第33話 幸せの形

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”思い出して――”  女神の最後の言葉が、耳の奥に蘇り、消えていった。  気付けば俺は、リュミエールの手を強く握り返していた。彼女の憂いと、俺の心に芽生える不安を打ち消すように、自信満々に頷いて見せる。 「もちろんだ。来年は、ビアンカとともに来よう。必ずだ」 「はい――必ず」  必ず、という言葉を強調しながら、リュミエールも大きく頷いた。    そのとき、 「お父様、お義母様ぁー!」  俺とリュミエールが、世界一尊い声だと満場一致で太鼓判を押す、愛らしい声が後ろから聞こえてきた。  この俺たちが、あの子の声を聞き間違えるわけがない。 「「ビアンカ!」」  ほぼ同時に振り返り、ほぼ同時に名を呼んだ。  振り返った先にあったのはもちろん、俺たちが愛して止まない白雪姫――ビアンカの姿。  ビアンカの身体が弾かれたようにかけ出したかと思うと、みるみる近づき、俺たちに抱きついてきた。俺たちは、腰を落としてビアンカと視線を同じにすると、小さな身体を抱きしめ合った。 「ビアンカ、戻ってきていたのか。手紙をくれれば、迎えにいったものを」 「驚かせたくて、黙って帰ってきちゃいました! えへっ」  ぺろっと舌を出すビアンカを見たリュミエールの表情が、とたんに氷結に変わった。継子の可愛さを直接食らい、オーバーキルされたようだ。  分かる。  どちゃくそ分かる。  ビアンカの可愛さは、俺たちにとって効果抜群すぎるからな。  俺がこうして正気を保っていられるのは、事前に気合を入れていたからに他ならない。前世の世界で言うなら、HPが1だけ残っている状態だ。ぐふっ。  ゆっさゆっさとリュミエールの肩を揺すると、再起動したのか、彼女の瞳に正気が戻った。かと思えば今度は、はー、とか、わーとか、謎の言葉を発しながら、いつもは真っ直ぐ結ばれている唇を、ふにゃんふにゃんにしている。  そんな義母を不思議そうに見ながら、ビアンカが訊ねる。 「お父様たちは、お散歩ですか?」 「ああ、そうだ。ちょっと仕事の休憩中でな」 「なら、私もご一緒してもよろ――」 「もちろんですっ‼」  ちょっ、リュミエールさん、食いつき早すぎ。 「あ、でも、お義母様、せっかくお父様と二人っきりだったのに、私お邪魔じゃ――」 「いえ、それを言うなら、真のお邪魔虫は私の方です。さあビアンカ、せっかく戻ってきたのですから、陛下と一緒にお散歩をなさってください。私は、見えない場所からお二人を見守るだけで満足ですから」 「え? 何で見えない場所から?」  ちょっ、リュミエールさん。  サラッと推しの家の壁になりたい発言すな。  ビアンカが意味わからんって顔してるじゃないか。  全く……相変わらずだな、この人は……  このままじゃ埒が明かないと思った俺は、会話になっているようで微妙に噛み合っていない二人の話に割り込んだ。 「リュミエールもビアンカも、一体何を譲り合っているんだ。三人一緒に行けばいいだろ」  俺の提案に、ビアンカの表情がパッと明るくなった。そして、俺とリュミエールの真ん中に割り込むと、右手で俺の左手を、左手でリュミエールの右手を握った。  手を繋ぎながら、俺たち三人は歩き出した。    親子三人で歩いている。  三つの影が繋がり、幸せの形を作っている。  その事実に、心が締め付けられる。  終始上機嫌なビアンカだったが、そろそろ城に戻ろうとしたところで、不意に表情が変わった。  立ち止まり、十歳とは思えない大人びた表情を俺たちに向けながら言った。 「お父様、お義母様。狭間の獣を祓う準備が整いました。近々、大神殿にお越しいただけないでしょうか」
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