第7話 鏡の言い分が嘘くせぇ

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第7話 鏡の言い分が嘘くせぇ

 誰も映っていない手鏡を見つめながら、俺は口を開いた。 「……ポチ」 『何でございましょう、ご主人様?』 「とりあえず、お前壊すわ」 『ええええええええええっ⁉』  ええええ、とか言って、今更被害者ムーブかましてんじゃねぇわ‼  お前、完全に共犯じゃん‼  それに、アリシアのあの発言は一体どういう意味だ?  立派な悪女になる?  断罪される?  命を散らす?  意味が分からんっ‼  前世の世界にあったラノベ展開には、色々あった主人公が悪役となってざまぁする、みたいな話もあった。  悪役令嬢として断罪されたけど、実は狙い通りで、追放後は自由気ままなスローライフを送る、なんていう物語だってあった。  でも一応、ここは現実だ。  誰が好き好んで悪役とになって嫌われたいなど……ましてや、最後は処刑されたいなどと思うものか。  この世界が物語やゲームの世界だと知り、このままだといずれ断罪されると分かっているから、断罪を回避するために頑張るっていうのなら理解できる。  現に俺だってそうなわけで……  とにもかくにも、アリシアが何故ずっと俺たちに冷たい態度をとっていたのかは分かった。  悪女となって、断罪されるためだ。  しかし何故断罪を目指すのか、全く分からない。  それに王妃という立場の彼女が最終的に処刑されるなんて、相当悪いことをしなければならないだろう。それこそ、ビアンカや俺を殺そうとするくらいの悪事を――  アリシアにそれが出来るのか?  勉強をするビアンカの姿を見ただけで、「キャー! ビアンカ姫ー!」と歓声を迸らせるほどだぞ?  俺のキメ顔を、芸術作品だと本気で思うほどだぞ?    それに、 『私の願いはただ一つ――あなた様とビアンカ姫の幸せ』  少し寂しそうに呟いたアリシアを思い出し、胸の奥がキュッと詰まった。  俺たちの幸せを願ってくれているのは、嬉しい。  だが、その幸せの中に、アリシア自身は含まれていない―― (何でだよ……)  あれだけ俺たちのことが好きなら、素直にその気持ちを出せばいいじゃないか。  困っていることがあるなら、相談してくれればいいじゃないか……  どうして――  行き場のない思いを舌打ちにして吐き出すと、先ほど俺に脅され、未だにオロオロしているポチに低く問う。 「お前は知っていたんだよな? 王妃が悪女を目指していることを……一緒になって『オー!』とか、大層仲くやってたもんなぁ?」 『ア、ハイ……そ、そうですね、あははっ……』 「じゃあ、何故彼女が悪役を目指しているのか、その理由も当然知っているよな? お前たち、相当仲がいいんだもんなぁ? 一緒になって『オー!』とかしてんだもんなぁ?」 『ご主人様……私めが王妃様と一緒にかけ声をあげてたこと、滅茶苦茶根に持ってますね……』 「……質問に答えろ」  スッと目を細めると、ゆっくり且つ凄みを利かせた声で訊ねた。  いつもは温厚な俺だが、周囲からは、怒らせると非常に恐ろしいと思われている。俺が怒ると、今まで口を噤んでいた相手が突然ペラペラしゃべり出すので不思議に思い周囲に聞いたら、オマエ 怒ルト メッチャ怖イ、と何重にもオブラートに包んで言われたほどだ。  だから、ポチも簡単に白状すると思っていた。  しかし、 『申し訳ございません、ご主人様。それは、私めの口から直接お話出来る内容ではございません』  先ほどまで、俺に割られると恐れてオロオロしていた相手とは思えない、真剣な声が返ってきた。  まさかポチに拒否されると思っていなかった俺は、王杓を手にしながら先ほどと同じ声のトーンで訊ね――いや、脅す。 「何故だ? このまま俺に壊されてもいいのか?」 『壊されたくはありませんが……しかし私めがあなた様に屈し、王妃様が悪女を目指す理由を申し上げたとしても、私が壊れてしまう運命は変わりませんので』 「それは、俺に王妃の事情を伝えるとお前が壊れるという意味か?」 『左様でございます。あなたがた人間には視えぬ、世界の制約によって――』  先ほどまで、鏡面からなんとなく伝わってきていたポチの驚きや戸惑い、焦りなどが全く伝わってこない。  代わりに、鏡に反射した光が、切っ先のような鋭さで俺に突きつけられているように思えた。  だが張り詰めた緊張が、少し笑いを滲ませたポチの声色によって、僅かに緩む。 『ご主人様には、ここファナードとは違う世界の知識をお持ちのため、私めのことを普通に受け入れておられますが、私めは本来【邪纏(じゃまと)い】の品として神殿に送られる、忌むべき存在というご認識はございますか?』 「認識はしているが……いや、前世の世界でも喋る鏡なんて物に出会ったら、驚愕ものだからな? お祓いものだからな?」  一応突っ込んでおくが、こいつが言う通り、この摩訶不思議な現象を普通に受け入れていたな、俺。  この世界では一般的に魔法は【聖法】【邪法】の二つに分けられる。  邪法は、死者をゾンビとして蘇らせるなどのネクロマンシー的なことをしたり、疫病を流行らせたり、憎い相手を呪い殺したりなどなど、前世の世界でいうと黒魔術や呪詛といった類にあたるもので、人々から忌み嫌われている。  この世界が白雪姫の世界だと気付いた時、死体愛好家の王子の存在を普通に受け入れていたのは、邪法を操る奴の中で、そういう性癖の奴がいることを知っていたから、さもありなんと思ったからだ。  ポチのような、不可思議な現象を引き起こす者や生き物、品物は総じて【邪纏い】と呼ばれ、見つかれば即刻神殿――聖法を管理し、邪纏いに対抗する団体――に持ち込まれて【邪祓(じゃばら)い】される。  もし前世の記憶がなければ俺だって、こいつが喋り出した瞬間兵士を呼びつけ、即刻神殿にこいつを持ち込んでいただろう。  俺のツッコミを華麗にスルーし、ポチが説明をし出す。 『あなたたち人間が法を守って生きているように、邪纏いにも守らなければならない世界の決まりごと――"世界の行く末を変えるような干渉をしてはならない”――が課せられております』 「……いや、邪纏いってめっちゃ人間に干渉してきてるだろ。過去の歴史の中で、どれだけ邪纏いが俺たち人間の脅威になってきたか知ってる? それにお前だって今、がっつり王妃に干渉してるし、何を今更……」 『どこまで干渉して良いのかは、この世界が判断いたします。全ては世界の判断に委ねられており、人間にとって脅威かどうかは関係ございません。我々は、その警告を受け取り、どこまで干渉して良いのかを判断しております。もし警告を無視して制約を破ろうとした邪纏いは、世界によって抹消されてしまいます』  制約破ったら、現世から一発退場かよ……  邪纏いの世界、厳しすぎない? 「つまり、王妃が悪女になることをお前が後押しすることは、世界から認められているからOK。でも、王妃が何故悪女を目指しているかを俺に話すことは、世界から認められていないから話せない。話せばお前は破壊されてしまう。そういうことか?」 『左様でございます』  嘘くせぇぇぇ!  俺の気持ちを読み取ったのか、声色に笑いを滲ませながらポチが問う。 『その顔は、疑っていらっしゃいますね? それなら……試してみましょうか? 私たち邪纏いに課せられている制約が、その罰則が、本当であるかどうかを――』
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