第38話 バッドエンドなんて認められるか‼

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 狭間の獣の左拳から、先ほどと同じように金色の槍が出現し、こちらに向かって放たれた。それを、ビアンカが張ってくれていた防御陣が受け止める。  防御陣が槍とともに消えると同時に、俺は両足に肉体強化の聖法をかけると、人間が持ち得ぬスピードで駆け出した。獣が咆哮をあげたからだ。次の瞬間、俺がいた場所の地面がごっそりと抉られ、粉々に砕け散る。  何故、初めて対峙した狭間の獣の攻撃を、避けることが出来たのか。  何故、ビアンカの力を修行なしで使うことができたのか。  答えは簡単だ。  経験しているからだ。  この戦いを。  覚えていなくとも、この場の雰囲気を感じただけで、身体が勝手に反応してしまうほど……そして、長き修行が必要なはずのビアンカの力を習得できるほど、何度も……何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――‼  心臓が激しく脈打っている。  全身を血が爆速で駆け巡っているというのに、頭の中は恐ろしいほど冷え切っていた。  だって、そうだろ?  身体が勝手に動くほど、相手の行動を見た瞬間、何の攻撃が来るか分かるほど、俺はこの戦いを経験しているんだぞ?  そしてこれだけ経験してもなお、世界は繰り返し続けている――  その事実に、喉の奥から恐怖がせり上がってくる。  両膝から力が抜けそうだ。  でも……それでも、俺は――  狭間の獣の胸に埋まっているリュミエールに、視線を向けた。恐怖で冷えていた頭に、怒りという熱が注ぎ込まれる。 ”お父様……私、本当は怖いのです。二度目と三度目の人生は突然終わりました。だから今がどれだけ幸せでも、気付けばまたやり直しているかもしれない。そう思うと怖くて……堪らないのです”  大神殿に滞在中、ビアンカと二人っきりになったとき、あの子が耐えきれずに吐露した恐怖を思い出す。  ビアンカを苦しませる存在は、例えアリ一匹でも許さない。 「……諦めるものか」  呟きが、更なる熱を呼ぶ。  例え今まで何度やり直しを繰り返していても、俺は諦めるものか。  皆、救う。  リュミエールも、ビアンカも、国も、世界も!  バッドエンドなんて、認められるか‼ 「俺はなあ……ハッピーエンド信者なんだよぉぉぉぉーーーー‼︎」  狭間の獣の攻撃モーションを見切るなんて、あらゆるアクションゲームをやり尽くした俺にかかれば、朝飯前なんだよっ‼  と思ったら、狭間の獣が数歩後ずさり、咆哮をあげた。  ……やばい。  やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい‼  俺は急いで、狭間の獣から距離を取ろうとしたが、その前に獣が高く飛び上がり、思いっきり両足を地面に叩きつけた。大きな振動が刺激となって、俺の両足から脳天に向かって駆け上がった。もちろん立っていられるわけがなく、無様に地面に転がってしまう。  ふと前を見ると、先ほどまでなかった黒い影が、俺の周辺に落ちていた。  まさか、これは……  咄嗟に聖剣をかざしながら、ビアンカの力を引き出した。  俺の周辺が半透明の半球に包まれた瞬間、狭間の獣が丸まった体勢で落ちてきた。獣の身体は半球――防御結界に、まるでボールのように弾かれたかと思うと、あの巨体からは想像出来ないほど軽やかに、両足をついて着地した。  あっっっっっぶなかったぁぁぁぁぁぁ‼  聖剣の力でビアンカから引き出した聖女の力を増幅しなければ、やられてたな、俺……  前言撤回。  いや、強いわ。  狭間の獣、強すぎワロタwwwww  ……………………  ……………………  ……………………  ……………………  って、草生やしておちゃらけてる場合じゃない。  聖剣を握る手に、脂汗が滲み出ている。しっかり掴んでいるはずなのに、何かの拍子で飛んで行ってしまうんじゃないかと思う程、じっとりと湿っている。  今こそ、願うべきだ。  狭間の獣を祓う、チート能力を。  心で願うだけでいいんだ。  狭間の獣を祓う力をくれと――  なのに……たった一文が、愛する妻と娘を救うためのたった一文が、願えない。 「なんっ、なんだよ……」   俺は聖剣を握りしめながら呟いた。苛立ちながら、拳を地面に打ち付ける。  何度も何度も打ち付ける。  チート能力を願おうとする俺を必死に引き留める、何かの存在を振り払うように。 ”――思い出して” ”――思い出せ”  ファナードの女神と俺とそっくりな声が、耳の奥で重なる。  何かが引っかかっている。  俺はここに引っかかってるぞーと存在を滅茶苦茶主張してくるくせに、どこに何があるのかが分からない。  苛々する。  思い出せという言葉に。  思い出せない俺自身に―― 「……一体何なんだよ……何を思い出せって言うんだよっ‼」  狭間の獣の攻撃を避けながら叫んだ瞬間、俺の頭でパチンと何かが弾け、目の前が真っ暗になった。
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