第41話 私に譲ってください(別視点)

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「もしあんたに世界を譲ったとなると、あんたは私に変わってファナードの女神になるのよ。ファナードに、あんたの存在はなくなる。それでもいいの? あんたは、家族との生活を取り戻したいんでしょ?」  女神の言葉に、アリシアは一瞬だけ言葉を詰まらせた。  しかし、 「それでも、です。例え私の存在が無くなっても、家族の幸せの中に私がいなくとも……レオンとビアンカが幸せであれば、私はそれでいい。幸せな彼らを見守ることが出来るなら、私はそれでいいのです」  そう発言するアリシアに、迷いはなかった。  レオンとの間に生まれた息子は、諦めなければならないが、きっと存在が無くなったアリシアの代わりに、別の女性が彼の伴侶となるだろう。  そして、跡継ぎが生まれるだろう。  また幸せの形を作り出せる。  それでいいのだ。  アリシアが存在し世界が滅びるよりも、ずっとずっと――  そういえば、先ほどからずっとアリシアの髪を揺らしていた風が止まっている。ファナードの女神の顔を覆う布や服も、全く動いていない。  不思議に思っていると、 「……いいわよ。あんたにあげる。譲渡出来るならそっちの方がいいし」  女神が軽く頷きながら承諾した。  感謝を告げようとするアリシアを制止すると、さらに女神が続ける。 「後、この世界からあんたの存在がなくなるっていうのは、嘘よ。この世界に住まうキャラクターが一人でも欠けると、世界は動かなくなるから。特にあんたは、狭間の獣に関係するキーパーソンだしね。あんたの覚悟を見たかったの」 「そうでしたか」  やはり、家族から自分の存在が消えることは、辛かったのだろう。明らかに安堵しているアリシアの顔を見ながら、女神は布の向こうで薄く笑った。  今の発言は全て本当のことだ。  アリシアの覚悟が見たかった、という気持ちも本心。  だが、 (その覚悟はいずれ、絶望へと変わる)  それほど、アリシアに取り憑いた狭間の獣を何とかするのは、難しい。  いや、数多ある世界を育ててきた女神の見立てでは、不可能だ。  今まで世界を成長させるために積み上げてきたものを、一瞬にして崩したアリシアが憎い。  だから、 (その憂さを、家族を救うと……救えると信じているこいつを、絶望に突き落とすことで晴らしてやる)  仄暗い復讐心を胸に、女神は楽しくて仕方が無いとばかりに笑った。  そして、女神の言葉を待つアリシアに、少し声色を和らげて話し出す。 「とはいえ、あんたの魂が一つだけだと、世界を譲渡できない。あんたの魂を、女神とこの世界のキャラクターと、二つに分ける必要がある。つまり、分身を作るってわけね」 「じゃあ私の分身は、レオンたちと一緒に過ごせるということですか?」 「そういうことね。で、魂を分けるとき、苦痛が伴うんだけど……」 「問題ありません」 「あ、そう」  間髪入れずに了承するアリシアに、女神は面白くなさそうな様子で頷いた。  アリシアにとって苦痛など、世界を滅ぼし、たった一人になったときの絶望と比べれば、なんともなかった。  分身とはいえ、またレオンたちと過ごせる。  その光景が見られるだけで、アリシアは十分だった。  何故なら、分身はアリシア自身なのだから。  女神が質問を続ける。 「で、あんたの名前、なんだっけ?」 「アリシア・エデル・エクペリオンです」 「その【アリシア】って名前は、この世界のあんたは使えない。女神側の名前になるから」 「そうなのですか?」 「ほら、あれよ。ゲームの重要人物の名前は、主人公の名前にできないのと一緒。まあ、女神側の名前を表立って使う機会はないけど」 「はぁ……」 「とにかく! やり直した世界にいるあんたの分身には、別の名前をつけなくちゃなんないってこと! で、何て名前にするの?」  アリシアは考えた。  ふと記憶の中に、親子四人のでこぼこした影が思い出された。  夫レオンが言っていた【幸せの形】が。  その幸せの形を生み出すものは―― 「……リュミ、エール……リュミエールという名前にしてください」 「ふーん、リュミエールね。悪くないわね」  女神は笑った。  光という意味をもつ名を。  その光がいずれ輝きを失い、闇の中に沈む光景を想像して―― 「じゃ、譲渡のための諸々の準備はやっておくから、詳しい世界の説明は、ファナードの副管理者っていう女神に聞いて? それじゃ、せいぜい頑張ってねぇーーん」  心底楽しそうに女神は言うと、パチンと指を弾いた。    次の瞬間、止まっていた風が、立っていられない程の強風となって、アリシアを襲った。今まで女神が止めていた世界が、動き出したのだ。    空が割れる。  地面が揺れ、砂のように崩れていく。  その破壊にアリシアの細い身体が巻き込まれ、消えていき――  ファナードは完全に崩壊した。
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