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第6話 氷結の王妃様の本性
今何か、ものすごーーーーーーく、耳が幸せになるフレーズが聞こえた気がしたんだが。
……………………いやいやいやいや。
聞き間違いっていうか、願望が幻聴となって聞こえただけだ。
まさかあの、氷結の二つ名をもつアリシアさんの口から、俺のことが素敵だのそんな戯れ言が出てくるわけがありませんよね?
あはは……いやぁ、一瞬だったが素敵な夢を見――
「鏡。もっと……もっと近くに寄れないの? 陛下の見目麗しきご尊顔を、もっともっと近くで見たいわ………………いえ、それ以上は近づけないで。私の意識が遠のきます……そうそう、そのくらいで……」
……いや、聞き間違いじゃないわ、これ。
鏡に映っている映像を食い入るように見ているのか、俺の手鏡に映っているアリシアの顔がさらにアップになっていて、唇からは、ああっ……とか、はぁ……とか、言葉の切れ端が洩れ出ている。
そのとき、
『王妃様。今回、陛下の貴重なお姿を記録しております』
ポチがそう発言したかと思うと、左下の映像が、仕事する俺から、どアップな俺へと切り替わった。映像の俺は、何かを見ながら色々と表情を変えていて……
サーッと全身から血の気が引いたかと思うと、引いた血がドドッと顔に一点集中する。
こっ、ここここっ、こ、これ、さっき手鏡の前で、キメ顔の練習していたときの映像じゃないか――――っ‼
やだ、恥ずかしい! 恥ずかしすぎるっ‼
や、やめて! やめてぇぇぇぇぇ――――っ‼
俺は身悶え、ベッドの上で激しくゴロゴロした。
足をジタバタしながら、枕に顔を埋めて突っ伏す。
三十二歳のいい歳の男が、一人鏡の前でキメ顔の練習してるとか、今まで積み上げてきた自尊心を一発で粉々にしてしまうほどの破壊力だ。
いや、百歩譲って一人でこっそりキメ顔練習するのはいいとして、それを知らず知らずに記録され、今ここで妻とともに見せられているという地獄を何と呼べばいい?
さすがのこれには、アリシアも幻滅するはず。
ジタバタを止め、恐る恐る手鏡を見ると……ほら、アリシアの表情が固まったかと思ったら、突然ポチ――鏡の前からいなくなったぞ。
耐えられないだろうな。仲が悪いとは言え、仮にも自分の夫が、一人鏡の前でキメ顔練習していると知ったら。
と思っていたら、手鏡の映像が、物置部屋からアリシアの寝室へと切り替わった。どうやら、アリシアがいる場所に合わせて、映し出す映像を切り替えてくれているようだ。
そこには、おぼつかない足取りでベッドの向かうアリシアの姿があった。
フラッと足がよろめき、そのままポスッとベッドに倒れ込む。そのまま膝を抱えた丸い体勢になったかと思うと、
すぅぅぅぅぅぅぅぅー……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ-……
と、画面越しでも聞こえるほど深呼吸をし――ベッドの上でゴロゴロし始めた。
いや、俺が予想した以上にめっちゃゴロゴロしてる。
枕を引き寄せたかと思うとギュッと強く抱きしめ、広いベッドの上で何回転もして――ってこれ以上転がったらベッドから落ちる!
……あ、ギリギリ耐えた。
そしてゴロゴロした彼女から発される、
「あーーーーーーーーーー無理っ‼ カッコよすぎて無理ですーーーー! 無理無理っっっっっっっ‼」
という奇声ならぬ黄(色い)声。
アリシアはしばらくゴロゴロ、バタバタ、キャーキャーを繰り返すと、ピタリと動きを止めた。そしてもう一度クソでか深呼吸をすると、スクッとベッドから立ち上がり、手で乱れた髪の毛を整え、ドレスの皺を伸ばし、物置部屋へと戻っていった。
物置部屋へと切り替わった映像の中に、まるで先ほどの奇行などなかったかのような落ち着いた様子の彼女が映り込む。
「……現世に降り立った男神と錯覚するほどの神々しさに、この身が弾け飛ぶかと思いました」
『お喜び頂き光栄でございます、王妃様』
「永久保存をしておいてください。いつでも見返せるよう――いえ、エクペリオン王国が誇るべき……そして後世に残すべき最高の芸術作品として」
『畏まりました』
「……本当に良い仕事をしましたね、鏡」
『お褒めに預かり光栄でございます』
いや俺の黒歴史、今すぐ消してぇぇぇぇぇぇ――‼
俺の心の叫びがポチに届いたのか、キメ顔で止まっていた俺の顔が、先ほどの執務を行う俺の映像へと切り替わった。
彼女の指が、何かをなぞるように動く。
指の位置、そして今、アリシアが見ている映像と合わせて考えると、恐らく、俺の顔に触れているようだ。
アリシアの美しい瞳が優しく細められ、いつもは真っ直ぐ結ばれている口角が上を向く。
氷結と呼ばれるほど冷たい表情の向こう側に、どんなに凍てついた心も溶かしてしまうような、温かな微笑みが浮かぶ。
初めて見る妻の微笑みがあまりの美しくて、目が逸らせない。
それと同時にこみ上げてくるのは、
(ポチには、こんな顔を見せるんだな。俺には一度も……)
という激しい嫉妬心。
そんな俺の耳に、穏やかながらも寂しげな声色が届く。
「陛下。こうして陰ながら、あなた様を見守ることをお許しください。私の願いはただ一つ――あなた様とビアンカ姫の幸せ。そのために必ずや――」
先ほどまでの柔らかな微笑みが一変、心の内を全く感じさせない凍てついた厳しさへと、皆が口を揃えて呼ぶ【氷結の王妃】へと切り替わる。
「誰もが恐れる悪女となって見事断罪され、華々しくこの命を散らしてみせましょう」
…………
…………
…………
…………
へぁ?
あく、じょ?
命を散らすって、それって……
『では王妃様、今日もやっておきますか』
「ええ、そうね。頼めるかしら?」
『ではいきますね。りっぱな~』
「悪女になってみせまーーーす!」
『「オーーーーーー!」』
拳を振り上げるアリシアの姿が紫の布によって遮られた。それと同時に、彼女のかけ声もブチッと切れる。
どうやら、ポチとアリシアのやりとりはこれで終了らしい。
それはいい。
それはいいんだが……
呆然としている俺にむかって、ポチが嬉しそうに言う。
『ということで王妃様は実は、ご主人様もビアンカ姫も大好きなお方だったのです! 良かったですねえ、ご主人様』
「いやいやいやいやいやいや、突然の立派な悪女なるぞ✫宣言のせいで頭に何にも入ってこねーーーーわ‼」
俺のこの状態を見て、よくもそんなことが言えたもんだな、このクソ鏡。
それにさっきの何なの?
お前も一緒に「オーーーーーー!」とかかけ声あげて、何なの⁉
俺がアリシアのことで悩んでるって知ってたよな?
よくもまあそんな相手の前で楽しそうに「オーーーーーー!」とかやれたもんだな⁉
ほんっっっとお前、そういうところだからな!
お前のそういう空気読めないところだからな‼
氷結の王妃様の本性が、夫&継子溺愛(奇声・奇行含む)+悪女となって断罪からの処刑希望だったんだが……
俺はこの事実を、
多すぎる情報量を、
脳内でどう処理すればいい?
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