第42話 新たなる女神の誕生(別視点)

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 黄金の巨木。  それ自体が、ファナードの世界そのものであると聞いたとき、アリシアは驚きを隠せなかった。  非常に太い一本の幹のように見えるが、良く見ると無数の幹が絡まり合い、上へと伸びていた。  絡まり合う幹一本一本が、異なる時間軸なのだという。 「具体例を出すなら、ここから分かれている幹の右側は、グアバル王国で王太子暗殺が成功した時間軸、左側は暗殺が失敗した時間軸となります。幹の数だけ異なる時間軸がある。ファナードは、様々な時間軸と絡まり合いながら成長しているのです」  遠くから見れば巨木に見える幹は、無数にある時間軸の束だったのだ。根元か過去で、上に行くほど未来になる。  アリシアの視線が上っていった先は、幹の途中を斧でスッパリ切られたように何も無い。世界そのものというには不自然すぎる形に、アリシアは怪訝そうに眉を潜めた。 「……本当は、ここにも無数の幹や枝、葉があったのですよ。ついさっきまで」  副管理者の言葉に、アリシアは目を瞠った。まるで祈るように胸の前で両手を組んだ副管理者が、悲しそうに言葉を続ける。 「狭間の獣によって世界が滅ぼされたため、全ての時間軸が枯れ、消滅してしまったのです。前管理者が記録していた八年前の時点まで……」 「すべ、て……? ちょっと待って頂けませんか?」  アリシアは声をあげた。  副管理者から受けた説明を必死に思い出しながら、疑問点を口にする。 「おかしくないでしょうか? 確かに、狭間の獣は世界を滅ぼしました。しかしそれは、ファナードを形作る時間軸が一つ枯れただけ。それなのに全ての幹が……全ての時間軸が消滅するなんて、あり得るのですか⁉」 「……そこですよ。それが、前管理者が早々にこの世界を投げ出した理由なのです」  良く気が付いたと声色に出す副管理者とは正反対に、アリシアの背中にゾクリと寒気が走った。 「あなたに取り憑いた狭間の獣は、特異個体。時間軸を越えて滅びを齎す存在なのです。もし仮に百の時間軸があったとして、九十九の時間軸の狭間の獣を祓ったとしても、たった一つの時間軸の獣を祓えなければ、救った九十九の時間軸を巻き込んで枯らしてしまうのですよ」 「そん、な……」  言葉を失うアリシアを一瞥――とは言っても表情は見えないが――すると副管理者は、本来なら枝や葉が覆い茂っていたはずの空間を見上げた。 「ここに、どれだけ異なる時間軸が発生すると思いますか? だから私は諦めるように申し上げているのです」 「それなら……全ての時間軸から、狭間の獣を祓うだけです」 「そうですね。通常であれば、女神の力で全ての時間軸の獣を祓うことが出来るでしょう。それだけの力が私たちにはある。しかし、ファナードに限ってそれは無理なのです」 「な、何故なのですか⁉」 「……女神が何故、世界を育てていると思いますか?」  突然話題を変えられた意図が分からず、アリシアはキョトンとした。返答を得られないと判断したのか、アリシアの回答を待たずに副管理者が答えた。 「世界を育てていけば、やがて花が咲き、実を付けます。私たち女神は、その実を母神に献上しているのです。実を献上すれば、母神から褒美が頂けます」 「褒美……ですか?」 「ええ。願いを叶えて頂けるのです」  思わず息を飲んだ。  アリシアの驚きを感じ取りながら、副管理者が続ける。 「とはいえ、簡単に育つような世界の実を献上しても、叶えて頂ける願いは、たかが知れています。育成が難しい世界の実であるほど、叶えて頂ける願いの幅が広がるのです。元管理者はそれを狙って、育成が難しいとされたファナードを選びました」  前管理者が、ハードモードという単語を連呼していたのを思い出す。あれは、世界を育てるのが難しいという意味だったのだと、今の説明で理解できた。 「前管理者は、母神に叶えて頂く願いの幅をさらに広げるべく、ファナードの育成難易度を自らあげていたのです。そのせいで、本来ファナードには存在しなかったはずの邪纏いという存在が現れ、邪纏いにも管理者自身にも、様々な制約を課せられることになりました。簡単に言えば、ファナードは女神の過度な干渉を受け付けない。それが例え、世界を救う行為であっても」 「では、女神自ら狭間の獣を祓うことは……」 「出来ません。あくまで、ファナード内で生きる者たちが対処しなければならないのです。前管理者も色々と試していましたが、女神が干渉出来るのはせいぜい、言葉を届けることぐらい。しかしそれも、世界によって制約が課せられているため、大したことは言えません」  副管理者がもつ権限もせいぜい、世界の監視と、管理者が不在となった際の世界の処分だけだと続けた。 「それならばせめて、前管理者自らが設定した難易度だけでも、下げることはできないのでしょうか? 本来の育成難易度にまで下げることは……」 「残念ながら、前管理者はその権限をあなたに譲渡せずに消えてしまいました。本来ならあってはならない行為なのですが。前管理者は、相当あなたに腹を立てていたのでしょう。いかがですか? これでも、あなたはまだファナードを育てるというのですか?」  世界を維持する立場だというのに、出来ることが少なすぎて眩暈がする。  しかし、諦めるわけにはいかないのだ。 (まだ……私は何もしていない。まだ何も試していない)  だから泣き言が出そうになる口を、強く結ぶ。  眩暈がしてぐらつく両足に力を入れる。  落ちそうになった目線を、前に向ける。  アリシアは副管理者の隣に立ち、先のない黄金の巨木を見上げた。 「……そうであっても、私は諦めません」 「あなたなら、そう仰ると思っていましたよ」  そう言う副管理者の声色は明るく、優しかった。 「私は、あなたを歓迎いたします。新たなるファナードの女神よ。あなたならもしかすると、辿り着くことが出来るかも知れません。この世界の至るべき形へ」  アリシアの足下に、大きな波紋が広がって消えた。  黄金の巨木が、新たなる女神の誕生を祝福しているかのように――
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