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私だけ
「ねぇ、それ面白い?」
突然、埋没していた本の世界から呼び起こされ、声がした方へ私は顔を向ける。
見たことあるような、ないような……誰だ?
他人にあまり興味が湧かない私には、曖昧な記憶しかない。その男性がにこにこと笑顔を浮かべて、いつの間にか向かいに座られていた。
「邪魔しないで下さい。興味があるなら、後で読めばいいでしょ」
また本の世界へ戻ろうと、視線を下げた時、私の世界から文字が消えた。原因は真向かいに座る失礼甚だしいオトコが、私の大切な本を取り上げたのだ。
「ねぇ、キミさ。僕は会話をしようとしているのに、その態度は酷くない?」
「知らない人と話す時間は、無駄です。貴重な読書時間が減るから、早く返して下さい」
じとりと睨みながら、本を返して欲しくて私なりに、精一杯威嚇する。
あともう少しで、犯人への手がかりが掴めそうなのに。
「貴重な時間ねぇ……いま授業中だけど。ここにいていいの?」
オトコは、ニヤリと笑いながら言った。
見知らぬ人物だから、教師ではないはずだけど――あまり詮索されたくない。
思わず大きな溜息をついてしまう。
「あなたは誰ですか?教師ではないのは、わかっています」
「あっ!僕に興味を持ってくれた?嬉しいなぁ、今日からここの司書になったんだ。よろしくね!」
にここに嬉しそうに、手を差し出してくる。
もはや意味不明である、何がしたいんだろう。
「その手は?それより、そろそろ本を返して下さい。あと、私は担任から許可を貰ってここにいますので」
「えっ!そうなの?担任は誰?何年何組、名前は?……あっ、決して怪しい目的ではなく、今後もあるなら学校側へ確認をさせて欲しくて……。その目、信用ゼロだねぇ」
軟派な司書は……本当に司書なのだろうか?身なりは大丈夫だけど、怪しすぎる。それこそ、担任にこの自称司書の確認をしたほうがいいのではないか。
「あなたの言うことも理解できます。ですが、まずは自分から名乗るべきではないでしょうか?」
「あぁ、確かにそうだね。ごめんね、僕は三橋健一。よろしくね!ほら握手、海外では基本だよ」
いや、ここ日本だから……
勝手に手を捕まれ、ブンブンと大きく振っている。これも、軽微の性犯罪になり得る可能性もあると思うが――きっとこのオトコは、気にする性格ではないだろうなぁ。
こうして私だけの世界に、このオトコはづかづかと踏み込み、今も私の隣で相変わらず、笑いながら私を振り回している。
人生というのは、とかく不思議である。
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