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「目を、奪われました。ビアンカはとても愛らしいですし、あなた様を見てずっとニコニコしていました。心の底から、信頼している様子でした。あなた様もとても素敵で……でも一番惹かれたのは、ビアンカに向ける慈愛に満ちた笑みでした。とても優しくて温かで……気付けば、お二人がいる場所に、私の姿を思い描いていました。それがとても幸せで……でもすぐに空しい気持ちになりました。私には別に結婚相手がいる。それに彼らには、妻であり母親である女性がいるだろうと」
「で、顔合わせで俺とビアンカを見たときは?」
「あまりの喜びに卒倒しそうでした」
「そ、そうだったのか。表情が変わらなかったから、乗り気ではないのかと……」
「そのときは唇の内側を嚙んで、事なきを得ましたが」
またかー!
「……今後、唇を嚙まないでくれ。倒れそうになったら、俺が支えるから」
「いえ、その必要はございません! こう……唇の端の方を嚙めば、痛いけれど傷は浅く済み――」
「俺の心が痛む。ビアンカもな。悲しい顔をしたビアンカを見たいのか?」
「うっ……見たく……ありません」
ビアンカの名まで出されれば、リュミエールも黙るしかなかった。
このときから変わってないんだな、この人は……
いや、違う。
リュミエールは変わっていない。元々こういう人間だ。
ただ、俺が嫌われることを恐れ、必要以上に知ろうとしなかっただけ。
そうか、今俺は、生身の彼女に触れているんだ。
氷結で隠されていた、本当の妻に――
俺の指先がピクッと動いたとき、リュミエールが俺から視線を逸らしながら、言いにくそうに口を動かした。
「あの、陛下、失礼ついでに、一つお願いがあるのですが……」
「何だ?」
珍しい。
リュミエールが俺にお願いをするなんて。
彼女の青い瞳がこちらを見たかと思うと、双眸をギュッと閉じながら、俺の方に身を乗り出した。
「い、以前、陛下がされていた素敵なご尊顔を拝見したいのです!」
え?
それってまさか……
「……お、お前が邪纏いの鏡に、永久保存してって言ってた、アレ……か?」
「え、ええ、そうです! でも、そこまでご覧になられていたなんて……」
リュミエールが恥ずかしそうに顔を伏せるが、いや、恥ずかしいのは俺の方なんだが‼
素敵なご尊顔って、あれだろ?
俺のキメ顔だろ⁉
ポチが壊れたことで、俺の黒歴史が永久に葬られ、ホッとしていたのに、ここで見せろとか罰ゲーム過ぎん⁉
だが、顔を伏せていたリュミエールが、いつの間にか顔を上げてこちらを見ていた。その瞳は、期待に満ちていて……
「……正直、どんな顔をしていたかまでは覚えていないぞ?」
妻の、期待に満ちたウルウル目に抗えず、俺は大きく溜息をついた。そして、記憶を頼りに、こんな感じだったかなーと表情を変えると、
パタンッ
リュミエールの身体が、ベッドに倒れ込んだ。仰向けになり、両手で顔を覆いながら悶絶している。何故か身体が左右に揺れているが、恐らく俺がいなければ、右に左にゴロゴロしていただろう。
ほんっと好きだな、俺のキメ顔。
だけど、いつもはスンッと無表情な妻が、俺の前でデロンデロンに溶ける様子が、俺の心臓と性癖にダイレクトにクる。
もっと近づきたくなる。
原型と留めないくらいに溶かした向こうにある顔を、見たくなる。
「へ、陛下! お、お顔が近い、で、す!」
「お前が見せてくれって言ったんだろ? ほら、もっと近くで見ていいぞ?」
俺は、仰向けになって転がっているリュミエールの上に覆い被さると、彼女の顔を覗き込んだ。リュミエールの瞳が大きく見開かれ、頬が真っ赤に染まる。
その慌て具合が可愛くて、愛おしい。
「い、いえいえ! あまりに近いと、私の生命活動が停止して――」
停止したのは、一生懸命俺から逃れようと理由を並べていたリュミエールの言葉。
重なり合った唇が、しばらくの間とどまり――ゆっくりと離れた。
こちらを見上げるリュミエールの表情に、先ほどまであった混乱はない。代わりに、頬を赤らめながら、どこか誘うような艶のある笑みを浮かべている。
初めて見せる妻の女の顔に、不埒な熱がゾクリと走った。
ほっそりとした指先で、自身の柔らかな唇に触れながら、リュミエールが問う。
「あ、あのっ……」
「何だ?」
「もう一度して……頂けますか?」
「……お前が望むなら、何度でも」
俺がそう答えると、どちらからともなく顔が近付き、そして――
世界で一番近い距離で、
互いの熱を、
想いを、
感じ合った。
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