第32話 ドレスの行方と嫉妬

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 そんなことでリュミエールのことを嫌いになると思われていることも。  俺が残した証を、簡単に消してしまう狭間の獣の存在も。  だから―― 「レオン様⁉」  急に俺に抱きしめられたリュミエールが、声をあげる。だがそんな声など意に介さず、俺はリュミエールの首筋――薄く残った痕の上から吸い付いた。  唇を離すと、今つけたばかりの痕がしっかりと上書きされていた。  口角を上げながら、言葉を失っているリュミエールの耳元で囁く。 「すぐに消えてしまうなら、また付けるだけだ」 「また、つ、付け……っ⁉」 「今度は、服で隠れないところに付けた方がいいか?」 「さ、さすがにそれは、止めてくださいっ! は、恥ずかしくて、誰とも顔を合わせられません‼」  リュミエールは、今日一番の真っ赤っか顔をしながら、激しく首を横に振った。  止めてくださいって言うけど、そちらこそ、子犬のようにプルプルと身体を震わせ、恥ずかしさで瞳をウルウルさせながら、上目使いに俺を責めるの、止めて貰えませんかね?  あなたの可愛さに俺の理性が今まさに、じゃあのって仕事放棄しそうになってるんですが。  必死に引き留めてる最中なんですが。  顔を真っ赤にしていたリュミエールだったが、俺の反応を見て揶揄われたと思ったのか、僅かに唇を尖らせると、フッと表情を緩めた。  まるで、春の日差しを思わせるような微笑みに、目が奪われる。窓から差し込む光に照らされて、まさに天の使いとも思わせるような神々しさだ。 「……やはり、お前には暖色系のドレスが似合いそうだな」 「暖色系ですか? 赤とか、そういった色でしょうか?」  俺の呟きを拾ったリュミエールが、不思議そうに首を傾げた。あまり言われたことがないのだろう。まあ、寒色系がトレード色的なところがあるもんな、この人。 「そうだな。赤とか黄色とかチェリックの色とか……そういえば、以前お前に薄い黄色のドレスを贈ったと思うんだが……」  脳裏に、物置部屋に吊り下げられたドレスを思い出しながら、俺は黄色のドレスについて思い切って訊ねてみた。  ドレスがなかったことはショックだったが、あのリュミエールさんのことだから、捨ててはないとは思うのだが……  しかし、 「え? 薄黄色のドレス……でしょうか? レオン様から、贈られてはいませんが……」  もの凄く言いにくそうに、リュミエールが返答した。彼女の発言に、今度は俺が目を見開いた。  薄黄色のドレスを……リュミエールに贈っていない?  いや、でも……記憶にあるぞ?  出来上がったドレスを見て、絶対これは王妃に似合うぞ! と確信して、箱にしまって、彼女渡すようにいいつけて……  俺、ちゃんと覚えてて―― 「レオン、様? もしかして……セラフィーナ様とお間違いになられているのではないでしょうか?」  少し寂しそうな声が、俺の思考を今へと引き戻した。  どうやらリュミエールは、ドレスの一件が前妻とのやりとりではないかと思っているようだ。  つまり、俺が贈ったドレスの存在を知らないということになる。  あり得ないと思った瞬間、俺はとある可能性に気づき、慌てて謝罪をした。 「すまない。もしかするとそうかもしれない」 「いいえ、お気になさらないでください」  リュミエールが微笑む。  思わず彼女の身体を抱き寄せると、首筋に顔を埋めた。  先ほど思いついた可能性が、背筋を冷たくする。  俺の中に残る、黄色のドレスを贈った記憶はもしかして……俺が何度も繰り返してきた人生の中で起こったことなのかもしれないという可能性に。  ファナードの女神は、俺は繰り返した記憶を忘れていると言っていたが、実は俺も思い出した、もしくは覚えていたのかもしれない。  いや……そうだ、間違いない。  だってこの記憶には、続きがある。  ドレスを贈った後、リュミエール直々に、礼を言いにやって来たのだ。 ”ありがとうございます、レオン”  そう笑顔を浮かべながら。  ありえない。  今世でありえるわけが、ない。  だって俺たちが分かり合えたのは、つい昨日なのに――  何だ、この違和感は…… 「レオン様……」  リュミエールが俺の名を呼びながら、そっとこの背中に手を回した。お互いの身体が隙間なく密着する。  互いの心音が、肌を通じて伝わってくる。  吐き出す息が混じり合うほどの距離で、リュミエールが言う。 「あなた様が、セラフィーナ様を思い出されても仕方ございません。それに私は、セラフィーナ様を尊敬しております。あの聡明で心優しく、この世界で一番美しいビアンカを産み落とされた御方ですから」  どうやら俺が考え込んでいる理由を、セラフィーナのことを思い出しているからだと勘違いさせたらしい。  否定する前に、彼女の青い瞳が、請うように細められた。俺の背中に回された細い腕に、力がこもる。 「ですが今は……あなた様と本当の夫婦となれた今この時だけは……私のことだけを、考えて頂けないでしょうか? お願い、します……」  リュミエールさん、もしかして……嫉妬してる?  夫婦になったこの日に、前妻とはいえ、別の女性のことを考えていたから?  それを認めた瞬間、俺の理性さんが即刻ログアウトされ、結果――今日の予定を全て半日ずらす羽目になった。  反省はしている。  だが後悔はしていない。  幸せならOKです‼
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