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赤い糸
今日は叔母が営む小料理屋の近所にある神社で、毎年恒例の夏祭りがあり、こじんまりとした花火も上がる。私はそれが細やかな楽しみで、大人になっても一人きりでふらりと行ってしまう。
夏祭りといえば浴衣、そう私にとって絶対的な定番だ。そして、今回も着物美人の叔母に素敵な浴衣を借り、着付けのお願いをしていた。
白地に紺色の縦縞、そこへ大きく咲き誇る紫陽花が、あちらこちらと顔を覗かせている、そんな可愛らしい浴衣であった。
「 この赤い帯にして正解ね。とても可愛いわ、素敵よ 」
叔母がとても嬉しそうに、そう言いながら鏡越しの私を見つめながら破顔する。
私も大好きな叔母の言葉が嬉しくて、鏡の前で可愛らしく締められた赤い帯が映える、素敵な浴衣に包まれている自分に大満足していた。
外から突然、凄まじい雷雨の音が聞こえ始めた。
この小料理屋は長屋造りの為、店の座敷を使っていた私達は外の様子は全く分からない。
「 私が見てくるね。すぐ戻るから待っていて 」
そう私が言いながら襖の引き手に指を添え、急いでその場から離れた。
既に用意してあった下駄を履き、カラリコロリと音を立てながら店の出入口に近付くほど、雨音が一際大きくなる。楽しみが霧散してしまうことを覚悟の上、鍵を回し引戸を一息にガラリと開けた。
引戸の音が掻き消えてしまうくらい雷鳴が響き渡り、辛うじて店の軒先によって防ぐことが出来てはいたが、酷い荒れた世界がそこには広がっていた。
しかし私が目を奪われたのは、軒先に雨宿りをしていた若い男性。白い半袖のシャツは肌に張り付き、黒いスラックスは重たそうに水を含んでいる。雫を滴らせる前髪を掻き上げて、憂鬱そうに鈍色の空を見つめている精悍な横顔から目を離せなくなり、時が止まってしまった――。
すぐに我に返り、慌ててその彼に声を掛ける。
「 酷い夕立ですよね。入道雲は何処へ隠れてしまったのかしらね 」
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