無害すぎて、遠く離れた娘を見守るカメラみたいな扱いなってたな、俺の中で。
それにやつの正体、神殿が崇めるファナードの女神だし。
邪纏いの品だって言って良いのだろうか?
分からんが、説明するとややこしいから、邪纏いの品ってことにしておこう。
「幸いにもあの邪纏いは、直接的な害を成す存在ではなかった。それに俺も、邪纏いだと知っていながら利用していた。奴の存在を容認していたという意味では、お前と同罪だ」
国を預かる者として甘いとは思うが、もしこれでリュミエールを表立って罰してしまったら、ビアンカも黙っていないだろう。自分も邪纏いの鏡の存在を知っていたと、堂々と申し出て、大変なことになりそうだし。
「だから、二人だけの秘密だ」
真剣な表情で俺の処罰を待つリュミエールに向かって、シーッと唇に人差し指を当てるジェスチャーをしてみせた。
まあ知っているのは本当は、三人なんだが。
あとでビアンカに根回ししとかないとな。
じゃないと、何故ポチのことをビアンカが知っていたのか説明しなければならなくなるし、その時に死に戻りの話をしたらややこしいことになるだろうし。
リュミエールの唇からボソッと、二人……と呟きが洩れた。相変わらず大きく表情は変わらないが、青い瞳がどこかホワンとしたかと思うと、いやいやいやと首をフルフル横に振った。
ナニコレ、カワイイ。
「い、いけません! ただでさえ、私のせいで陛下に多大なるご迷惑をお掛けしているというのに、この件まで甘い対応をされては、臣下に示しがつきません! この件を表に出さないと仰るならせめて、内々で処罰をお与えください。ここまで、陛下の温情に甘えるわけには参りません!」
何か、説教されてしまった。
真面目だな……
それにしても、罰かぁ……
もちろん、リュミエールに辛い思いなんてさせたくないし、相変わらず自分に辛さを課そうとしている彼女の考えを変えたい。
なので、「ごめんなさい! やっぱり陛下の温情に甘えますっ!」と考えを改めるような提案をしよう。
例えば、
「――なら、今夜お前の寝室に行く」
「……はっ?」
夫が夜、妻の寝室に通うというのは、まあ……そういうことだ。
いわずもがな、だ。
リュミエールが、ぽかんと口を開いたまま固まっているのを見る限り、ちゃんと俺の言いたいことが伝わっているようだ。
ほーーら! 流石に無理だろ!
これから夫婦で、家族で頑張ってこー! とはなったが、流石にこれは拒否するだろ。
だからもう自分に厳しくするのは止めて、俺の温情に甘え――
「しょ、承知……いたしました」
……………………
……………………
……………………
……………………
あれ?
あれあれあれ?
おっかしいなぁ?
断らないぞ?
……………………
……………………
……………………
……………………
ちょ、ちょちょっ、ちょっと待て?
断るだろ、普通。
腕や首までしっかり隠したドレスを常に身につけ、絶対に肌は見せないという鉄壁の意思を見せていたあなたなら、全力で拒否るだろ⁉
ほら、我慢せず、ちゃんと断って?
やっぱり陛下の温情に甘えまーーす☆ って言ってくれ‼
いや、お、俺も早く訂正を。
冗談でーーす☆ って言わないと、取り返しのつかないことになってしまう。
俺だってまだ心の準備が出来てねえっ!
お互い、引き返すなら今だぞ!
「あのっ……」
「な、何だっ⁉」
断り、来たか! とばかりに、少し食い気味に訊ね返す俺。
リュミエールは、俺の勢いに少しだけ驚いた様子だったが、俺と目が合った瞬間、頬だけでなく耳の先まで真っ赤にし、恥ずかしさと照れが入り交じった表情を浮かべた。
ポチを通してでしか見ることの出来なかった、妻の裏の顔が目の前にあった。
「そ、それって……果たして、わ、私にとって……」
心を鷲掴みにする愛らしさに、上目使いが追加された。
「ば、罰になるのでしょうか?」
それを聞いた瞬間、全俺が死んだ。
なんかもーーーーーーーーーーー色々と無理で駄目で、この人には一生勝てないなって思った。
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